『Sfz Nova』3/4

 冷たく、どこか寂しいその場所は、魔王がその身を隠すために用意した異空間。

 今まで魔王の姿を見た者が居なかったのは、ずっとここに潜んでいたからだ。

 サハラ・レイはこれに気付き、ヘルツのように何らかの方法で転移したのだろう。


 暗闇の中はかなり広い。

 しかし、大きな力を一つ感じることが出来る。



「……ルフちゃん」


「は、はい……【オラクル】」


(これで運命を確定して……それから……)



 浮かび上がってくる文字をルフトラグナと共に観測しながら、今後の対応を考える。

 まずは右腕を返してもらうところからだろうか? ────そんなことを考えた直後、運命を読むまもなく本が吹き飛ぶ。



「────【分断者ジャッジメント】」


「きゃっ!? ほ、本がっ!」



 文字が全て出揃った直後、ルフトラグナの本が斬り裂かれてしまう。

 最終決戦の地で、まさか魔王ではなく彼女と対峙することになろうとは。



「シュナ……!」



 周囲に青い炎がポツポツと円を描くように出現し、暗闇を照らす。

 私たちの足元には巨大な魔法陣が展開し、ここは一つのフィールドと化した。



「まさか、本当にあの魔術師が生きていようとは……してやられましたわ」


「あなたはエストレア様にアニムスマギアを封印されたはずじゃ……」


「そんなもの魔王様が解除してくださいましたわ。この時のために……」



 ……してやられたのはこちらの方だ。

 やはり、ヘルツが予想していた通り罠だったのだ。



「この空間はじき崩壊しますわ。周囲の炎が全て消えた時、あなた方は空間と共に無に還るでしょう。先程の行動から、本は天使の力を使うのに必要なものと判断しましたので紙くずにしておきますわ」



 そう言うと、シュナは真っ二つに斬り裂いたルフトラグナの本を一瞬で細切れにする。

 文字ひとつ書くことの出来ないほどバラバラになった本は、もはや運命を写すことは出来ない。



「ルフちゃん、さっきのなんて書いてあったか覚えてる……?」


「すみません、シュナが本を斬り裂くという運命が確定した瞬間に斬られたので、その先はわかりません……」



 ルフトラグナのアニムスマギア【オラクル】はルフトラグナ自身が運命を知るのではなく、紙などに運命を写して読み、誰かがそれを観測することで確定させるものだ。

 つまり、文字を写せるものがなければ発動すら出来ない。


 その途中がルフトラグナにわからないということは、まだこの絶望的状況を変えることは出来るはずだ。



「ルフちゃん、私のポーチに白紙がある。前に自分で魔術を組むためのメモに使おうとして持ってきてたやつなんだけど、三枚くらいは余ってるからそれを────痛ッ!?」



 ポーチから白紙を取り出そうとした時、頬が斬られて血が流れる。



「何をコソコソと話しているのですわ」


「どうやってここを出ようかなって話してたんだよ」



 まずい、相手は距離に関係なく断ち斬ることが出来る。

 リーチ無限……とは考えたくないが、それでもかなり長距離まで届く。

 それに、魔力との繋がりを断つということもしてくる。



(厄介な相手だ……命を断つなんてことは出来ないと思いたいな……)



 シュナをどうにか出来ても、この空間からの脱出はどうだ。

 残りの炎は九つ……恐らくは数十分程度で崩壊するだろう。

 その間に、シュナを無力化して魔法陣を破壊する……間に合うだろうか。


 そんな時、ルフトラグナが私の右手を握る。



「大丈夫、何とかなるはずです」


「……弱気になってちゃダメだね」



 いろいろ考えすぎてしまうのは悪い癖だ。

 やってやろうじゃないか、全部良い方向に持っていってやる。

 そう、運命は私の手で決める。



「さぁ、何をしでかすかわかりませんし、崩壊する直前まで付き合って差し上げますわ! 【黄色魔法ドンナーク】ッ!」



 シュナの右手から黒い雷が走り、私へ向けて放たれる。

 黄色おうしょく魔法とは一体何なのか、シュナのイメージから作られた真っ黒な雷は一度回避しても方向転換して追尾してくる。



「随分やる気みたいだけど、魔王様にパワーアップでもしてもらったのかな!」


「えぇ、アレスたちの報いもここで晴らしますわッ!」



 刹那、追尾する黒雷と共に次々と斬撃が飛んでくる。

 どうやら私に休む隙を与えてはくれないようだが、もう一人いることを忘れていないだろうか。



「【白色魔法〔効果上昇〕リヒトア・エクスプロジオ】! ────螺旋槍ッ!」


「チッ! 片腕の天使にそんな芸が出来るとは思いませんでしたわ。ですが、弱いですわッ!」



 シュナの周囲にバチバチと雷が弾いたと思えば、一気に集束して一点集中放電、レーザーの如く放たれる。

 ルフトラグナの螺旋状になった光線を意図も容易く穿ち、その心臓を貫かんとする。



「【落雷魔術フルモバート】! ルフちゃん次ッ!」


「はい!」



 追尾する黒雷から逃げていてルフトラグナから距離が離れてしまったが、落雷でサポートしてシュナの放電を相殺する。

 ルフトラグナは私が補助することがわかっていたのか、既に第二砲撃を準備していたようで相殺した瞬間に拡散する光の追尾弾を放つ。



「合わせるか……。トーングラディウスッ! 【光線魔術ラセルラディーオ】【転移魔術トランス】!」



 私はルフトラグナと同じように無数の光線を放つと、あえてシュナの背後に転移する。

 このままここに居たら私も光に呑まれるだろうが、黒雷がこちらに突っ込んでくるのを確認すると、染み付いた動きでスラスラと六芒星を描く。


 ────凍結した時の中で私は左指を振って魔力を弾くと、時間停止を解除して再び転移し、ルフトラグナの傍に現れる。



「こんな光線、断ち斬って────冷たっ!?」



 時間停止中に発動したのは、【豪雨魔術プルヴインスティーゴ】……一瞬でも、体が濡れれば気になって隙が出来るだろう。

 そうなれば光はすぐにでもシュナに命中し、『本命』を上手く隠してくれる。



「────くっ、でもまだ浅いですわ!」


「なら、濡れた体で自分の黒雷を受けてみたらどうかな」


「ハッ……!?」



 シュナが振り返った時には、私を追尾していた黒雷は真っ直ぐ私を狙って……その射線上に立っているシュナは黒雷を斬ることも間に合わず、命中する。

 雨で体を濡らしたことで感電は免れない。

 相手の攻撃を利用した本命攻撃、しばらくは動けないはずだ。


 しかしシュナはもがき、立ち上がろうとしていた。



「うっ……がァッ……! こんな、ところで……ッ!」


「無理して動かない方がいいんじゃ……」


「黙りなさいッ! 今は! 今だけは、無理をしてでも動くべきなのですわッ! あのお方のためにわたくしは……!」


「……そこまでして手伝う価値があるっていうの?」


「えぇ、もちろん……! だって、わたくしが愛するお方ですもの! 愛する人に尽くしたいと思うのは当然ですわ! だからこんなところで、ましてや自分の攻撃を利用されて倒れるなんて醜態、晒す訳にはいかないのですわッ!」



 感電しているはずのシュナは、それでも意識を保ち、そして立ち上がって見せた。

 光線、黒雷をモロに受けたその体はボロボロで、今にも倒れてしまいそうなのに、右手を伸ばしてギュッと握りしめる。



「どれもこれも魔王様のために。もう私情は持ち込まないですわ。あなた方は今ここで、刺し違えてでも排除致しますわ」



 刹那、バチッと電気が走り、シュナの長手袋を焼き払う。

 正直羨ましくも思う白い肌を晒すが、その手の甲には黒い魔法陣が描かれていた。


 ……どこかで、見たことがあるような陣だ。

 そう、あれは確か……ちょっと前に遺跡で……。

 しかし考えても答えは出ないまま、シュナの魔法陣は妖しく輝いた。



「【スフォルツァンド・ノヴァ】!」


「な……なに……?」



 何か凄まじい力を感じ、警戒した私とルフトラグナは後ろへ飛び退く。

 これで魔王よりも弱いなんて考えたくもない。

 充分ラスボス……いや裏ボスレベルの圧を感じる。


 シュナの体が大きく震えたと思えば黒雷が渦巻き、周囲の闇がシュナを包み隠すように集まりだして、暗闇だった空間は歪に変化し始める。

 そこは街であったり、凍土であったり、岩山であったりと……目まぐるしく景色が変化していく。


 そんな中で、まるで巨大な卵を思わせるような闇の塊が浮遊していた。

 バチバチと黒雷が轟いているソレは、内側から衝撃が与えられ震えた。


 ────殻が破られる。

 しかし、破った腕は人のものではなかった。


 ────殻が破られる。

 しかし、破ったのは大きく荒々しい尻尾だった。


 ────殻が破られる。

 しかし、破ったのはルフトラグナの翼とは比べ物にならないほど巨大な翼だった。


 やがて闇は消え失せたが、その代わりに別のものを生み出してしまった。

 シュナの姿はもはや人の形を成しておらず、黒く鋭い鱗が光を反射して煌めき、翼や尻尾は簡単に物を斬り裂いてしまいそうなほど鋭利だ。

 二つの目が私たちを睨み、首から背にかけて穴の中で黒い光が点滅する器官からは黒雷が放電され、常に雷鳴が轟く。



「あぁ、思い出した……! あの右手の魔法陣、デスカロゥトの体にあった模様とすごい似てるよ。多分ドラゴニアの秘術なんだ。デスカロゥトのとはちょっとだけ形が違うから魔王が弄ったものかな……」


「ドラゴニアを滅ぼしたのは魔王という話ですし、秘術の詳細を知っていてもおかしくはありません。……って、ベル来ます!」


「ルフちゃんは私から離れないで! 【音色トーン】!」



 龍と化したシュナを前に、私は焦りながらも自分とルフトラグナを雷撃から守る。

 透明の盾を最大限に活用し、ドーム状に覆って落雷を防ぐが……なんて威力だ。

 先程の黒雷とは比べ物にならないほど破壊力が増し、近くの岩を砕いたり、街の建物を焼いたりと、当たれば即死の攻撃を見せつけてくれる。



「ドラゴンになるなんて反則じゃないかなぁぁ!」


「これは勝負ではなくただの殺し合いですわ! もう魔法は五分もしないうちに発動しますので、大人しく消えるのですわッ!」



 まだだ、まだ手はあるはずだ。

 シュナが自分諸共に私たちを消そうとしていても、逃げ道は用意してあったはずだ。

 それを見つけ出すことが出来れば……しかし、シュナも一緒に脱出するにはどうすればいいのか。



(殺さない……相手の思い通りになんてさせるもんか……!)

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