プロローグ③ 三年後、決心
三年後。
今日も今日とて木こりの仕事に精を出すクロア。
この三年で、クロアの体は前より更に一回り大きくなっているようだった。
毎日素手で木を切り倒し、木材や薪に加工していく。
最近では村だけでなく、近隣の村や町へ売りに行っていほど、木材が余っていた。
「ふぅ」
木材を近隣の村へ運び終えて今日の仕事を終えたクロアは、薄暗い山の中を歩いていた。
夜の山は、夜行性の魔獣の活動が活発になる。
普通の人間は夜の山を歩かないが、クロアには関係なかった。
日が落ち、更に暗くなっていく。
襲ってくる魔獣をワンパンで倒しながら歩いていると……。
「……ぅ……ひっく……ぐす……」
微かに、人間のすすり泣く声が聞こえた。
本来なら聞き逃すような小さな泣き声だが、クロアの耳はそれを逃さない。
音の反響で、正確な場所も把握出来ている。
急いで泣き声の聞こえる場所へ向かうと、木のうろの中でうずくまっている女の子がいた。
「君、大丈夫か?」
「ひっ!?」
クロアを見て怯える女の子。
一瞬、どこかの村の女の子が迷ったのかと思ったら……違う。見たことがある。
やつれた頬に、ボロボロの髪。
素足は切っているのか血が滲み、服も所々破けている。
しかしこの特徴的なそばかすと緑色の瞳は……。
「……サーヤちゃん?」
「ぇ……あ……お義父、さん……う、うぅ……うわあぁん! うえぇーん!」
クロアを認識したサーヤが、胸に抱きついて大声を上げて泣いた。
夜の山で大声で泣くことは命取りになる。
村で育ったサーヤが知らないはずがないが、そんなことを考える余裕もないらしい。
困惑しながらも、サーヤの背を優しく叩いて落ち着かせようとする。
直後──サーヤの泣き声を聞いたのか、魔獣の群れがこっちへ来るのを感じた。
気付けば、狼型の魔獣の群れが二人を囲んでいた。
「ひっ……!」
「サーヤちゃん、ここに隠れていなさい」
「え……お義父さん……?」
「大丈夫。君は俺が守るよ」
サーヤの頭を優しく撫で、落ち着かせる。
クロアは直ぐにサーヤをうろへ隠すと、魔獣の群れへ対峙した。
「掛かってこい魔獣共。俺の命はしぶといぞ」
「「「ガルルルルアアアアアッッッ!!」」」
完全に夜が暮れてしまった。
魔獣の亡骸や返り血が、クロアの体を汚している。
しかひ息一つ乱さず、クロアは油断なく周囲を見渡していた。
「……終わったか。サーヤちゃん、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか……ひぇっ!? ぁ……」
うろから這い出た瞬間、クロアを見て気絶した。
それもそうだ。今のクロアは鮮血と肉片に塗れた姿なのだ。気が弱い女性が見たら、気絶の一つや二つはするだろう。
「疲れていたんだな。可哀想に」
が、クロアは少し鈍感だった。
気絶したサーヤをお姫様抱っこし、クロアは足早に村へと向かっていった。
走ること数十分。ようやく村が見えてきた。
クロアが遅くて心配だったんだろう。ウィエルや数人の村人が、村の入口に集まっている。
「あっ、あなた」
「ウィエル、遅れてすまない」
「ううん。いいんです、無事帰ってくださいすれば……って、あなた、血が……!?」
「これは返り血だ、問題ない。それよりサーヤちゃんを頼む」
「え、サーヤちゃん……?」
クロアの腕に抱かれているサーヤを見て、ウィエルは目を見開いた。
三年前、村を出た時とは比べ物にならないくらいやつれ、やせ細ってしまっている。
「理由はわからないが、山をさ迷っていたらしい。急いで、ご両親の所へ」
「わかりました」
ウィエルと他の村人が、急いでサーヤを連れて家へ向かう。
後に残ったのは、クロアと村長だった。
「クロア、何故サーヤが……?」
「わかりません、俺も偶然見つけたので。水浴びと着替えが終わり次第、俺もサーヤの家に向かいます」
「わかった。儂は先に行っておるでの」
村長と別れ、クロアは川で水浴びをして綺麗な服へと着替えた。
本当ならもっとしっかりと洗いたいところだが、背に腹は変えられない。
サーヤの生家へ着くと、既にサーヤが目を覚ましていた。
そこにはウィエル、サーヤの両親、村長がいるが……何故か悲痛な空気が流れている。
ウィエルも今にも泣きそうだ。
「サーヤちゃん、大丈夫かい?」
「あ……お義父さん。はい、助けて下さり、ありがとうございます」
「何を言っているんだ。君はアルカの許嫁。つまりは俺らの娘みたいなものじゃないか」
「……あるか……は、はは……それも、もう今日限りですよ……」
「……何?」
サーヤの言っていることが理解できなかった。
何を言っているのかわからない。どういう意味だろうか。
首を傾げると、村長が気まずそうにクロアの前に立った。
「あー……こほん。クロア、落ち着いて聞きなさい」
「え。は、はい……?」
村長がクロアを椅子に座らせると、ゆっくり口を開いた。
今さっき、サーヤの口から聞いたものなのだろう。
しかしその内容は、到底信じられるものではなかった。
アルカは勇者の力と権威をチラつかせて、大量の女を囲っている。
暴飲暴食を繰り返している。
力をつけ、それを無闇に使っている。
そのせいで村や街に被害があっても謝罪をしない。
それどころか助けた報酬として不当な額の金銭を貰っている。
更に可愛い女の子を数多く囲ったため、サーヤはいらないと追い出されたらしい。
クロアは村長の説明を、上の空で聞いていた。
三年前のあの日、クロアは息子を本当に誇りに思っていた。
自分の息子が、世界を救う勇者。
誉れ高いことこの上ない。
そんなアルカが女や酒に溺れて、あまつさえ許嫁であるサーヤを捨てた。
情けない。
あまりにも、情けない。
クロアは椅子から立ち上がって床に膝をつくと、手と頭を床に擦り付けた。
そう、土下座である。
その横にウィエルも座り、同じく土下座をした。
「サーヤちゃん、そしてご家族の皆様。この度は愚息のせいで傷付けてしまい、大変申し訳ありません」
「申し訳ありません……!」
「そ、そんなっ。クロアさん、ウィエルさん、顔を上げてください……! お二人のせいではありませんので……」
サーヤの両親が、クロアとウィエルに肩を貸して立たせた。
サーヤも、辛そうな顔で笑顔を向けている。
「お義父さん、お義母さん。私は大丈夫ですから……私は……う、うぅ……」
サーヤが再び泣き出し、両親がサーヤを抱き締めて背を擦る。
本当だったら、クロアとウィエルもサーヤに寄り添いたい。でも……その資格は、もうない。
「なあ、ウィエル。俺は決めたぞ」
「奇遇ですね、私もです」
クロアとウィエルは互いに顔を見合せ、どちらともなく頷いた。
愚息の愚行。そして義理の娘を傷付けた罪、断じて許すまじ。
待っていろ、愚息。今殴りに行く。
──今更謝っても、もう遅い。
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