第3話 亜人の少女、懇願する

   ◆



『ミオン、お前は逃げなさい!』



 燃え盛る村の中、最後に見た光景は、武器を持った人間に囲まれた父の姿だった。

 破壊される平和。

 捕まる仲間。

 殺される仲間。

 唯一の肉親である父も、人間によって傷を負っている。

 逃げることしか出来ず、戦うことが出来ない。

 兎人族でも見た目は人間と変わらない。

 捕まれば、何をされるかは容易に想像出来た。


 でも。



『そ、そんなっ。パパを置いて逃げるなんて……!』

『言うことを聞け、ミオン!!』

『ひっ……!』



 生まれて初めて聞く、父の怒号。

 ミオンは一瞬身を固めたが、直ぐに踵を返して走り出した。



『逃げたぞ!』

『あの女は絶対に逃がすな!』

『ぜってーいい値で売れるぜ!』



 人間たちの下卑た笑い声が聞こえる。

 兎人族は人間より耳がいい。

 嫌な声は、村が影も形もなくなるほど遠くに逃げても、ずっと聞こえた。



『ぐすっ……待ってて、パパ、みんな……! 絶対、絶対助けを呼んでくるから……!』



 兎人族の脚の速さは、亜人の中でもトップクラスに速い。

 低空を飛ぶようにして走り、ミオンは半日かけて人間の住む王都へと向かった。

 王都の騎士は、困ったことがあれば助けてくれる。

 父からそう教えられていたミオンは、門を守っている騎士へと近付いた。



『あ、あの! た、助けてっ、助けてください……!』

『む? ……兎人族か。何の用だ?』

『む、村が、私の村が野盗に襲われて……! 村が焼かれて、殺されたり、捕まったり……!』



 ミオンの言葉に、騎士はずっと無言を貫いていた。

 ただ無言で見つめられ、段々と声が小さくなっていく。



『あ、あの……?』

『兎人族の娘さん。君がその村から走って王都に来るまで、どれくらい掛かった?』

『は、半日ほどです』

『兎人族の脚で半日となると、馬車を出しても三日……早くても二日は掛かる。騎士を集めて準備をし、出発しても最低四日は掛かるだろう。その間に君の村を襲った野盗が、いつまでもそこにいるとは思えない』

『……何が、言いたいんですか……?』



 聞きたくなかった。

 でも、聞かざるを得なかった。

 騎士は無表情で、残酷な言葉を告げる。



『気の毒だが、そのために貴重な戦力を割く時間はない』

『────!』



 ミオンは頭に血が上り、怒りの形相で騎士へと掴みかかった。

 しかし近くに待機していた騎士が、二人がかりでミオンを押さえ付けた。



『なんでっ! パパが言ってましたっ! ここの騎士は、困ったことがあったら助けてくれるって!』

『我ら騎士団は、勇者様と共に魔王軍を殲滅するという世界の命運を背負った重大な任務に就いている。お引取りを』



 しかし、ミオンの声は騎士に響かない。



『そ、そうだ……! き、騎士様なら、ここを取りまとめている責任者の方がいるはずです! 話を、話をさせてください!』



 騎士は頭を掻いて面倒くさそうにため息をついた。



『私がアルバート王国、王都ニルヴェルト騎士団門番長です』






 それからのことは、覚えていない。

 暴れ、攻撃され、逃げた。

 どこまで来たのかはわからない。でも日が暮れ、夜が明けても走り続けた。

 最終的には疲れ果て、森の中で座り込んでしまった。

 疲れすぎて動けない上に、嫌なことばかりが脳裏をよぎる。

 こうしている間にも、仲間は殺され、捕まり、売られている。

 そう思うと、涙が止まらなかった。



『ぐすっ……パパ……みんな……』



 昨日までは、平和な日々だった。

 男手一つで育ててくれた父。仲のいい友達。自分を慕ってくれた子供たち。良くしてくれた仲間。

 それが、一瞬で壊されてしまった。

 一体どれくらい座っていただろう。

 何もする気になれず、死という言葉が頭をチラつく。



『……死んだら、みんなの所に行ける……かな……?』



 自衛用に持っていたナイフに手を掛ける。

 魔獣の牙で作られたナイフが、日光を反射して輝いた。

 これを喉に突き立てれば、それで終わる。

 そう思っていた──その時だった。



『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ──!!!!』



 耳をつんざく咆哮が、頭上から聞こえた。


 ──ドラゴンだ。

 自分のことを餌だと認識したガラス玉のように綺麗で獰猛な目が、ミオンを舐めるように睨みつける。

 気配察知が散漫になっていて、ここまで近付かれるまで気配や圧の大きさに全く気付かなかった。



『ど、ドラ……ゴン……!』



 反射的にナイフを向けた。

 が、直ぐに悟った。

 ドラゴン相手では逃げられない。このナイフも役に立たない。

 それに、今自分は死を選ぼうとした。

 ナイフで喉を掻き切るか、ドラゴンに食われるか、その違いでしかない。

 なら、いっその事自然の循環の中に……。


 ミオンは目を閉じ、死を受け入れる覚悟を決める。

 …………。



『あぁ……死にたくないよ……』



 一雫の涙が、頬を伝った。──直後。






『ふんっ!!』






 ズゴシャアアアアアアァァァァッッッ!!!!



『……ぇ……?』



 茂みから現れた何かが、ドラゴンの頭部を粉々に砕いた。

 人間だ。でも大きい。かなり……いや、すごく大きい。

 でも不思議と恐怖は感じない。何故かわからないけど、大きな人間を見て安心してしまった。

 呆然としていると、彼は真っ直ぐで揺るぎない目をミオンに向ける。



『大丈夫か?』



 久しく聞いたような、暖かい言葉。

 ミオンは訳もわからず男にすがり付くと、心の底から声を絞り出した。



『お願、ぃ……します……村を……みんなを、助けてください……!』



 ミオンの魂の叫び。

 男はそんな言葉に呼応するかのように、直ぐにミオンの手を握った。



『ああ。俺に任せろ』

『……ぁりが、と……』



 その言葉を聞き、ミオンの意識は途切れた。

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