第16話 勇者の父、潰す

「初めましてぇ〜。私はレト。レト商会会長で、オークションのオーナーでござーーーいます」



 レトと名乗った男は、シルクハットを脱いでお辞儀をする。

 礼儀正しくしても、その醜悪そうな性格までは隠しきれていない。言動の節々に、人を小馬鹿にしていそうなものを感じられる。

 レトを見た瞬間、さっきまで希望に満ちた人たちが、恐怖で震え上がった。


 顔を伏せて黙り込んでいる人たちを横目に、クロアはレトを見る。



「お前が奴隷商のトップか」

「奴隷商? はてはて、おかしなことをおっしゃいますね〜。私はただの商人ですが」

「ふざけるな。この人たちを捕まえて売ろうとしてるだろ」



 今もレトを見ようとせず、怯えている。手に持っている機械のせいで、相当激痛を味わされたらしい。

 首輪を外されたアランも、顔を伏せて脂汗を流している。

 レトは髭を撫で、三日月のように口角を上げた。



「人、人、人? 人なんてどこにいるのですかぁー? ここにあるのは全て商品、、。金持ちや貴族に売りさばくペット、、、。壊すも犯すも殺すも自由自在。ただのモノ、、しかあーーーーりませんがぁ〜?」



 余りのゲスっぷりに嫌悪感を覚える。

 クロアは拳を握りレトに向けて駆け出そうとすると──。



「ひがっ!? アアアアアアアアッッッ!?!?」

「いだいいだいいだいいだああああああッ!!」

「やべでっ、やべでええええええ!?!?」



 背後から悲痛な叫び声が聞こえた。

 見ると、奴隷の首輪が淡く発光している。レトの持っている機械で首輪の力が作動しているみたいだ。



「あなたの力は見させてもらいましたーーーよ。とーっても力自慢みたいですが、それは近付けばの話。離れていればなーんにも怖くありません。それでも近付くというのなら、商品にはもーーーっと苦しんでもらいましょーーーかね」

「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」

「──ッ!? ────!!!!」

「〜〜〜〜ッッッ!?!?!?」



 レトが機械の出力を上げ、捕まった人たちが声にならない悲鳴を上げる。



「やめろっ!」

「なら抵抗しないことでーーーすね」

「……わかった」



 クロアが両手を上げて、抵抗しないことを示した。

 レトは満足そうに頷き、機械のスイッチを切る。

 痛みがなくなったおかげで悲鳴はあげなくなったが、大多数が体が痙攣して気絶してしまった。



「私はね、あなたの力は評価してるつもりでーーーすよ。どうです? 手を組みませーーーんか?」

「断る。悪事に手を染めるくらいなら、死んだ方がマシだ」

「へぇ、正義の味方なんですねぇ……ですが人質がいますよねぇ? いいんですかぁー? 断ったら後ろの人たちが苦しむ羽目になりますがぁー?」



 レトの視線が、捕まっている人たちに向けられる。

 確かに、今この場の主導権はレトが握っている。あの機械によって、奴隷の首輪がついている人たちはみんな人質みたいなものだ。

 クロアは黙って手を上げたまま動かない。


 クロアの力は強い。いや、強すぎる。

 だがレトは、その力を別部屋で見ていて思った。

 この力があれば、なんでも思いどおりになる、と。

 この力が欲しい、と。

 その為に危険を省みず出てきたのだが、賭けに勝った。

 人質さえいれば、この力は自分の思うがまま。

 この先の自分の華々しい未来を思い、レトは顔を歪ませ……気付いた。






 上げているクロアの手が、デコピンの形をしていることに。






 刹那、クロアの指がぶれ──見えない何かがレトの両手首を粉砕した。



「…………ぇぁ……? ぁっ、あああああああっ!? わ、私の手がああああああああぁぁぁ!?!?」

「俺に遠距離の攻撃方法がないと思ったか。デコピンで空気の弾丸を飛ばせば、十分な殺傷能力を持つ」



 更に一発。またまた一発。

 レトの両足首を空気の弾丸が穿つ。

 両手両足が弾け飛び、大量の血が流れ出た。



「わ、私のっ! 私の手がっ、足がああああ!?」

「喚くな、悪党が」

「はごっ!?」



 レトの頭部を掴み、軽々と持ち上げた。

 指がめり込み、頭蓋骨が凹み、軋む音が頭の中に響く。

 さっきまで優位に立っていたのに、今では圧倒的劣勢。いや、棺桶に片脚を突っ込んでいる状況だ。



「ま、待っで……! か、金っ、金を払う! 数千万でも、数億でも! だからわだじどでをぐんで……!」

「くどい」

「ひっ──!?」



 グシャッ!!

 頭部が握り潰されたレトは、肉塊となって地面に崩れ落ちた。



「閻魔によろしく」

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