『Klingel Schicksal』4/5

「ベル……君ってこの中で一番人間だと思っていたけど。なんだ全然違うじゃないか! あぁあ……君がアニムスマギアを使っている時に気付くべきだったよ。【音色トーン】……だっけ? その力……一体誰に貰ったんだ」


「……はっ? 何を言って……」


「────とぼけるなッ!」



 仰向けになって笑っていたアオスロッグは、ふわりと浮かび上がって森中に響く勢いで叫んだ。

 同じく浮遊する二本の槍が、私が行動不能に陥れたアレスとアルフの体に突き刺さり、そのまま持ち上げ、アオスロッグの横で静かにホバリングする。



「なんなんだよ、君は……! その力は、形こそ違えどとほとんど同性質のものじゃないかっ!」


「……ま、魔王……と……?」



 偶然か? いや、それならアオスロッグがこんなに怒りをあらわにする必要はないはず……私は、魔王と会ったことがあるのか?



「ずるい、ずるいずるいずるいッ! どうしてみんなだけそんなに愛されているんだ!? もっと僕にもくれよ……! もっともっともっっっと!!!」


「あ、あのさ! 私は魔王に会ったこともないし、たまたまじゃないかな!」


「そんなわけあるか! その力は魔王様だけが持つものだ! 魔の起源たるあの方だから、僕らに魂石なしでアニムスマギアを与えることも出来る! 各地に散らばった力を取り戻せば……それこそ、魂や概念の干渉だって可能なんだぞ! それと同質の力をただの人間が持っているはずないッ!」



 アオスロッグの声が、徐々にノイズ混じりになっていく。

 あんなに晴れていた青空が、一瞬で暗雲に包まれて、不気味な風が吹き荒れる。


 ────直後、アオスロッグの布……ちょうど腹の辺りが横に裂け、まるで口のようにパックリと開いて中の闇が見える。



「君を、君を殺して食べれば……僕はもっと魔王様に近付ける! シュナにだって負けない、魔王様が一番必要としてくれる存在に……! だからさ、始めようよ……アニムスマギア、【健啖家カルバリズム】」


「あ、あなた何を……!!」



 ────グシャッ……と、凍り付いたアルフの上半身が消える。

 口のように裂けた布から闇の中へ消えていったのだ。



(た、食べられた……?)



 アルフが完全に喰われ、続いてアレスまでもがその口へ放り込まれる。

 口の中へ消える時……アレスは小さく呟いた。



「俺たちは魔王様のためならどんなことでもしよう」



 まるでこうなるとわかっていたかのように、抵抗なくアオスロッグの腹の口に喰われていった。



「ハジメ……ヨウ……」

「コロシアイ……ヲ……」

「オマエト……ワレワレデ……」



 アオスロッグが二人を呑み込んだ瞬間、三人の声が同時に聞こえてきたと思ったら白布が突風で吹き飛ばされる。

 手袋とブーツが地面に落ちたが、脱げたのではなく、内側から破られていた。


 中から出てきたのは闇……。

 しかし、正確には闇を纏う骸だ。


 体躯は膨張し、白銀色の体が黒い霧の中現れる。

 首は太く、三つの頭蓋骨が正面を向き、細い骨のような尻尾がだらんと垂れる。

 四つの腕……いや、正確には六つあるが、二本の腕は祈り手の形で固定されていた。

 まるで人間になろうとして失敗した化け物のようだ。



「「「ホォォォォォォ~~~…………」」」



 三つの頭蓋骨から、空気が抜ける音が不気味に響く。

 落ちていた《精霊剣・サクリファイス》と《千剣・ターゼント》を拾い、残った二本の手は拳が固く作られる。



「ヤクニタタセテ……」

「モットタヨッテ……」

「ボクニマカセテ……」



 三つの声が同時に聞こえてくる。

 そこに、もはや彼らの意思は残っていないように感じた。

 私はただ、その存在を不気味だと思わざるを得なかった。



「ひっ……!?」


「「「ハジめヨう……コロしアイ……」」」



 音もなく転移し、私の目の前に現れたソレはその巨体からは想像も出来ないスピードで、私を殴り飛ばしてくる。

 咄嗟に腕で受けるが、一撃が重すぎて骨がミシミシと悲鳴を上げる。

 さらにそれでは終わらず、吹き飛んだ先に転移して先回りしたソレは私を上空へ蹴り飛ばし、また先へ転移する。



「「「落チロ……」」」



 両手を組んで振り上げると、一瞬ふわりと浮遊感に包まれた私を撃墜する。

 ハンマーで思いっきり腹を殴られたような痛みに涙が溢れ、嘔吐感に襲われる。



「んおッ……ェ……ぐっ! なんて力……!」



 腹を抑えながら、聖王剣を支えにしてなんとか立ち上がる。

 もう居るんだろうなと思って顔を上げれば……目の前にはやはり、ソレが居た。

 起き上がるのを待っていたようで、私が咄嗟に防御しようとした瞬間、ソレが右手に持つ精霊剣が私の頬を掠めた。



「痛っ……!」



 その時、夢であって欲しいと心から思った。

 こんなものは悪夢だと、現実に起こっていることではないと、思いたかった。



「ベルッ!」


「……っ、あ……来ちゃ…ダメだよ……」



 頭を掴まれた私を見て、ルフトラグナがこちらに走ってくる。



「逃げて……いいのに……」



 ────涙が溢れる。

 逃げないで、助けてと、本心ではそう思っている。

 助けて欲しい、私を生かして欲しいと……。


 首に千剣の刃が当てられると、鼓動が早まり、トラウマが呼び起こされる。



(……あれ……前にも、首を落とされたことが……あるっけ……)



 わからない、何も……。


 だって私に過去の記憶なんてほとんどないし、どうしてここに居るのかも知らない。


 鮮明に覚えているのは死の瞬間。


 首を落とされたり、内側から何かが溢れて弾けたり……前世の記憶なのだろうか、それともただの妄想なのだろうか。


 私は一体……誰……なんだろう……。



「────ベルッ! 死にたくないなら諦めないでください!」


「ルフ……ちゃ……」


「絶対……絶対に諦めちゃダメです! わたしも諦めません……!」



 ルフトラグナは何か決意したような顔でそう言うと、肩にかけていたあの白紙の本を開く。


 後ろには、ルフトラグナの治癒のおかげで何とか立てているゼルフルートがいた。



「いいですか……? あなたの力は強力ですが、それ故に破滅をもたらす可能性が高い。この状況だと、それは確実でしょう。……ですが、今は彼女を信じてください。恐れず運命を確定してください。誘導では成すことの出来ない、絶対的な未来を……」


「ど、どうして……。いえ、わかりました! アニムスマギア……! 【オラクル】ッ!」



 それは、ルフトラグナがずっと隠してきた力だった。

 開いた白紙の本に、次々と文字が浮かび上がる。



「わたしのアニムスマギアは、現状で有り得るであろう無数の運命を一つに確定するものです。最後に使ったのは……右腕を斬り落とされる直前でした。ずっと怖くて使えなかった力です! 決まってしまった運命は、たとえどうなるか事前に知っていても変えることが出来なかったから……。 でも、今はきっと違います! ベルを信じます!」



 一ページを破り取ると、ルフトラグナは本を閉じる。



「運命確定……『ベルは首を斬られる』……」


「そ、それもう為す術が……」


「……あります。ここからはあなたの番ですよ。運命は確定し、もはや私の運命誘導でも変えることは出来ない。……ですが、きっとあなたなら可能です。あの時……私の運命誘導による矢を、無意識のうちに避けていました。予想したのではなく、あなたが私の誘導によってほぼ確実となっていた『ベルに矢が命中する』という運命を、無かったことにしたのです」



 一体、私に何をさせたいんだ。

 私を信じるとか、私なら変えられるとか回りくどく言って……。


 そういう運命だから、そうなってしまったから私は死ぬ? 嫌に決まってる。

 私はもっとこの世界に居たい。

 みんなと一緒に生きていたいんだ。


 だったらそんな運命────。



「はぁぁ~…………」



 その時、私は自分が何をすればいいのかわかった。

 いや……何が出来るのかがわかった、と言うべきだろう。


 みんなは殺させない。


 敵も殺さない。


 そんなの私が望まない。


 そんな運命は、消し去ってしまえばいい。

 ルフトラグナのおかげで狙いはたった一つだけだ。



「「「モウ、何をシヨウト……オそイ……」」」



 ソレが私の首を狙って千剣を振りかざした瞬間、私は右手の人差し指と親指を立てて銃の形にする。

 目に映るのは頭蓋骨ではなく、『運命』という的だ。



「すぅぅ…………【クリンゲル・シックザール】ッ!」

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