第26話 勇者の父、教育する/勇者の母、見抜く

 クロアは深くため息をつくと、瓦礫を引っこ抜いて椅子にした。



「アルカ。さっきお前、勇者の力を覚醒させたと言っていたな」

「は、はい」

「ふむ」



 さっき襲いかかってきたアルカの力。

 底知れない力に、どんなに瀕死の重症を負っても回復する自己再生力。それに魔王すら滅ぼす、魔を滅する光。

 それは間違いなく、伝承通りの勇者の力だった。


 が。



「その力、磨いたか?」

「え?」

「修行はしたのか、と聞いている」

「え、と……い、一応、騎士を相手に……後は実戦で……」

「それ以外は?」

「し、してないです……」



 リリックの勧めで、実戦に疲れが出ないよう騎士との訓練もそこそこ。魔族やドラゴンとの実戦も、一人ではなく仲間と戦っている。

 正直、力を得た時と今では、さほど変化していなかった。



「そんな志で魔王を倒せるとでも?」

「……思いません」

「じゃあ何故やらない」

「そ、それは……」



 今の地位が心地よすぎて、なんて言えない。

 毎日のように暴飲暴食はもちろん、女を貪る毎日。勇者と言うだけで、望むものが向こうから来る。

 そんなことを正直に言えば、また拳の雨が降ってくるだろう。

 だから何も言えず、アルカは沈黙していた。



「伝承通りなら、魔王という存在は勇者の力を極めることで、初めて倒せる。お前の使命は魔王を倒すことだ。そのことをしっかり肝に銘じろ」

「は、はい」



 クロアの言葉に、アルカは素直に頷いた。

 伝承については騎士団長から聞いたことがある。勇者の力でしか、魔王は倒せないと。

 覚醒した勇者の力に酔いしれ、溺れていた時だったから、頭から抜け落ちていた。


 しかしクロアに諭されたことで、アルカの心に確かな変化あった。



「それと、サーヤちゃんのことだ。確かに許嫁は親が決めたことだが、お前らは随分仲良いと感じていた。何故彼女を捨てた」

「す、捨ててない!」

「じゃあ何故サーヤちゃんは、泣きながら村へと戻ってきた」

「…………」



 これも、何も言えない。

 確かに最近、サーヤのことを見ていない。いや、ここ一年はまともに話すらして来なかった。

 自分が今の地位を手に入れ、女と遊んでいると口うるさく注意してきた。

 それを鬱陶しく思っていたが、まさか村に帰ってたとは思わなかった。


 またも黙っているアルカを見て、クロアは色々と察してまたため息をつく。



「サーヤちゃんとのことは、しっかりケジメを付けろ。いいな」

「……わかった」



 口うるさい幼馴染だけど、喧嘩別れになっていたなら……謝りたい。謝らなきゃ。

 そんな気持ちを抱いていると、クロアは深く頷き口を開いた。



「最後だが……お前勇者がなんたるかと考えたことはあるか?」

「それって、勇者の存在意義ってこと?」

「そうだ」



 思わぬ質問に困惑した。勇者の存在意義なんて、考えたこともなかったから。



「えっと……魔王を倒すこと、かな」

「それは最終目標だ。そうじゃない。文字通りの存在意義を聞いている」

「存在意義……」



 勇者ならば。

 勇者として。

 勇者とは。

 ……全然思い浮かばない。



「……わかりません」

「そうか……ならヒントをやる。お前が今まで戦ってきた場所に行き、そこに住む人々の顔を見て回れ」

「顔?」

「ああ。そうすれば、お前もわかるだろう。勇者のなんたるかが」



 クロアは最後にアルカの頭を小突き(それでも悶絶する痛さだが)、優しい笑顔を見せた。



「才能は有限だが、選択は無限だ。選択次第で、人はいくらでも強くなれる。誤るな、突き進め。以上」



 それだけ言い残し、アルカを置いてテントへと戻っていく。

 アルカは呆然とそれを見送り、クロアの言っていた言葉を反芻していた。



   ◆客用テント内◆



 クロアがアルカを連れて直ぐ。

 ウィエルは「さてと」とリリックを見た。



「リリック宰相。命乞いはすみました?」

「────!?」



 口を塞がれたリリックが、頭を大きく振って否定する。



「あらあら、困った人ですね。じゃあもうちょっと待ちましょう。──はい、終わりました?」

「────! ────!?」



 なんとか魔法を解除して抜け出そうとするが、全く解除出来ない。

 普通魔法には、ある程度の綻びがある。どれだけ緻密に作り上げた魔法でもだ。

 だけどこの捕縛魔法は、一切の綻びがない。

 このままでは殺されてしまう。

 リリックは死の恐怖から逃れるため、ミノムシ状態でじたばたと暴れる。



「私、これでも怒っているんですよ。理由はわかりますよね?」

「────!」



 こくこくこく。物凄い勢いで頷くリリック。

 言葉を発せられないから、態度で示すしかない。



「あぁ、そうでした。口を塞いでいましたね。うっかりです」

(わざとだ。絶対わざとだ、ウィエル様)



 てへっと舌を出すウィエルに、心の中でツッコむミオン。

 最近ずっと行動を共にしてるが、ウィエルが何を考えているのか今だにわからない。


 ウィエルが指を動かすと、リリックの口を覆っていた縄が解けた。



「けほっ、けほっ……お、お許しくださいっ! お許しください!!」

「どの口が言いますか」



 簀巻きのリリックを宙に浮かばせると、右手に純白の業火が灯った。



「あなたの正体……私が見抜けないとでも?」

「ッ……な、何のことでしょう。私はただの人間で──」






「魔王軍魔王補佐、淫魔リリス、、、、、

「ッ!?!?」






 リリック──リリスは目を見張り、口を魚のようにパクパクさせている。

 ミオンも呆然とウィエルとリリスを交互に見た。



「ま、ま……魔王軍、魔王補佐……って……!?」

「ミオンちゃん、しー」

「…………!!」



 騒ぐと外の人にバレてしまう。

 ウィエルの言いたいことを察し、ミオンは手で口を塞いだ。

 けど、今の言葉を聴いても勇者一行はなんのリアクションもない。

 ミオンがチラッと三人を見ると、全員目が虚ろで固まったままだった。



「三人はリリスの催眠魔法で操られていたみたいですね。……いや、操られるというより、性欲を増強されて理性のタガを外しやすくしたのですか」

「な、な……なん、で……!?」

「なんでわかるのか、ですか? 私に魔法の腕で上回ろうだなんて、数千年早いです」



 白炎を揺らし、リリスの顎を炙る。



「熱い! あつっ、あっつ!」

「うるさいですね。黙っててください」

「もがっ!?」



 ウィエルが指をパチンと弾く。

 体を縛っている縄が蠢き、再度リリスの口を塞いだ。



「魔王の命令は、人間の中に現れる勇者の弱体化。そんなところでしょう。しかし勇者の力は思ったより強力で、上手く催眠が掛からなかった。よくて、周囲の人間関係を壊すくらい。サーヤちゃんの件から、ちょっとおかしいと思ってたんですよ」



 白炎が頬を焼くと、リリスの体が痙攣しだした。

 涙を流して白目を向いている。



「だから周りを利用して、思春期のアルカを誘惑した。どうです? 当たってます?」

「────! ────!!」



 リリスは命からがら、高速で頷く。

 天使のような笑顔で残酷なことをしているウィエルだが、ミオンは目を逸らさず見つめていた。



「まあ、あの程度の誘惑を振り解けないアルカにも問題はありますが……アルカの教育は旦那に任せるとして、こっちはそろそろ終わらせますか」

「────!?!?」



 白炎がリリスの体に燃え移る。

 皮膚や肉が燃える音や臭いは、ウィエルの魔法で掻き消される。

 だから外に、テント内のことが漏れることは無い。



「白炎は、対象を燃やし尽くすまで消えません。まあ、あと十数秒で燃え尽きますが」

「────!? ────!!」



 業火がリリスの全身を包み込むと、縛っている縄が焼き切れる。

 



「お、お前ッ! この魔法、まさかウ──」



 最後、何かを言う前に、リリスの体は白炎に飲まれて消滅した。



「ふふ。私の正体は、私と旦那のひ、み、つ、ですよ♪」

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