『Turning Point』3/3

「なるほど、これは……面白いですね」



 カルヴァと同じく、表情の変化が全く感じられなかったゼルフルートが初めて笑った。

 その間にも【エスカトロジー】の矢は連射され続けている。


 一発防いだら破壊される程度の硬さを持った盾を何枚も生成し、矢を防ぎ続ける。

 すると、一本の矢が私に向かわず、変な方向へ飛んでいった。



(誘導ミス……? いや、違う! 油断させる罠か!)


(ミスにミスを重ね、本命を隠す……!)



 こうなれば互いの読み合いだ。


 ゼルフルートも私の考えを予想し始めたことで、何発か盾を避けてくる。

 ならばと私は盾の生成を止めることなく、背を向けて走る。



(ガラ空きの背中……狙いたくなるよね)


(あの背……確実に透明の盾が配置されているはず……)


(でもそんなことくらいは予想出来るだろうから、狙ってくるのは────!)


(なら、狙うは────!)



 遺跡の壁を蹴り、私は角を曲がる。

 ゼルフルートもそれを追いかけ、矢を放つ。



「────エクスマギアッ!」

「────アニムスマギアッ!」



 刹那、ゼルフルートは『ベルが「左足を狙ってくる」と予想し、左足、太ももを防ぐ』という運命誘導を。

 私はその誘導を予想し、あえて乗っかって左足に透明の盾を生成する。


 そして本当の予想通り、矢は右足へ向かってくる。

 だが、矢が右足に命中しようとした時、私は動かしづらくなった左手で魔力を弾き、【転移魔術トランス】を発動して左足辺りに生成した盾を、右足に転移させて矢を防いだ。


 ……という行動すら誘導されていると想定し、既に後頭部辺りにも盾を生成する。



「私があなたを殺さないと思っているのかと思いましたが……読まれましたか」


「そんなことは殺気でわかる。あと、たまに誘導せずに普通に撃ってくるのやめてくれないかな、めんどくさいから」


「私もめんどくさがりなんです。いい加減、誘導されてくれませんか?」


「絶対お断りだよ! 【凍結魔術アルフロスティーヂ】ッ!」


「────うッ!?」



 振り向きざまに凍結魔術を発動し、ゼルフルートの足を凍らせる。

 あとついでに氷壁を作って、通路を塞いでおいた。



「よし! これで─────ッッ!?」



 だが、矢が左足に命中した。

 振り返ってみて気付く。まんまと誘導された。

 『氷壁生成の際にちょうど矢が一本巻き込まれ、穴が空く』という運命だろう。


 ゼルフルートの放った矢はどこかに命中するとほんの少し時間を置いて消える。

 それを利用し、氷壁に空けた穴に矢を放ったのだ。



(だ、ダメだッ。こっちの集中力が切れてきた……っ!)


「そんなにいくつも盾を作って、そろそろ疲れてきたんじゃないですか?」


(バレてるし……!)



 このままでは盾を生成出来なくなる。

 何か手を打たないと、誘導された矢が私に命中する。


 何か……何か逃げ切る方法を……。



「……やるしかないッ!」


「一体何をやろうと言うのですか」



 相手は運命を誘導してくる圧倒的な強者だ。

 だが、しかし……一つ勝るところがあるとすれば、気持ち、精神的な面なら、私の方が絶対に強い。



(今、成功させなくてどうする! やるんだ、ヘルツみたいに……ッ!)



 私は右手に持つ杖を振る。

 三角形を描くように振り、中心を一度突く。

 そして、それに重ねる感じで下三角形を描くように杖を振る。



「何か……。エクスマギア、【運命誘導ゼルフルート】ッ!」



 ゼルフルートは矢を放ち、私の行動を止めようとするがそんなことは関係ない。

 気にしている暇はない。今は、とにかく集中する。


 ─────その時、私は矢が全く自分に命中していないことに、集中しすぎて気付いていなかった。



(ッ!? 矢が……誘導した矢が、勝手に逸れていく……?)



 ゼルフルートが驚愕した表情を見せる。

 何をやろうとしているのかバレたのだろうか? だが、もう私を止めることは出来ない。

 六芒星……計七音を奏で終えると、私はあの焼結の魔術師のように、笑みを浮かべた。



「───────【時結魔術ホーロフロスティーギ】」



 その瞬間、遺跡内の時が停止する。

 正確には『時』という概念を凍結させた。


 実はこの時結魔術、二つの属性を扱わなくてはならない。

 発動者である私自身の時間が凍らないよう、溶かし続けているのだ。



(これも維持……だから、そう長くは続かないッ!)



 一歩間違えば自分も停止して、何も出来ずに魔力だけが無くなっていく自滅率の高いものだ。

 物理的に凍らせるのではなく、概念を凍らせるという本来有り得ないことを成し遂げているのだから当然だが────。



「────ッ!? 消えた……? 転移? いや、そんな簡単なものじゃないですね……。まさかこの短時間で成長している……? これは、本当に面白いです」



 ゼルフルートの目の前に私はもう居ない。

 ────既に、私は聖王剣の前に来ている。



「すっ……ご……なにこれ……」



 台座に突き刺さっているものを想像していたがそんなことはなく。

 分厚い硝子のような箱に丁寧に入れられたその剣を前に、私は口を開いたまま立ち尽くしていた。


 銀色の握り部分も、つばも、剣身も、誰かの手で作られたとは思えないほど神秘的に形を変化し続ける。

 まるで生きているかのように動くそれに、私は指を触れてみる。


 するとその剣は、想像していた通りの聖剣らしい聖剣へ形を固定した。


 《聖王剣・プロテアス》──────。

 プロテア────その花言葉は、『自由自在』。



「………………っ」



 恐る恐る、聖王剣を握る。

 一瞬、激しく震えた剣は暴れる触手のようにめちゃくちゃに変化したが、その後高い金属音が周囲に響くと、いつの間にか私の右手……人差し指に、指輪の形で装着されていた。


 指から外れなさそうだが、まさか呪いのアイテムと間違えたとかじゃないことを祈る。



「まさか本当に、プロテアスに認められるとは……」


「ゼルフルート……!」



 ここで、追いついたゼルフルートが指輪を見てそう呟いた。

 攻撃はもうしてこないようで、【エスカトロジー】を解除してくれた。



「……これでようやく、私たちの役目も終わったんですね」


「え……?」


「私は、その剣を作った主……エクスバルス・フォートリア様によって救われた人造人間。……元人間のロボット、みたいなものです。主がこの世を去る時、『その剣が認める者が現れるまで、守護してくれ』というご命令でした」


「元人間のロボットにしては、肌は普通に人間っぽいけど……」


「変なこだわりなんですよ。私は自身の肉体を元に造られ、カルヴァは一から体を造られ、デスカロゥトはその体に別種の生物を与えられました。命を与えてくれた……だから恩返しをしています」



 ────光芒が遺跡内を照らす。

 天井はなく、心地良い光が私とゼルフルートを包む。



「その剣で何を為しますか」


「生きるをするよ、これまで通りね」


「そうですか。……では、あなたがこれから生き続けることを祈り────」



 そこで私は、両手を組んだゼルフルートに、首を横に振って制する。



「生きるのは私だけじゃない。私の大切な人たちも、みんな含めて生きるんだ」


「なるほど、それは失礼しました。皆が生きること……。エクス・オラシオン、ゼルフルート……ここに祈ります」



 そうでなくては意味がない。

 だって私は、『死』が怖いのだから─────。

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