第一章 亜人
第1話 勇者の父、詫びる
クロアとウィエルが村を出て、数週間が過ぎた。
最西の村から王都までは、馬車でも数週間かかる。
しかし二人は馬車ではなく、歩いて王都を目指していた。
その理由は……これだ。
「どうも、勇者の父です。この度は愚息がご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」
「勇者の母です。本当に、申し訳ありませんでした」
クロアとウィエルは、一人の老人に頭を下げた。
老人は二人の言葉に我を取り戻し、気まずそうに汗を拭った。
「ゆ、勇者様のご両親でしたか。いや、なんと言ったものか……」
「好きなように罵倒して下さって構いません。愚息のせいで、この村に多大なご迷惑を……」
クロアが横目で村を見る。
いや、村だったと言うべきか。
そこには、見渡す限りの残骸、残骸、残骸。
もはや綺麗に保たれた家はない。全ての家が粉々になっていた。
そう、二人が歩いて旅をしている理由は、アルカの力によって破壊された村々の再興を手伝うためだ。
ここだけで、既に三つ目。
しかし二人は、どんな軽微な被害であろうと誠心誠意謝罪をして回っていたのだ。
腰を折る二人を見て、この村の村長である老人は、悲しそうに俯いた。
「いえ……勇者様は、この村を襲う魔獣を討伐してくれました。村の被害は、その余波でおこったもので……」
「どのような理由があっても、勇者として守る者を傷付けてしまいました。微力ではありますが、私たちの力を村の復興に役立てて貰えれば幸いです」
「あ、いや。幸いにも怪我をした村民はいないので……」
「体ではありません。皆様の心の方です」
クロアは顔を上げると、悲しそうな目で村の残骸を見渡した。
「村には、それぞれ思い出があります。楽しいこと、辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと。いくら似た村を作ったとしても、それはもう別の村……過去の思い出とは程遠いものです。村長殿や村民の皆さんの心の痛み……察するに余りあります」
クロアの言葉に、村長は目を見開いた。
確かに言われると、心にぽっかりと穴が空いたような気がしていた。
頭では、勇者が魔獣を倒してくれたことに感謝している。
しかし心はそうもいかない。
村長は、クロアの言葉に気付かされた。
「……そうですね、お父上様の言う通りです。……では、復興を手伝っていただきましょう」
「承知しました。ウィエル、やろう」
「はい、あなた」
クロアは巨大な廃材をひょいひょい片手で持ち上げ、それを一箇所にまとめる。
大きさにして家一軒分くらいの廃材を集めたところで、ウィエルが廃材に手をかざした。
「彼のものを縛れ──《ウッドロープ》」
手の平に幾何学模様が浮かび上がる。
そこから無数の蔦のようなものが現れ、廃材を綺麗に縛り上げた。
それを見た村長は、目を見開いて声を漏らす。
「なんと……奥様は、魔法を使えるのですね」
「簡単なものしか使えませんが」
「ご謙遜を。この世界に、魔法を使える人間がどれだけいるか」
気恥しそうに照れ笑いを浮かべるウィエルに、村長は苦笑いを浮かべた。
魔法は生まれながらの才能により、使えるかどうかが分かれる。
そして使える人間は、使えない人間よりずっとずっと少ない。しかもほとんどはマッチ棒くらいの火を点けたり、手の平サイズの水を出すのがやっとだ。
これだけ巨大で多くの廃材をまとめるほどの魔法を使える人間は、世界でもそうそういないだろう。
ウィエルの手の平からロープが出し尽くされ、幾何学模様──魔法陣が霧散した。
「あなた、いいですよ」
「ありがとう」
クロアが廃材のまとまりに近づく。
大柄なクロアでさえ見上げるほどの廃材の山。
それを前に、クロアは廃材の一部を掴んだ。
そんな光景を見て、村長は首を傾げた。
「旦那様も魔法を使うのですか?」
「いえ、夫は魔法は使えませんよ」
「え? それじゃあ……」
「まあ見ててください」
ウィエルが微笑んで、クロアを見つめる。
村長も訝しむような目で、ウィエルからクロアに視線を移す。
待つこと数秒。
クロアの筋肉が隆起し、血管がバキバキに浮かび上がると──
「ふんっ!」
ズッ……ズズズズズズッ!
──廃材が、持ち上がった。
「…………へ?」
村長も村民も、目を丸くして驚愕した。
驚くのも無理はない。あの山のような廃材を、クロアは片手で持ち上げたのだ。
「夫は、常人よりちょっと力持ちなんです。あれくらいの重さでしたら、簡単に運べるんですよ」
「あれはちょっとという次元じゃないような……」
事実、村一番の力持ちでさえ大きな廃材を一つ運ぶのがやっとだ。
それがどうだろう。クロアはそれを十、二十……いや、もっと大量の廃材を片手で担いでいるのだ。
これを生身でやっているという。もはや意味がわからなかった。
廃材の束を端に起き、ウィエルと力を合わせてその束を二つ、三つと運んでいく。
たった数十分で、村の廃材は綺麗さっぱり無くなってしまった。
村長も、村民たちも唖然。
しかしクロアは息が乱れるどころか、汗ひとつかいていなかった。
「村長殿。使えそうな廃材はあちらにまとめておきました。私たちはこれから、森に入り木材の調達をしてきます」
「……え。あ、はぁ……?」
「それでは」
クロアとウィエルは頭を下げ、近くの森の中へと入っていく。
村長と村民は、呆然と彼らを見送ることしかできなかった。
◆
夜になった。
辺りには明かりはない。星あかりと月明かりで、ようやく明るいくらいだ。
しかし村の中心部には、昼間にはなかった巨大な四角い建物が建っていた。
その中には村人たちが寄り添い、中央の火を囲って暖を取っている。
これも、クロアお手製の建物だ。
建物というには簡単すぎる造りだが、風は防げている。
夜を魔獣に襲われないか不安だった村民は、安心して眠っていた。
村長が建物を出ると、寝ずの番で入口を守っているクロアとウィエルがいた。
「クロア様、ウィエル様」
「……村長殿、様はやめてください。私らはそのような人間ではありません」
「いえ、言わせてください。お二人は儂らを救ってくださったのですから」
村長は、さっき村娘が作った暖かいスープを二人の元へ置く。
肉や根菜が入っていて、精がつきそうなものだ。
それを見たウィエルは、慌てて手を振った。
「そんな、頂けません。せっかくの食料を……」
「ウィエル様。こちらは皆からの感謝の印です。今はこのようなものでしか感謝を伝えられませんが、どうか」
これは他の村でもそうだった。
アルカの愚行を謝罪して回っているのに、何故か向こうから感謝されてしまう。
本当なら頂けない。
しかし、厚意を無下にすることもできない。
二人はありがたく手を頂き、寒空の下暖かいスープをすすった。
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