第21話 勇者の父、威圧する
扉が大きく開くと、その先には一人のメイドが佇んでいた。
隙がない。クロアの目から見ても、強者だとわかる。
「お待たせ致しました、お父上様、お母上様。私はセーラ。勇者様に仕えているメイドでございます」
「初めまして、セーラさん。いつも息子がお世話になっております。……それで、息子はどこに?」
騎士に向けたものと遜色ない圧が放たれ、セーラの体を叩く。
まるでドラゴンと対峙しているような感覚。本能が逃げろと警告し、体が震える。
しかしセーラにもメイドとしての意地がある。
生唾を飲み込み、力で体の震えを抑えつけた。
「……勇者様は、今はいらっしゃいません。南方の地を統べる、魔王軍四天王の討伐に向かいました」
「それはいつのことだ?」
「三日ほど前です」
セーラの話を聞き、クロアは小さく嘆息した。
「逃げたな」
「逃げましたね」
クロアの呟きにウィエルも同意する。
大方、二人が向かっているという噂を聞き、討伐と称して二人から離れるように出発したのだろう。
我が息子ながら情けない……言葉にはしなかったが、クロアとウィエルの気持ちは一致した。
だが二人の言葉に、異を唱えた者が一人。
セーラである。
「いえ、勇者様は逃げていません。務めを果たすべく旅立ったのです」
「じゃあ三日前まであいつは何をしていたのですか? 広い庭があるのに、修行をしている痕跡がない。綺麗なまま保たれている。この豪邸で、あいつは三年間何をしていたのか……説明出来ますか?」
クロアの圧が更に厚みを増すと、扉や壁にヒビが走った。
セーラは察した。
このお方は、全てを知った上で質問していると。
嘘をついても、死。
正直に答えても、死。
後にも先にも行けず、セーラはただ黙るしか出来ない。
そんなセーラからミオンに目を向ける。
そこには、顔を真っ赤にしてソワソワしているミオンがいた。
「ミオンちゃん。この屋敷、どんな臭いがする?」
「ふぇっ!? あの、その……い、色んなところからっ、えええ、えっちな、臭いが……」
兎人族の嗅覚は、人間では感知できない臭いも嗅ぎ取れる。
アルカの命令で屋敷中の消臭をしたセーラだったが、兎人族の鼻は誤魔化せなかったみたいだ。
クロアは頭を抱え、そっと嘆息した。
「まあいい。それでセーラさん。一つ聞きたいが、サーヤという子をご存知ないですか?」
「サーヤさん、ですか? はい。つい先日まで、勇者様に仕えていた方です」
思わぬ名前につい本当のことを言ってしまった。
この屋敷にいる女は、身も心もアルカに仕えることになっている。
サーヤは、その中でも更に小間使いのような扱いをされていた。
セーラとサーヤは、特に仲が良かったわけじゃない。だがサーヤが大変そうにしているのを見て、義務的に手伝った記憶はある。
それを全て含めて、仕えていたと言ったのだが……。
「仕えていた……? 彼女はアルカの許嫁だぞ」
「────!?」
しくじった。そう思っても後の祭り。
一緒に働いていた彼女がアルカの許嫁。そんなの聞いたことがない。
同僚もサーヤのことをイビっていたし、ここにいる誰もが知らないだろう。知っていたらイビリなんてしないだろう。
クロアの威圧が殺気へと変わるのを感じ、セーラは自衛のためにスカートの中のナイフを取り出そうと身をかがめる。
すると、隣にいたウィエルがクロアの手を取り、ゆっくりと手の甲を撫でた。
それだけでクロアから迸っていた殺気が、嘘のように霧散する。
「あなた、落ち着いてください」
「……ああ。すまない、ウィエル」
クロアが目を閉じて気持ちを落ち着かせている。
今度はウィエルがセーラに問いかけた。
「その反応を見るに、知らなかったのですか?」
「は……はい。今聞かされるまで……恐らくこの屋敷にいる人間で、そのことを知っているものはいないかと」
「ふむ……おかしいですね。流石にそれくらいは知られていてもいい気がしますが」
ウィエルの疑問も尤もだ。
何故許嫁のことを誰も知らない? 何故アルカはそのことを話さなかった?
でもその疑問は、セーラの言葉で解決した。
「私がここに仕えた日ですが、宰相様がおっしゃっていました。魔王軍に勇者様の弱点が知られぬよう、勇者様の身の内や情報は極力明かさないと」
「宰相様? 確か宰相様は五年前……」
「はい。トレオン様が引退なされてから、リリック様に変わりました」
五年前までは、経験のある老齢のトレオンが宰相を勤めていた。
が、歳には勝てず引退。その後を、リリックという若い女が引き継いだと聞く。
クロアとウィエルは辺境の村に住んでいたが、それくらいの情報は回って来ていた。
気持ちを落ち着かせながら聞いていたクロアは、腕を組んで思案する。
「妙だな、その宰相」
「そうですね。なんだか気持ち悪いものを感じます」
「……悩んでも仕方ない。直接聞きに行くか」
クロアとウィエルが外に出て、ミオンが慌てて追いかけて行く。
結局最後の最後まで、セーラは一歩も動けずに立ち尽くしていた。
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