【第1巻発売中】どうも、勇者の父です。~この度は愚息がご迷惑を掛けて、申し訳ありません。~
赤金武蔵
プロローグ
プロローグ① 父と母と息子
クロアは、村の中年である。
身長は2メートル越え。村一番の巨漢にして、村一番の力持ちだ。
丸太のような腕と脚。しかし無駄な脂肪は付いておらず、まさに『
家族は愛する妻のウィエルと、十五歳になる息子のアルカが一人。
三人は、幸せな毎日を過ごしていた。
クロアの仕事は木こりだ。
山の神に感謝をし、木を伐採して生計を立てている。
今日もクロアとアルカは、二人で山へとやって来ていた。
「アルカ、下がっていろ」
「ああ」
アルカが十分に下がったのを確認し、クロアは巨大な木の前で肩を回す。
幹の太さは、大の大人が五人で手を回しても囲いきれないだろう。でかい。でかすぎる。
そんな巨木を前に、クロアの手には何も持っていない。素手だ。
が、クロアは長く太い腕を振り上げ、腰を回して力を溜める。
筋肉が膨れ上がり、血管が浮かび上がり。
溜めて、溜めて、溜めて──
「フンッ!!!!」
──振るう。
振り抜かれた剛腕。僅か数秒の沈黙の後、巨木は剣で切り裂かれたように切られ、メキメキと音を立てながら倒れた。
「こいつを解体しておけ」
「えー。父さんも手伝ってくれよ。その方が早く終わるし……」
「甘ったれるな。お前が将来、一人になっても生きていけるように今から特訓しているんだ」
「頼んでないっつの……」
「なんだと?」
「な、なんもないっす……!」
アルカは首を大きく振り、そそくさと準備を始めた。
今までの経験と、男としての本能が言っている。
クロアを怒らせたら、間違いなくタダじゃ済まない。
最悪──殺される。
アルカの仕事は、倒した木を解体して木材や薪にすることだ。
斧を手に、倒れた木へ向かい振るう。
一振りごとに、斧は深々と木へと食い込む。クロア程ではないが、アルカも十分剛腕と言っていいだろう。
ただ、クロアが規格外すぎるのだ。
アルカが仕事を始めて二時間が経った。
そうしていると、森の奥から一人の女性が姿を現した。
プラチナホワイトの髪を揺らす清楚で清純な風貌の彼女は、クロアとアルカを見て手を振った。
「あなた、アルカ。お昼ご飯持ってきましたよ」
「ウィエル、ありがとう」
「母さん、ありがとう! 丁度腹減ってたんだよ!」
クロアの奥さんで、アルカの母、ウィエルである。
クロアとアルカは作業を中断し、ウィエルと共に昼休憩をすることにした。
三人は切り株に座り、ウィエル特製のジャンボステーキサンドを食べる。
小柄なウィエルの顔くらいあるステーキサンドに、アルカは四苦八苦しながらかじる。
だが、クロアの手で持たれるとその大きさが霞む。
軽く二口で、全部食べきってしまった。
「あらあら。もう少し大きくした方がよかったかしら」
「いや、丁度いい。水をくれ」
「はいはい」
ウィエルがコップに手を添えると、目を閉じる。
「《ウォーターボール》」
直後、手の平に魔法陣が現れ、そこから少量の水がコップに注がれた。
魔法。魔力を持つ者が規則に則った手順を踏むことで、何もないところから火を熾したり、水を出したりする超常の力。
魔法は生まれながらの才能により、使えるかどうかが分かれる。これは遺伝で受け継がれるかは関係ない。完全に、本人の才能によるものだ。
幸いにも、ウィエルは魔法の才能に恵まれていた。
相変わらず仏頂面のクロアだが、ウィエルの料理を食べている時だけは雰囲気が和らぐ。
そんな仲睦まじい二人を見て、アルカもステーキサンドにかじりついた──その時。
森の奥で、鳥たちが一斉に羽ばたいて空へ飛んで行った。
思わず手を止め、それを見上げたアルカ。
ウィエルも鋭い目でそれを見あげ、クロアは不信そうに森の奥を見る。
「と、父さん……」
「安心しろ、アルカ。父さんに任せておけ」
クロアが作業着を脱ぎ捨てる。
その体には傷一つ付いていないが、鍛え抜かれた体に浅黒く焼けた肌は、息子でありながら見とれてしまうほどの肉体だった。
鋭い眼光が森の奥へ注がれる。
待つこと数分。
地響きとともに、森の奥から何かが現れた。
「グルルルルル……」
見た目はただの熊だ。
しかし、2メートル越えの身長のクロアが見上げるほどの巨体。
頭には角が生え、不揃いに生えている凶暴な牙。そして鋭い爪に、真っ赤に血走っている目。
──魔獣だ。
野獣が魔力を溜め込み、凶暴化した姿。
魔獣が出たら、全てを放り捨てて逃げろ。それが世間の常識だ。
しかしクロアは、そんな魔獣に臆することなく真正面から睨みつける。
「悪いことは言わない。森へ帰れ。大人しく帰れば生かしてやる」
「グルルルルルッ──!」
「……仕方ない。俺も、家族を守ろう」
クロアが握り拳を作る。
魔獣もクロアを餌として見てるのか、咆哮を上げて迫った。
クロアを切り裂こうと迫る爪。
その爪へ向かい、クロアは拳を振るった。
「ハッ!!」
ゴオッ──!!!!
クロアの拳と魔獣の爪が衝突し、拮抗した力が衝撃波となって周囲に広がる。
が、しかし。
次の瞬間爪にヒビが入り、魔獣の前脚が粉々に粉砕された。
「ガッ!?」
「フンッ!!」
更に追撃。
左手で拳を作り、魔獣の胴体へと振るう。
ドンッッッ──!!!!
森へ響き渡る轟音と共に、魔獣の胴体には風穴が空いた。
時間にして数秒。まさに一瞬でクロアは魔獣を退治したのだった。
「今日は熊ステーキか。ウィエル、血抜きを頼む」
「わかりました」
ウィエルが魔法を使い、血抜きと解体をしていく。
そんな二人を、アルカは呆然と見ていた。
「相変わらずすっげぇ……」
アルカは、父と母に畏怖と尊敬の念を抱いていた。
生まれてからずっと一緒にいるけど、慣れない。
絶対、この二人は怒らせないようにしよう。
改めてそう誓ったアルカだった。
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