第24話 勇者の父母、駆け出す
ウィエルに浄化してもらっている間、ミオンは辺りを見渡す。
「もっと魔物の気配があったと思うんですけど、見事にいなくなりましたね」
「大方逃げたんだろう。どんな生物でも、ゴミみたいに無惨に殺されたくはないからな」
至る所で肉塊と化している(元)魔物。
馬車に轢き殺されたカエルのようにぺっちゃんこのものもいる。
目の前で仲間がこんな風に殺されるのを見て立ち向かうほど、肝の据わったものはそうそういないだろう。
「あなた、これからどうしましょうか」
「ふむ……ここでアルカを待っていてもいいが、アルカの目的はドドレアルの討伐。ということは、ここを沿って行った先にある、騎士団の拠点で待っていた方がいいか……行こう」
浄化が終わり、三人は生き物の気配のない街を横目に街道を歩く。
今は廃墟や倒壊した建物しかないが、見渡す限り建物しかない。魔王軍に攻め込まれる前は、相当巨大な街だったんだろう。
「ここって、クロア様たちは来たことがあるんですか?」
「ああ。元はガーラという街だったんだ。活気でいえば、王都ニルヴェルトの次に盛んだった街だな」
「そんなに……」
王都ニルヴェルトの賑わいは今でも忘れない。
でも、あれの次に盛んだったなんて信じられないくらいガーラの街は崩壊している。
ということは、いつ王都ニルヴェルトが襲撃されてもおかしくないということ。
ミオンの背筋に、冷たいものが走った。
「ミオンちゃん、大丈夫ですか?」
「は、はい。なんとか……ダメですね、慣れないといけないのに」
この先、色んなものを見ることになる。断末魔の叫びや死体を見ることになる。だからこれくらい慣れなきゃいけない。
それはわかっていても、まだミオンは経験が浅い。気分が悪くなるのは仕方なかった。
そんなミオンを見て、ウィエルは「でも」と口を開く。
「無理に慣れる必要はありませんよ。というか、慣れたら困るものもありますし」
「……困るもの? それって……」
「殺すことです」
「……え?」
思わぬ答えに、ミオンは目を見開いた。
「ど、どうしてですか? だって慣れないと、お二人みたいになれないんじゃ……」
「私と旦那は慣れているんじゃありません。心を殺して、覚悟しています」
ウィエルの言葉に、クロアが振り返った。
「その通りだ。殺すことに慣れるというのは、人の道を踏み外す行為だ。そしてそれは、何かの拍子に口論になった時、相手を簡単に殺してしまう。それだけはあっちゃならない」
「…………」
確かに、クロアの言う通りだ。
ミオンだって友達と口論になることはある。髪を掴みあって、泥まみれになったこともある。
でも殺そうとは思わなかった。
当たり前だ、殺したら死んじゃうから。
それが、殺すことに慣れている状況だったら……。
簡単に想像出来てしまうことに、ゾッとした。
「仕方なく殺す時は、瞬時に覚悟を決めろ。決して殺すことに慣れてはいけない。だが、命を絶つ感覚や断末魔の叫び、死体、血の海には慣れろ。矛盾しているが、真の戦いというのはそういうものだ」
「……わかりました。ありがとうございます」
戦士としての心構えを学んだ気がした。
それに、二人がどうしてこんなに強いのか。なんとなくわかった気がした。
そのまま歩くこと数時間。
日が傾き、夕日が廃墟を照らす頃。三人の前に騎士団の拠点が現れた。
待っていたのか、一人の若い騎士がクロアたちを見て駆け出した。
「クロア様、ウィエル様、ミオン様ですね。国王陛下よりお話は聞いております」
「陛下から?」
「はい。長身の男と天使のような女性二人が現れたら、素性を聞かず丁重にもてなすようにと」
アーシュタルの気遣いだろう。もし勇者の両親だと知れたら、どこからかアルカの耳に届く可能性がある。
だからアーシュタルもそう言ってくれたんだろう。
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
「はい。それではこちらへ」
騎士の案内で、三人は南方最前線軍部へと足を踏み入れた。
中は廃墟によって囲われた広場になっていて、数百人の騎士がいる。
鍛錬しているもの、休憩しているもの、警備しているもの。
その全員がクロアたちを見ると敬礼する。まるで重鎮扱いだ。
「そこまでする必要もないのですが」
「そうもいきません。国王陛下が丁重にと仰ったのですから。今からお泊まりになる場所へ──」
直後、さっき入ってきた入口から、騎士のざわめきが聞こえた。
「お、おい聞いたか?」
「ああ、間違いないみたいだぞ!」
「本当に来てくださったのか……!」
「思ったよりも速い到着だな」
「これで魔王軍にも勝てるぞ!」
ざわつきは興奮に。興奮は歓喜に変わる。
その様子を見て、ミオンが首を傾げた。
「誰がいらしたんですか?」
「あなた方は運がいい。何せ、この世界を救う英雄様が今日いらしたのですから」
案内の騎士は、まるで我がことのようにドヤ顔を決めると──
「勇者様がいらしたのです」
──クロアとウィエルの二人は、反射的に騒ぎの方へと走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます