第15話 亜人の少女、再会する
◆クロア・ミオン◆
背後から聞こえる断末魔の叫びを無視し、二人は奥へ奥へと進む。
しかしミオンは、叫び声が聞こえる度に耳をぺたんと伏せている。
クロアは慣れたものだが、この断末魔の叫びは並の者では神経がすり減るだろう。
現にミオンは、今にも失神しそうだ。
「ミオンちゃん、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……」
「まあ、これからウィエルから魔法を学ぶなら、これくらいの断末魔の叫びは慣れないとな」
「ひぇっ」
これくらい。ということは、これ以上がこの先待っているということ。
後悔先に立たず。人生諦めも肝心。
ミオンはそっと感情を殺した。
すると、クロアが鉄扉の前で立ち止まり、指をそっと這わせる。
「ふむ……この先だな」
「こ、ここに仲間が……!?」
「ああ」
クロアが鉄扉に指を食い込ませると、軽々と左右に引き裂いた。
引き裂かれた鉄扉の先からは、眩いばかりの光が漏れ出る。
「な、なんだ……?」
「絶対開かなかった扉が開いたぞ!」
「開いたというよりこじ開けられたような……?」
中から戸惑いの声が聞こえ、クロアがゆっくりと隙間からくぐる。
亜人以外にも、人間の若い男女が捕らわれているみたいだ。
全員に奴隷の首輪が付けられ、鎖で壁に繋がれている。
周囲を見渡すクロアの巨大さに捕らわれていた人たちがザワつき、警戒心を露わにした。
「で、でかい……!」
「巨人族……にしては小さいが、それでもでかいな」
「何者だ……?」
「もしや奴隷商の手先……!?」
怯えてきっている人たちが、目を合わせないように身を縮める。
そんな中、一人の兎人族だけがクロアを見ていた。
いや、クロアではない。正確にはその先にいる、ミオンだけを。
「……ミオン……?」
その声がミオンに届いたのか、耳がピクリと動く。
聞いた覚えがあるどころじゃない。
自分を男手ひとつで育ててくれた、唯一の肉親。
あの時死んでしまったと思っていた、最愛の父。
様々な感情が一気に噴き出し、ミオンはクロアを追い越して駆け出した。
「パパ!!」
「ミオン!!」
兎人族の男性が、飛び付いてきたミオンを抱き締める。
どうやらこの男性が、ミオンの父親らしい。面影もあるし、青い髪色もそっくりだ。
「パパ、よかった……本当によかった……!」
「すまない、ミオン。心配をかけた」
「うぅっ、うえぇん!」
父親の胸で号泣するミオン。
クロアはその姿を、黙って見つめていた。
「おい、ミオンちゃん生きてたってよ……!」
「よかった……よかった……!」
「村は襲われたが、仲間が一人でも生き残ってるのを願うばかりだな」
同じ兎人族から安堵の声が漏れる。
村の惨状を知っているクロアだが、今はあのことは言わない方がいいだろう。
そう考え、今は黙り込んでいる。
「パパ、ごめんなさいっ。私が……私が弱いせいで……!」
「いや、大丈夫だ。俺もすまなかった、突き放すようなことを言って」
「いいの。あの時はああするしかないって、わかってるから」
再会に涙するミオンと、ミオンの父親。
だがここは敵の真っ只中。いつまでも感動に浸る訳にもいかない。
「失礼。ミオンさんのお父様ですね?」
「っ……は、はい。アランと言います。……失礼ですが、あなたは?」
「申し訳ありませんが、今は時間がありません。ここにいる全員を逃がさねば」
「に、逃がすだって……!?」
クロアの言葉に、ここにいる全員がザワついた。
今明確に聞こえた言葉が、にわかには信じられない。
「ど、どうやって。ここにいる敵の数は半端じゃありません。捕まっている人数も百人を超えている。これじゃあ逃げるなんて……」
「安心してください。外の敵は、私の妻が無力化しています」
「……妻? 無力化?」
言っている意味がわからないのか、アランは首を傾げた。
まあわからないでしょうね、という言葉をミオンは飲み込み、首を横に振る。
「クロア様、まずは奴隷の首輪をなんとかしないと」
「そうだな。ミオンちゃん、離れていなさい」
「え? ……はい、わかりました」
ミオンがアランから離れ、代わりにクロアが近づく。
アランはクロアのデカさに内心ビビりつつも、娘に格好悪いところは見せられないと堂々としていた。
「これから首輪を外します。少し首を上に向けてください」
「……鍵があるんですか? 無理に外そうとすれば、付けている者に激痛が走る仕組みになっていますが……」
「大丈夫です。私を信じてください」
「……わかりました」
愛する娘が信じる人。なら、自分が信じないわけにはいかない。
アランは覚悟を決めて、顔を僅かに上げる。
分厚い鋼鉄で作られた首輪が、光に反射して鈍く光る。
周囲が固唾を飲んで見守る中、クロアは首と首輪の間に出来た隙間に指を入れると。
「ふんっ」
メキバキゴキッ!! ──アランが激痛を感じる間もなく、一気に首輪を引きちぎった。
「「「「「…………………………は?」」」」」
意味がわからなかった。見たものを信じられなかった。
首輪の厚さは五センチを超える。
それほどの分厚い金属の塊を、一瞬にして引きちぎったのだ。
「これで大丈夫。ここにいる全員の首輪は引きちぎりますから」
「えっと……え?」
「端から順に回りますので、皆さんは……」
直後。
「うぐっ!? ガッ! アアアアアアッ!?!?」
「ひっ!? キャアアアアアアアアッ!!」
「アガッ、ヒギッ!?」
突然至る所から悲鳴や絶叫が上がり、地面に倒れ伏す人々。
首輪がどす黒い紫色に光っている。これは、首輪に連動している機械が作動している証拠だ。
ということは──
「おやおやおやおや〜?
──機械を持った人間がいる、ということだ。
声がした方を振り向くと、一人の男が軽快なステップを踏んで歩いていた。
高級そうなスーツにシルクハット。左手にステッキを持ち、右手には黒い機械のようなものが握られている。
男はガラス玉のような目をクロアに向けると、この世の憎悪を煮詰めたような笑顔を見せた。
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