プロローグ② 選ばれし者

 今日の仕事が終わり、木材や巻を担いで山を降りるクロア、ウィエル、アルカ。


 クロアは片手に山のような木材を担ぎ、ウィエルは魔法で薪と解体した肉を運んでいる。

 アルカも木材を運んでいるが、二人に比べれば全然少量だ。

 アルカはそんな二人を後ろから見て、そっとため息をついた。

 父クロアのように破壊的な馬鹿力でもない。

 母ウィエルのように魔法を使える訳でもない。


 どうしても二人と比べてしまい、アルカは劣等感を抱いていた。


 山を降りると、すぐそこに村がある。

 日も傾いているから、いつもならもう家に入っている村人たちだが、今日は様子が違った。


 村人たちが、村の広場に集まっている。

 しかも村人だけじゃない。騎士の格好をした集団もいる。



「何かあったのでしょうか?」

「ふむ……聞いてくる。待っていなさい」



 アルカとウィエルを残し、クロアは集まりへ向かった。



「村長」

「おおっ、クロア! お、お主っ、あれっ、ゆ! あべばっ! ぽっ、た、大変なことに……!」

「村長、落ち着いてください」



 顔色が青いのか白いのか赤いのかわからないくい、村長の顔色が変化していた。



「貴殿がクロア殿か?」

「む?」



 そんなクロアと村長の元に、甲冑を着た男が近付いた。

 白い甲冑に白いマント。胸元には薔薇の紋章が刻まれている。アルバート王国の紋章だ。

 つまりこの騎士は、アルバート王国直属の騎士ということになる。


 騎士も中々の巨漢だが、クロアはそれを優に見下ろした。



「……でかいな」

「よく言われます。それで騎士様、私に何か御用で?」

「む、そうだったな。実は我が国の聖女様が、神より神託を授かったのだ」



 騎士は懐から巻物を取り出すと、それを大きな声で読み上げた。



「最西の村にて、魔を討つ勇敢なる者生まれたり。その者、魔の王を討ち滅ぼす者なり」



 村人の間に緊張が走る。

 最西の村。つまりこの村だ。

 そして魔を討つ勇敢なる者……それは伝説に語り継がれる、勇者であろう。

 流石のクロアも、目を見張った。


 騎士は巻物をしまい、クロアを見上げた。



「年齢まではわからぬ。しかし生まれたりという言葉は、赤ん坊かこの村で一番若い者を指すだろうというのが、聖女様の見識だ」

「赤ん坊か、若い者……」



 クロアが振り返る。

 そこには、我が息子アルカの姿があった。



「先程村長殿に聞いた。貴殿の息子、アルカ殿がこの村で一番若いそうだな」

「はい。その通りです」

「歳は?」

「今年で十五になります」



 十五歳。騎士団への入隊や、ハンターとしてギルドに所属するには適齢期と言える。

 不安そうな顔をするアルカ。

 ウィエルはアルカの手を握り、そっと微笑んだ。



「クロア殿。これは王家直属の命令になる。申し訳ないが、アルカ殿を勇者として王都へ迎え入れたい」

「…………」



 クロアの目がアルカを見つめる。

 自分の息子が勇者という事実に、クロアの心中はざわついていた。

 嬉しさ、寂しさ、心配、不安、喜び。

 しかし、王家の命令であれば仕方がない。



「アルカ、こっちへ来なさい」

「う……うん」



 アルカは薪を下ろし、クロアの傍に寄った。



「騎士様。どうかアルカを、よろしくお願いします」

「と、父さん!?」



 父が誰かに頭を下げるところを初めて見た。

 呆然とし、状況を飲み込めていなかったアルカも、これは重大なことだとやっと気付いた。


 クロアはアルカの前に跪く。

 それでもなおでかい。

 しかし久々に間近で見たクロアの目は、優しいものだった。


 クロアはそっとアルカを抱き寄せると、背中を優しく叩いた。



「アルカ、これは名誉なことだ。世界を救うという、誉れ高いものだ。……お前は俺たちの希望であり、誇りだよ」

「父さん……」



 久しぶりに感じた父の温もりと優しさに、思わず目頭が熱くなった。

 ウィエルも感極まったのか、涙を流してアルカに抱き着く。

 村民も栄誉あることに歓声と雄叫びをあげ、アルカを祝福した。



「……それでは、明朝王都へ出発する。それまでに準備を」

「はい、騎士様」



 騎士が、騎士団を連れて村を出ていく。


 そこからは早かった。

 クロアの仕留めた魔獣の肉を振る舞い、酒を浴びるように飲み、アルカの門出を祝っている。


 広場の中心でキャンプファイヤーをし、村人は踊れや歌えやの大騒ぎだった。


 広場の中心で、アルカが一人の女の子と話している。

 幼馴染みで許嫁のサーヤだ。歳は十七歳。アルカより二つ歳上である。

 二人を見つめ、クロアは既に何杯目かもわからない酒を煽った。



「あなた、飲み過ぎですよ」

「……飲まずにはいられん」

「……そうですね。まさかアルカが勇者だなんて、喜ばしい限りです」

「…………」



 喜ばしい。その通り、息子が世界を救うなんて思いもよらなかった。

 けど、それより心配の方が大きい。

 最愛の家族が危険な旅に出る。これを心配しない親がどこにいるだろうか。


 クロアの憂いを帯びた目を見て、ウィエルはそっと寄り添った。



「大丈夫ですよ、あの子なら」

「……そうだな。俺らの息子だからな」



   ◆



 翌日。アルカ、旅立ちの日。

 村の入口には、準備を終えたアルカと騎士がいる。

 それに、サーヤも。

 サーヤは許嫁として、アルカを支えるために同行すると決めたらしい。



「クロア殿、ウィエル殿。アルカ殿をお預かり致します」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくお願い致します」



 クロアはアルカとサーヤに近付くと、大きな手で二人の頭を撫でた。



「アルカ、サーヤちゃん。気を付けてな」

「父さん、行ってくるよ」

「お義父さん、アルカは私に任せてください」

「ちょ、サーヤ何言ってんの」

「あら。アルカは私の許嫁でも、弟みたいなものじゃない。お姉ちゃんがしっかり監視するからね」

「うげ……」



 二人のやり取りに、村人たちから笑いが上がった。



「それではアルカ殿、サーヤ殿。馬車へ」

「「はい」」



 二人が馬車に乗り込み、窓から顔を出した。


 騎士団と共に馬車が動き出し、二人の姿が徐々に遠ざかる。

 村人たちの歓声や声援は、騎士団の姿が見えるまで永遠に響き渡った。

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