第22話 国王、消沈する
◆南方・道中◆
「勇者様。セーラより連絡が入り、たった今お父上とお母上が屋敷にいらしたそうです」
「セーフ……!!」
移動する馬車の中でリリックが報告すると、アルカは全身の力を抜いた。
さっきまで生きた心地がしなかった。あと一歩遅かったら、間違いなく殺されていただろう。
いや、殺されはしないだろうけど、殺してくれと懇願する程の拳骨の雨が降り注いでいたに違いない。
アルカはイライラした様子でソファーに寝そべる。
「くそっ。なんで親父とお袋は俺ん所に来るんだ。しかも殴りにだと? 意味がわからないってーの」
「まあまあ勇者様、イライラしていても何も変わりませんよ。そんな時はストレス発散です」
「……確かにな。おいリリック、それにお前ら。相手しろ」
「「「はい、勇者様」」」
同じ馬車内にいるのは、全員女性。
魔法使い、剣士、格闘家が、装備を脱いでアルカに擦り寄る。
そんなアルカを見て、リリックは密かにほくそ笑んでいた。
◆王都ニルヴェルト・王城◆
「おお! クロア、クロアではないか! 本当に来てくれたのだな!」
王城、謁見の間にて。
立派な髭を蓄えた老人が、クロアを見て嬉しそうに駆け寄った。
背は180センチほどだろうか。クロアと比べたら高くはないが、それでも世間一般的に見たらかなりの長身と言える。
だが存在感というか、魂の密度そのものが常人と違う。そんな気がする。
(こ、このお方が、第十二代アルバート王国国王。アーシュタル・メザイア様……!)
村に住んでいたミオンでも、仲間が持ってきてくれた新聞で見たことがある。見間違えることなんてない。
本当にアポ無しで国王に会えたことに、ミオンは未だに信じられずにいた。
「久しいなぁクロア。元気じゃったか?」
「はい。陛下もお元気そうで」
「当たり前じゃ。まだ百年は現役じゃぞい」
豪快に笑うアーシュタル。その目が、ウィエルとミオンに向けられた。
「ウィエルも久しぶりだな。昔から本当に変わらん美貌だ」
「ありがとうございます、陛下。陛下におかれましても、ご健勝で何よりでございます」
「うむうむ。して、そちらが例の?」
「はい。兎人族のミオンです」
ウィエルに背を押されて前に出たミオン。
緊張で体がガチガチになり、言葉を発しようにも何も出てこない。
挨拶すらままならない状態に、アーシュタルは優しく微笑んだ。
「そんなに緊張することはない、若人よ」
「は、はひっ……み、みみみみみミオンでしゅっ。は、はじめまひてっ」
「うむ。初めまして、ミオンさん。ガルド卿から事情は聞いている。偉いぞ、頑張ったな」
「ぁ……ありがとう、ございます」
アーシュタルは労いの言葉をかけ、ミオンの頭を撫でる。
不思議とアーシュタルの言葉は胸に響き、心が暖かくなるような気がした。
「クロア、捕らえた貴族に関しては私の方で始末を付けるぞ。良いな?」
「はい、よろしくお願いします。……ところで陛下、アルカについてお聞きしたいことが」
「む? なんだ?」
クロアは今までの経緯と、何故自分たちがここに来たのかを説明する。
最初は黙って聞いていたアーシュタルだったが、話を聞くにつれて顔をしかめた。
一通りの説明をすると、クロアはアーシュタルを睨みつけた。
「訳をお聞かせください。アルカの所業は、とても勇者と呼べるものではありません」
「う、む……すまない。そんなことになっていたとは」
アーシュタルの言葉に、三人は首を傾げた。
それじゃあまるで、事態を把握していなかったみたいだ。
「実はアルカ殿の教育や私生活は、全てリリックに一任していてな。私も国政や他国との兼ね合いで、アルカ殿一人に気を割いておれなかったのだ」
「いえ、陛下を責めているわけではありません。正直に話して下さり、ありがとうございます」
王座に座り、頭を抱えて深く息を吐くアーシュタル。
さっきまで若々しく見えていたのに、一気に老け込んだように見えた。
「リリックは才のある娘でな。若くして国立学校を首席卒業し、魔法も使えて人望もある。ウィエルの再来と言われるほどだ」
「それは……相当ですね。ウィエルはアルバート王国史に名が残るほどの大天才ですから」
二人の目がウィエルに向けられる。
ウィエルは恥ずかしそうに微笑み、ゆっくりと頭を下げた。
「ウィエル様、やっぱり凄い方だったのですね!」
「そんな。私の場合はお師匠様がとても素晴らしい方でしたから」
珍しくウィエルが照れている。
微笑ましく思うが、今はそれどころじゃない。
「そんなウィエルと肩を並べる程の天才なら、今回のような間違いは起きないと思いますが」
「私もそう思う。トレオンが退いた今、宰相として任せられるのはあの子しかいないと思ったのだが……どうやら、私も
自分の見る目が衰えたことに、アーシュタルはかなり落ち込んでいるみたいだ。
確かに、アーシュタルの本質を見抜く目は常人の域を逸脱している。長い付き合いのクロアとウィエルはよくわかっている。
だが、未来まで見抜く訳ではない。
今は正義の心を持っていても、人の心は移ろいやすいものだ。魔が差し、悪の道に身を落とすこともあるだろう。
そのことまで見抜くことはほぼ不可能と言っていい。
大事なのは過去と未来ではない。今どうするか、だ。
「陛下。勝手ながら、アルカの再教育は俺とウィエルにお任せ下さい」
「……そう、だな。頼めるか?」
「はい。なんて言っても、親ですから」
二人は顔を見合わせて頷きあい、アーシュタルにお辞儀をして謁見の間を出た。
目指すは南方。
魔王軍四天王、魔剣帝ドドレアルの統治している土地だ。
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