第4話 勇者の父、急ぐ
「……ぅ……ん……」
「! あなた、目を覚ましましたよ」
「ああ」
時間にして一時間ぐらいだろうか。
少女は目を開けると、虚ろな目でクロアとウィエルを見上げた……。
「大丈夫ですか? ここがどこだかわかります?」
ウィエルの問いかけに、少女はゆっくりと頷いた。
傷や汚れは、ウィエルの魔法で綺麗にしている。が、精神的疲れの方が大きそうだ。
だが目を覚ましてしばし。ようやく自分の置かれている状況に思考が追いついたのか、慌てて起き上がった。
「あ、あのっ、えと……!」
「落ち着いてください。大丈夫ですよ」
ウィエルが少女の手を握り、頭を優しく撫でる。
少女は耳をピクピク動かして、俯くようにして頷いた。
「私はウィエル。彼はクロア。私の旦那様です」
「クロアだ」
「わ、私はミオン、です。見ての通り兎人族です」
少女……ミオンは居住まいを正し、深々と土下座した。
「クロア様、先程は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。ドラゴンを一撃で仕留めてしまうなんて、さぞ御高名なハンター様とお見受け致します」
「やめてくれ、様付けなんて。俺はただの木こりだ」
「……木こり、ですか? またご冗談を」
「冗談ではないぞ」
「ただの木こりが、ドラゴンを一撃で倒せるはずがありませんよ」
事実倒したのだが。クロアはその言葉を飲み込んだ。
これ以上はのれんに腕押しだと思い、軽く咳払いをした。
「それでミオンちゃん。助けてくれというのは、どういう意味だ?」
「あっ。そ、そうです! クロア様、どうかお願いします! 私の村を……仲間を助けてください!」
ミオンが再び頭を下げた。
もちろん、クロアとしては一度受けた願いだ。断るわけはない。
だが、一つ疑問があった。
「相手が魔獣か亜人狩りかはわからないが、王都の騎士団に頼めば討伐隊を編成してくれるんじゃないか?」
「っ……断られてしまいました」
ミオンの言葉に、クロアとウィエルは目を見開いた。
アルバート王国の騎士団は、魔獣の討伐を中心に国民の平和を守ることを信条としている。
そんな騎士団が、国民である兎人族の助けの声を断るとは思えなかった。
「何か理由を言っていなかったか?」
「……騎士団は、勇者様と共に魔王軍を殲滅する任務があるから……と」
ミオンから思わぬ言葉が漏れた。
勇者。つまり、アルカだ。
確かに今の騎士団は、魔王と四天王、そして魔王の作り出した配下である魔物で構成された魔王軍の殲滅が最重要使命にしている。
魔王軍を殲滅する。
勇者はその象徴だ。
しかし、まさかそのせいで国民からの助けの声を断るとは思いもしなかった。
こればかりは、アルカが悪いという訳ではない。
ないのだが……。
「ミオンちゃん。申し訳ない」
「ごめんなさい、ミオンさん」
二人は、謝らずにはいられなかった。
「ど、どうしたんですか、お二人共!?」
二人は話した。
自分たちが、勇者アルカの実の親であるということを。
勇者と騎士団の魔王軍を殲滅するという使命のせいで、ミオンの仲間を助けられなかったこと。
直接の関係はないのかもしれない。
それでも、ミオンには謝罪をしたかった。
「そうだったんですね。お二人が勇者のご両親……」
「ああ。償いという訳ではないが、俺らがミオンちゃんの仲間を必ず助ける」
「はい。私たちに任せてください」
ウィエルがミオンの手を取り、クロアが力強い目でミオンを見つめた。
ミオンも、二人が悪くないっていうのはわかっているつもりだ。
そして、勇者が悪いとも思っていない。
悪いのは全て、平和を壊した人間たちと、助けてくれない人間たち。そして元凶である魔王軍のせいだ。
でも、心のどこかでは「勇者のせいで」という気持ちがある。
頭や理性ではわかっているが、心や感情は中々制御出来ないものだ。
ミオンは唇を噛み締めて俯いた。
「……それでは、改めてお願いします」
「わかった。それじゃあ急ごう。案内を頼む」
「はいっ。あ、その前に馬車の手配をしないと……」
「いや、走っていく。全力で走ってくれて構わない。ついて行くから」
「え? でも……」
兎人族の脚の速さは、亜人の中でも随一だ。
それに普通の人間が走ってついて行くなんて、出来るはずがない。
でも、ドラゴンの頭部を一発のパンチで粉々に砕いた力を考えれば、もしかしたら着いてこれるのかもしれない。
そこまで考えれ、ミオンは頷いた。
「わかりました。では、最速で行きます。ここからなら半日ほどで着くと思うので、行きましょうっ」
ミオンは立ち上がると、軽くジャンプをした。
軽くと言っても、クロアの身長を超えるほどのジャンプ力だ。
「こっちです! じゃあ、行きますよ!」
ミオンは膝を折って力を溜めると、一気に解放して森の中を飛ぶようにして駆けていく。
“跳ぶ”ではなく“飛ぶ”。まるで鳥のように自由自在。縦横無尽に走っていった。
(流石にスピードを出し過ぎましたかね。これじゃあクロア様とウィエル様は……)
少しスピードを落とそうか。
そう考えて後ろを振り返ると。
「なっ!?」
涼しい顔をして、兎人族であるミオンと同じスピードで走るクロア。
ウィエルは、それに並走するように宙を飛んでついてきていた。
「ん? どうした? もっとスピード出しても大丈夫だぞ」
「はい。お仲間さんが心配です。急ぎましょう」
「っ……もうっ、ちゃんと着いてきてくださいね!」
ミオンは兎人族の誇りにかけて、更にスピードを上げた。
その結果。
「ぜぇっ、はぁっ、ぜぇっ……!」
「ふむ。この辺に焼かれた村があるんだな?」
「確かに、焦げた臭いがしますね」
息切れの上に汗だくになったのは、ミオンの方だった。
クロアとウィエルは、疲れた様子もなくケロッとしている。
ミオンの兎人族としてのプライドが、ほんのちょっぴり傷付いた。
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