第2話 勇者の父、少女を助ける

 村に滞在して一週間。

 やってくる魔獣を撃退し、材木を切り出し、家を建て……この一週間で、瞬く間に家が完成した。


 村を囲う柵も、堅強で厳かなものになっている。

 木材を繋いだちんけなものではなく、クロアの剛腕で巨木を地面に突き刺し、ウィエルの魔法で繋ぎ合わせた。

 柵が完成したおかげで、魔獣に襲われることも、野盗が入る心配もない。

 村人たちは、喜びに涙した。


 まだ全ての家が終わったわけではないが、村長の厚意で先へ進むことになった。



「それでは、私たちは行きます」

「本当、お世話になりました」

「なんのなんの。むしろ儂らが世話になりっぱなしで……」

「いえ。これは愚息の行いへの謝罪を込めてのこと。当然のことをしたまでです」



 クロアとウィエルは再び村人たちに頭を下げる。

 しかし村人たちは、二人が来た時より晴れやかな顔をしていた。



「クロアのアニキ! またいつでも来てくだせぇ!」

「オレらそれまでに鍛えておくっす!」

「姐さんもお達者で!」

「ウィエルお姉様、行ってしまわれるのですね」

「いつでも歓迎致します、お姉様!」



 いや、晴れやかというより、完全に尊敬の念を抱いていた。

 男は、クロアの男気に。女は、ウィエルの女子力にメロメロらしい。

 これも他の村と同じだが、二人はいつも通りに接していたから、何故こうなるのか理解出来ていない。



「……それでは」

「さようなら」



 なんとなく気恥ずかしくなり、二人はそそくさと村を後にした。

 村長曰く、ここから王都へは歩いて二週間ほど掛かるとのこと。

 情報によれば、その間にアルカの力によって被害が受けた村や町はない。真っ直ぐに王都へと向かえる。


 村長に馬車での移動を提案されたが、それは丁重に断った。

 もし何かあった時に、馬車では対応出来ないからだ。

 幸いにもクロアの体力は無尽蔵だし、ウィエルは魔力が続く限り無限に宙を浮ける。

 最悪、魔力が尽きてもクロアが運ぶから問題はない。


 ウィエルはふよふよと浮かびながら、クロアを見上げて首を傾げた。



「アルカは王都にいるのでしょうか?」

「わからない。でも王都を拠点にしているのは間違いないだろう。情報はそこで集める」



 噂では王都を拠点にはしているが、今は魔王軍四天王を討伐するために世界中を旅しているのだとか。

 まだ四天王を倒したという朗報は来ていない。つまりまだ旅をしている途中なのか、王都にいるのか……。

 とにかく王都を目指す。今はそれしか出来ない。


 舗装された道を歩く。

 暖かな日差しに、鳥のさえずり。優しい風が頬をいたずらに撫で、蝶がウィエルの周りを飛んでいる。

 そんな平和な道中、ウィエルは楽しそうにクロアを見上げて微笑んだ。



「どうした?」

「いえ。思えば、あなたとこうして旅をするのも久々だと思いまして」

「む? ……確かにな」



 昔のことを思い出し、クロアは頬を掻いた。

 ウィエルと出会い、旅をし、愛し合い。そうしてアルカが生まれた。

 どこをどう間違えてしまったのか、アルカは人の道を踏み外してしまったが。


 愚息のことを想いそっと嘆息すると、ウィエルがクロアの腕に抱き着いた。



「……何を?」

「照れてますか?」

「て……照れてない」

「またまたー」

「本当だ」



 クロアが再度頬を掻いたのを見逃さなかった。

 もう二十年近く連れ添ってきた旦那の照れ隠しの癖だ。見抜けないはずがなかった。



「私、嬉しいです。理由はともかく、あなたと一緒に旅が出来ているのですから」

「……そうか」



 それはクロアも同じ気持ちだ。

 アルカが生まれ、ウィエルも遊びたい盛りだったろうに、ずっと我慢させてきてしまった。

 旅の目的はアルカへの説教だが、こうしてウィエルが楽しんでいるのならよかった。

 どうせ長くなりそうな旅だ。

 なら、力を抜いて自分も楽しんだ方がいいだろう。

 そう思い、クロアはウィエルの手を優しく握った。



「あなた……ふふ、嬉しいです」

「……うむ」



 クロアの不器用さはウィエルがよく知っている。

 だからこういう些細な愛情表現に、この上ない幸せを感じるのだ。

 散歩のように舗装道を歩く二人。


 が──






「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ──!!!!」






 ──その平和は打ち砕かれた。


 腹の底に響く轟音のような咆哮が大気を震わせる。

 クロアとウィエルは立ち止まり、油断なく周囲を見渡した。



「この咆哮……まさか、ヤツ、、ですか?」

「恐らくな……しかし、ここにいるはずがないんだが」



 二人は互いに顔を見合わせると、ウィエルが空を飛んで周囲を見渡した。



「……ッ! あなた、いました」

「何体だ?」

「一体です。群れからはぐれたのでしょうか」

「わかった。案内を頼む」

「はい」



 ウィエルが咆哮の主の元に飛び、それをクロアが追う。

 舗装道を外れ、森の中を縫うようにして走る。



「あと十秒で接敵します」

「よし」



 クロアが右腕に力を溜め、勢いを殺さず茂みから飛び出す。


 そこには、二つの生命体がいた。

 一つは小さい女の子だ。

 年齢にして十五歳くらいだろうか。頭にウサギの耳が生え、腰には小さな丸い尻尾が生えている。

 数は少ないが、人間の体に動物の身体能力を秘めている人類──亜人である。


 もう一つは巨大な生物だ。

 鋼のように硬質な鱗。鋭く長い爪。凶暴な牙。獰猛な目。巨大な翼に、太い鞭のような尻尾。

 体長にして5メートル……いや、7メートルを超えているだろうか。


 咆哮を聞いてから、クロアが予想していた通りのものがそこにいた。

 この世界において、捕食者の頂点に君臨する絶対王者──ドラゴンだ。


 今まさに、ドラゴンが亜人の女の子捕食しようと口を大きく開いている。


 状況の把握、ゼロコンマ一秒。

 瞬時に方向転換し、クロアは力を溜めた右腕をドラゴンの顔面へ向かって振るい。



「ふんっ!!」



 ズゴシャアアアアアアァァァァッッッ!!!!


 頭部を、木っ端微塵に粉砕した。

 どんなに頑強な生物でも噛み砕く牙も。

 全ての攻撃を弾くと言われている鱗も。

 クロアのワンパンの元に粉々に砕かれたのだ。



「大丈夫か?」

「…………っ」



 亜人の少女はボロボロの体を引きずり、クロアの脚にすがり付くと。



「お願、ぃ……します……村を……みんなを、助けてください……!」



 クロアを見つめ、心の底から絞り出すような声。

 少女の目を見たクロアは、一瞬すら考える素振りを見せず手を取った。



「ああ。俺に任せろ」

「……ぁりが……と……」



 安心からか、少女は気を失ってしまった。



「やっぱり優しいですね、あなた」

「助けを求められて応えない男は男じゃない。クズだ。……まずは手当をしよう。ウィエル」

「はい、あなた」



 少女をウィエルに預け、背を向けた。

 女性の手当は女性に任せるに限る。



「……助けて、か」



 嫌な予感が胸を覆い尽くしながらも、クロアは周囲の警戒を続けた。

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