『Sfz Nova』4/4

 断魔龍の放雷器官から真っ黒な雷が発生し、球状に集まったかと思えば爆散し、矢のようになったものが降り注ぐ。

 私はルフトラグナの左手を繋ぎながら、頭上に透明色の盾を生成して矢を防いでいくが……。



「ベル! 危ないですッ!」



 突然、ルフトラグナがそう言うと私は体が浮かぶ。

 その瞬間、さっきまで私たちがいた場所がシュナの尻尾によって薙ぎ払われた。

 尾の鱗が擦れただけで、地面は深い爪痕のように抉れている。



「あ、ありがとうルフちゃん!」


「ベルの重さなら片手でも魔法で補助すれば飛べます!」


「助かる……!」



 だが、魔法で補助するといっても無限ではない。

 この空間に漂う魔力と、ルフトラグナ本人が持つ魔力……それらが無くなってしまうと魔法発動に必要な魔力は無くなってしまう。


 当然だが、大きな力を使うほど魔力消費は激しいものになる。



「……あっ! そうか! ルフちゃん、私を魔法陣のところに投げて!」


「投げるんですか!?」


「三十秒で終わらせるッ!」


「は、はい!」



 ルフトラグナに投げられた私は着地と同時に前転して着地の衝撃を緩和すると、魔法陣の中心に立って自由自在に変化する力を持つ、聖王剣を短剣型にして突き刺す。



「空間そのものを消し去る魔法なんて、絶対に魔力消費が多い! この異空間中の魔力だけじゃ足りないはずッ! ……プロテアス!」



 魔法陣に突き刺した聖王剣はまるで水のように流れ、陣の模様と重なっていく。

 魔法陣を用いる魔法ならば、それは陣に情報が組み込まれているものだ。

 魔術で言うところの術式と同じなのだ。


 そして、その情報を覗けば魔法の詳細もろもろが見える。



(空間消滅魔法の……効果じゃない、知りたいのは…………あった、これだ!)



 意識を集中させ、ようやく知るべき情報源に辿り着く。

 概ね予想通りだ。



「何をしてももう遅いのですわッ! 【分断者ジャッジメント】ッ!」


「ベル────!」



 ……殺気を感じる。

 狙われたのは私の首だ。

 あと一秒もしないうちに私の首は吹き飛ぶ。


 だが、それよりも早く……魔法陣と融合した聖王剣を使って、を変化させる。



「────ッ!? 何故、斬ることが出来ないのですわ!?」


「魔法陣に供給される魔力の流れを一部だけ《聖王剣・プロテアス》に切り替えた。そっからありったけの魔力を私が吸収して【音色トーン】による防護壁を生成したんだよ」


「あの一瞬でそこまで……!?」



 しかし一部だけ流れを変えただけなので、魔法発動までの時間がほんの少し伸びただけだ。

 チャージが完了すれば通常通り、この異空間は消滅される。



「やっぱりこの空間にある魔力だけじゃ足りないみたいだね。穴から外の魔力も吸収してるんだ。……そりゃ、通路が無ければ転移も出来ないから当然だよね」


「くっ……! ですが、どの道わたくしを止めない限り魔法の停止は出来ませんわ!」


「うん、魔法陣は勉強してないから止め方は知らないよ」


「ど、どうするんですか?」


「簡単だよ。……さぁルフちゃん、お手を拝借」


「え? は、はい?」



 左手同士で手を繋ぐと、私は右手の聖王剣で再び変化させる。



「まさか……!? させませんわッ!!」


「止める時間はないよ、【音色トーン】! 【時焼魔術ホーロブルリーガ】ッ!」



 そう、聖王剣が魔法陣の魔法効果を変化させるまでの時間を焼き払うことで省略すれば、すぐにでもこの魔法陣は効果を発動する。

 必要魔力量は既にチャージされている量で充分すぎるほどに足りている。



「さぁルフちゃん! 逆流に乗るよ!」


「え?! えぇぇぇぇぇぇ!!?」



 聖王剣を再び指輪に戻すと、透明色のカプセルに私自身とルフトラグナを格納し、聖王剣の力によって効果が変化された魔法……いや、魔法と呼ぶには単純すぎる。



「魔力の流れを反転して強引に穴を!? こんな方法で逃げられるなんて……!」



 簡単に言えば、この魔法は風船だ。

 異空間、または魔法陣という風船に、魔力……外気を注入すると膨らんでいく。

 膨らみすぎた結果、破裂して木っ端微塵になる……というのが、この空間消滅魔法の単純な仕組みだ。

 そしてこの空間へ転移することが出来るということは、完全には隔離されていないという証明でもある。

 つまり、魔力や私たちのに配置された魔法陣を弄ることで口を離せば……当然ながらその風船は中の空気を吹き出す。

 その流れの変化を《聖王剣・プロテアス》で行ったのだ。



「ベル、凄いです! 外が!」



 そうして私たちは外へ……空へ放り出される。

 シュナも流れには逆らえず、私たちと一緒に空を飛び、異空間の穴が消えていくのをただ呆然と見つめていた。



「……シュナ、私は誰も殺さない! なんて言われようが、そんなものは間違っている!」


「殺さない……? わたくしは殺すつもりでしたのに、何故あなたは……」


「そんなことをして得た平和は平和じゃない。かりそめで、偽りだから。私は魔王たちも救ってトゥルーエンドを見たいんだ」


「…………何でもかんでも救おうとして、わたくしたちは殺してきたのに……あなたのその考えと同じ思考をしていたあの勇者でさえ、過去……怒りのままに側近の一人を殺したのに……」



 ……いつの間にか、放雷が止まっていた。

 しばらくして、この断魔龍の右前脚に刻まれた魔法陣が一瞬で光を放ち、シュナは元の姿に戻っていた。


 私も、まだやり合う気ならと右手に生成していた《音色の魔剣・トーングラディウス》を消す。



「────あなたの音は、とても心が安らぎますわ。あの時も、妙に心のざわつきが消えて……もしかすると浄化の力なのでしょうか……まぁ、それはいいとして、負けましたわ。完敗ですわ。天使……いえ、ルフトラグナを守りながらカラーマギアもアニムスマギアも防がれ、わたくしを殺さずに脱出してみせた……」


「なら私たちは魔王のところへ行かせてもらうよ。んで、どこにいるのか教えてもらっても……?」


「はぁ、聞かずとも見当くらいついているのでしょう? というより、外に出た魔王様の魔力を感知出来ない者などおりませんわ」


「まぁ聞いてみただけだよ。んじゃ、また後で! ルフちゃん、森に向かって!」


「了解ですっ!」



 私はルフトラグナにぶら下がりながら、『森』へ向かう。



「……わたくしには出来なかったことを成し遂げて見せなさい」



 私がその声に気付いて振り返るも、既にそこにはシュナの姿はなく、気配も消えていた。

 アレスたちと同じように眠りについたか、どこかに転移したのだろう。



「ベル! 魔木の森で誰かが交戦中です!」


「ッ! きっと魔王だ! ルフちゃん、この距離なら転移魔術も使えるから行くよ!」


「はいッ!」



 目視で確認すると、確かに森は所々が焼けているし、今も耳を澄ますと『音』が聴こえてくる。



「【転移魔術トランス】ッ!!」



 そして私は、ルフトラグナと共にその地へ転移する。

 そう、ここは始まり……私の開始地点。

 それと同時に、終点でもあるのだろう。


 エストレアの話では、かつて魔王はここで勇者と対峙し、そして勝った。

 この森はアニムスマギア【フロラシオン】で作られたもので、封印したのは魔王の力だと言う。

 再び魔王がここに現れたということは、力を取り戻しに来たのだろう。


 ……力を取り戻していない魔王ならどうにか出来ると、そう思っていた。

 だがその考えは甘かった。

 私は……いや、私たちは転移し、目の前に広がる惨状に声が出せなかった。


 クラール、ルーフェ、ルーク……ニンフェギルドとメアーゼギルドの統率に加え、さらにベスティー、ヴァルンギルドも参戦しているというのに、ほぼ全員が戦闘不能になっていた。

 皆、弱いなんてことはなかったはずだ。

 誰もがそれぞれ強みを持っていた。

 ギルドメンバー同士、連携も取れていたはずなのに、血を流して倒れている。


 目前には漆黒の髪の男が一人。

 服装はやけに軽装で、パッと見はただの冒険者だが、この男こそ魔王なのだろう。



「ベル! 早く全員をこの場から離れさせろ!」



 そう声を放ったのはヘルツだった。

 魔王と交戦しているのはヘルツ、それにエストレアだけだった。

 ヘルツは焦っているようだが、エストレアの様子がどこかおかしい。

 他の王が戦場にはいない中、エストレアだけが前に出ているというこの状況と何か関係があるのか。



「ぜ、全員離れさせるって……一体何があったの!?」



 そもそもいつから戦っていたのか……私とルフトラグナが転移してからまだ数十分も経っていないというのに……。



「お前たちを転移させた後、すぐに魔王がこの森に現れた。……各ギルドから適当に使えそうな者を集めたが、結果はこの通りだ……」


「エストレア様は……」


「……想定外だ。魔王は……勇者を取り込んでいた」


「は……?」



 私は一瞬、耳を疑った。

 勇者を取り込むなんて、そんなことを魔王がしてしまったらもう勝てる者などいないのではないか。



「よくも……よくもよくもよくもッッ!!! レイの体を返しなさいッ! 【緑色魔法〔効果上昇〕ヴィントス・エクスプロジオ】【青色魔法〔効果上昇〕ヴァッサーユ・エクスプロジオ】ッ!」



 怒り狂うエストレアは、風と水による無数の斬撃を放って魔王を斬り刻もうとする。

 だが、魔法の能力を上げる【エクスプロジオ】を使っているはずなのに威力がそこまで上昇しているようには見えない。


 勇者を取り込んだ魔王……勇者サハラ・レイの姿をした者の前だから、怒りをあらわにしても本気になれないのだろう。

 どうやっても、恋を抱いた相手に攻撃することは躊躇ってしまう。

 さらに言えば、強力なアニムスマギアを使った代償で弱体化した影響もある。



「……妖精王が来て身構えたが、まさかそんな弱かった体で、しかも加減して攻撃するとは思わなかった。妖精の女王たる者が異世界の人間に恋をするなど、有り得るのだな」



 魔王はそんなことを言うと、真っ黒な剣を出現させる。



「そ、それは……《真剣・フィクス》!? まさかレイの剣まで取り込んだのッ!?」


「それだけではない。妖精王よ、見せてやろう。お前が開花させた勇者の力を………アニムスマギア【リバイバル】をッ!」



 その瞬間、魔王は出現させた剣で自身の心臓を穿つ。

 そう、なんと自殺したのだ。

 血は出ていないようだが力なく倒れて、ピクリとも動かない。


 だが、数秒もしないうちに周囲の魔力がゴッソリ無くなっていくのに気付く。

 それと同時に、魔王の髪が白く変色して何事も無かったかのように立ち上がった。



「そうだ、妖精王以外は初めましてだったな。……私の名はシリウス。勇者サハラ・レイを殺し、もはや驚異となる者はいない。さぁ、全ての力を返してもらおう」


「─────ッ! みんな伏せなさいッ!」



 エストレアがハッと表情を変化させてそう叫ぶ。

 私はエストレアがそう言うのとほぼ同時に、惨めに地に這いつくばっていた。

 本能がそうさせたのだ。

 本能的に恐怖を感じ、死を避けた。


 私たち全員が這いつくばると同時に轟音が響き渡り、しばらくして起き上がって周囲を確認してみれば……そこに森は無かった。

 木々が砂と化しており、殺風景な景色が広がる。

 風で砂が舞う中、魔王……シリウスは佇み手のひらを眺める。



「魔石の力も問題ないな……。随分と魔力を吸われてしまったが、これで、と合わせればもう充分だろう……」



 シリウスは早々にかつての力を取り戻した。

 力を取り戻さなくても、エストレアの封印を容易く破壊してしまうほどの力を持っていた。


 とは、天に浮かぶ二つ目の太陽のことだろう。

 何をしようとしているのか皆目見当もつかない。

 人が踏み込むべきではない領域に、足を踏み入れてしまった気分だ。

 ……だが、だからとて諦めるわけにもいかない。



「ま……待って! ルフちゃんの……ルフトラグナの右腕を返して欲しいッ!」



 立ち去ろうとするシリウスに向けて、私は咄嗟にそう叫ぶ。

 このまま放置しておけば、魔王と対峙することはもう無いと直感したのだ。



「…………」


「ルフトラグナの右腕をどうするつもりなの!? 神色の魔石も全部壊して、一体何をしようって言うんだ!」



 シリウスは私の顔をじっと見つめている。

 なぜか、どこか懐かしい気持ちになる。

 サハラ・レイとは会ったことがないから、そんなことはないはずなのだが。


 しばらくして、シリウスは口を開く。



「お前は何者だ」


「……え?」


「何故その姿で生きている」



 何を言っているのか私には理解出来なかった。

 シリウスがどういう感情でそう言っているのかわからない。

 ただ、彼の瞳に映る私は歪んで見えた。

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