第25話 勇者の父、制裁を加える

   ◆騎士団南方本部・入口◆



「勇者様、到着致しました」



 馬車が止まり、リリックが寝ているアルカを起こす。

 まだ寝足りないのか、アルカは不機嫌そうにしながらも起き上がった。



「……随分早く着いたな」

「窮屈な馬車に、いつまでも勇者様を閉じ込めておく訳にはいきませんから」

「へぇ、流石」

「勿体ないお言葉でございます。さあ、勇者様。皆さんがお待ちかねですよ」



 馬車に一緒に乗っていたメイドが扉を開け、外から歓声が聞こえる。

 男ばかりの本部と聞いていたが、自分を称える声はいつ聞いても心地いい。



「勇者様。皆にそのご尊顔をお見せ下さい」

「ああ」



 アルカは胸を張り、鼻高々に馬車を降りる。



「おぉっ、あれが勇者様か……!」

「なるほど、凛々しい姿をしておられる」

「勇者様がいれば、ドドレアルなんて瞬殺だな!」

「勇者様、ばんざーい!!」



 騎士たちの歓迎ムードに、アルカは更に調子に乗る。

 村にいた頃では考えられなかった。

 毎日、毎日、親の仕事を手伝わされる代わり映えのない日々。

 それがどうだ。勇者の地位と力があれば、金、女、名誉、栄光、人望。全てが手に入る。

 アルカは爽やかな笑顔の下、泥のように濁った感情を隠していた。


 その後ろから魔法使い、剣士、格闘家、リリックが続々と姿を見せると、騎士たちのボルテージは更に上がった。



「お、おおっ! あれが勇者一行……!」

「リリック宰相もいるぞ!」

「なんと神々しい……!」

「あれぞ神に認められし方々……!」



 魔法使い、剣士、格闘家も、称えられて嬉しそうに手を振る。

 勇者一行が一列に並ぶと、アルカは剣を抜き声高々に叫んだ。



「騎士諸君。俺が来たからにはもう安心だ。みんなで魔剣帝ドドレアルを倒し、この地を奪還するぞぉ!」

「「「おおおおおおおおおおおお!!!!」」」



 勇者の言葉に騎士団の士気が上がる。

 こうして前線の士気を上げるのも勇者の務めらしい。

 そんな中、一人の騎士が色紙を持って前に出た。



「勇者様、実は息子が勇者様のファンでして……さ、サインをいただけますか?」

「お、俺も!」

「私もください!」



 一人の騎士の言葉に、他の騎士もアルカに殺到する。

 サインや握手を求められるなんて、日常茶飯事だ。少しむさ苦しいが、ここで突っぱねると勇者としての信用に関わる。



「順番な」



 やれやれ、人気者は大変だ。

 心の中で肩を竦めて、一人一人に対応していく。

 面倒くさくて顔も見ずにサインや握手をしていくと、一人の男が前に出た。



「失礼。私も握手してもらっていいかな?」

「あー、はいはい」



 同じように適当に握手をする──と、剛力がアルカの手を握り潰した。



「いぎッ──!? ぎゃああああああ!?!?」

「ゆ、勇者様!?」



 突然の事態に騎士たちは動揺し、リリックは目を見張る。

 そんな中、アルカだけが痛みを堪えて手を握っている張本人を睨みつけた。



「ってぇなぁ!! ざけんなテメ…………ぇ……?」



 我が目を疑った。

 見上げるほどの高身長に、丸太のように太い四肢。

 ドラゴンですら視線で殺しそうなほどの眼力。

 三年ぶりだがほとんど変わっていない。



「と、と、と……父さん……!?」



 ──父、クロアである。



「愚息。ちょっと付き合え」

「……はぃ……」



   ◆客用テント内◆



 クロアたちにあてがわれたテントにて。

 ソファーに座るクロアの横にはウィエル。後ろにはミオンが立っている。

 そして目の前の床には、正座をして木の木目を一心に見つめているアルカと、縛り上げられているリリックが。

 勇者一行は、その更に後ろで同じように正座している。

 因みにアルカの手は、ウィエルが再生させた。


 しばらく、沈黙の時間が続く。



「……さて、アルカよ」

「は、はい!!」



 クロアが声を掛けると、アルカは背筋を伸ばして声を震わせた。

 こんなアルカは見たことがない。勇者一行は目を見張った。



「俺らがなんでここに来たか……わかるか?」

「そ、それは……お、俺が遊んでるって噂を、耳にして……?」

「ふむ、なるほど。全く身に覚えがないと言いたいわけだな」



 予想が外れた。

 でもそれ以外のことが思い浮かばない。



「前置きはやめよう。……サーヤちゃんの件だ」

「……え、サーヤ……?」



 何故ここでサーヤの名前が出てくるのか。

 確かにここ最近、サーヤの姿を見ていない。



「約二ヶ月前、サーヤちゃんが村に帰ってきたよ。魔獣に追われながら、命からがら……で、お前の現状を聞いた」

「ヒッ……!?」



 アルカの胸ぐらを掴み、拳を握る。

 殺気や殺意はない。完全な怒気によって、空間がねじ曲がっている。

 勇者一行も、今まで遊んでいたわけじゃない。ドラゴンを倒し、魔族と死闘を繰り広げ、幾度となく死線をくぐり抜けてきた。


 が、これほど【絶望】という言葉が似合う圧は初めてだった。



「ウィエル。リリック宰相の方は任せる」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「ミオンちゃんは、あの三人が逃げ出さないように見てなさい」

「は、はい!」



 そう言い残し、クロアはアルカを連れてテントを出る。

 余りの怒気と闘気に、騎士たちは目を逸らして二人を見ようとしない。

 本来なら勇者に不届きを働く狼藉者として捕まえるのが筋だが、そんな命知らずはいない。全員顔を伏せている。


 クロアはアルカを連れて本部を出ると、廃れたガーラの街へと連れてきて放り投げた。



「はっきり言おう。お前には幻滅した」

「ッ……せぇ……!」

「なんだ。声が小さいぞ」

「……るっせぇっつったんだよクソ親父! 俺の人生だ、俺の好きに生きて何が悪い!」



 アルカは剣を抜き、クロアへと向ける。



「勇者の力を覚醒させた俺が、今更親父に負けるかよォ!!」






 数秒後。



「あの、その……す、すんませんした。調子乗ってました」



 アルカは全身血だらけで土下座していた。

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