『Turning Point』2/3
扉が閉ざされ、真っ暗になった遺跡の中で、私は焦らず、衝光石を叩いて周囲を照らし、ベルトに
とりあえず、これで足元は大丈夫だ。
「さて……何をすればいいのか」
照らしてみてわかったが、遺跡内はまるで迷路になっていた。
ルフトラグナには心配させないようすぐ戻ると言ったけど、これは抜け出すのに骨が折れそうだ。
「……そういえば、こうして一人になるのは久しぶりだな」
この世界に来て、ヘルツとルフトラグナに出会ってからは一人でいることがなかった。
だからなのか、少し心臓の鼓動が早くなる。
すぐに頭を振って『怖くない』と自分に言い聞かせ、右手にランタンを持ち、左手で迷路の壁に触れながら歩き始める。
「………………………」
何も無い。
先は暗く、風が吹き抜ける音だけしか聴こえない。
魔物の気配はないが、遺跡に入った時から凄まじい圧を感じている。
「…………運命の、糸……」
そんな時、赤い糸が道の先に伸びているのが見えた。
「これで……!」
これで目的地に辿り着ける。
そう思い、走り出したその瞬間─────すぐ横の曲がり角から殺気を感じ、私は咄嗟にしゃがんで前転する。
すぐに起き上がって体勢を立て直し、何が起こったのか状況を把握する。
石壁には金色に輝く矢が突き刺さっていた。
避けていなかったらと思うとゾッとする。
ランタンを曲がり角の方へ向けると、人影が壁に映る。
私はすぐさまランタンを腰に付け直し、胸ポケットから杖を取り出す。
「だ、誰!」
「……あまり、過信してはいけませんよ。信じた運命の先が『死』や『絶望』とは思いたくないでしょう」
「……っ!? なんで私のアニムスマギアのことを知ってるんですか」
「いえ、知りませんよ。ただあなたが……私の
そう言いながら影から姿を現したのは、クリーム色のツインテールをした、私と同じくらいの身長の少女だ。
褐色肌だがデスカロゥトのように模様はない。
しかし右手にはクロスボウが装備してあった。
さっき撃ってきたのは、やはりこの少女で間違いない。
「私の名前はゼルフルート。この遺跡の管理者です。……アニムスマギアは【エスカトロジー】、このクロスボウのことです。そして、私の力は『運命誘導』……」
「誘導……じゃあこの見えている糸はあなたが……」
「……やはり見えているのですね、運命が……。あなたと私は、天敵同士ということでしょうか。或いは類似種? どちらにせよ、《聖王剣・プロテアス》の入手が目的ならば、力を示しなさい。物理的なものではなく、魂の力を。私の力は運命誘導………さぁ、果たしてあなたには聖剣を手にする運命は訪れるのでしょうか」
これが最後の試練、ということなのだろうか。
しかし、殺し合いは絶対にしたくない。
ならば相手の運命誘導なるものに惑わされず、聖剣の元に辿り着く他ない。
私はゼルフルートを無視して走り、糸に集中する。
「……! 糸が二つ!」
集中した瞬間、赤い糸は二方向に分かれる。
どちらがゼルフルートによる運命誘導だが、見分けがつかない。
「糸ばかりに集中していると命を落としますよ」
「ちょっ! 撃ってくるのはナシでしょ!」
「敵は待ってくれませんよ。魔王に渡る前に手にしたいというのなら、尚更です。既に聖域内にあなた方以外の三つの反応を確認しています」
「三つも……!?」
ゼルフルートのクロスボウから放たれる矢を避けながら、剣を手にした後も油断出来ないことを知らされる。
いや、私がもたついている間に、ルフトラグナと接触してしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けなくてはならない。
「くっ、なら素直に案内してくれませんかねっ!」
「いいですけど、それではあなたは成長しない」
「一体どこまでこっちの事情を知って……もしかして、ヘルツと知り合いだったりするんですかね」
「ノーコメントで」
「剣を貰ったら聞かせてもらいますからね。【
気付かれないよう指で魔力を弾いて、なるべく自分の声や足音でヘルツマギアの音を隠して発動する。
「なるほど、私の五感を封じましたか……いい判断ですね」
【
どれか一つだけというのも出来るが、どうせなら全部封じて逃げ切る。
あのクロスボウは、特定物を具現化するアニムスマギアだ。
何か特殊な力を持っているわけではないはず……。
だったら、五感を封じれば矢が私に当たることはない。
「────と、思っているでしょうが……一つだけ、あなたは封じるべきものを封じていない」
ゼルフルートはそんなことを言うと、クロスボウをこちらに向ける。
五感を封じたのだから当たるはずはない。
でも、嫌な予感がして私は悟られないよう、自分の背後に透明の盾を生成する。
「
そうしてクロスボウ・エスカトロジーから矢が放たれた。
が、なんと真っ直ぐ飛んでこず、不規則に動き回りながら接近し、私の生成した盾を避けて左肩に命中した。
「な……に……っ!?」
一体何が起こった。
五感を封じた。念の為に守る盾も生成した。
しかしそれらは意味をなさず、矢は私に命中している。
「……運命って、わかりますか?」
矢は自然消滅し、傷口から流れる血を右手で押さえる。
そんな私を見つめながら、ゼルフルートは質問してくる。
「……それ、今答える必要ある? それとも答えたら案内してくれるの?」
「いいえ。個人的な質問です」
「……人の幸、不幸があらかじめ決まっているもの、それが運命……?」
私にはその幸か不幸が糸として見えているから選ぶことが出来るが、本来はそんなものは見えない。
だから後になって、思い返して、『あぁ、こうなる運命だったんだな』────と、思うことでしか運命というものを認識出来ない。
「……私は人の努力、行動で運命は変化し続ける……と思っています。先程の状況で例えると、『矢を放つ』という行動をすれば、『どこかしらには当たる』。その、どこに当たるかは私の呼吸や、腕の僅かな震え、タイミング、あなたの走る速度、方向などで変わります」
それを聞いて、私はふと、エストレアとクラールのことを思い出した。
シュナ襲来の前日、私は二人に赤と黒、両方の糸が見えていた。
結果として二人は無事生き残ってくれたが、状況はかなり危なかった。
あの時、エストレアがクラールの異変にすぐ気付いて転移していなければ、ルーフェが姉の異変に気付いて、私をあの場に連れていっていなかったら……二人とも死んでいただろう。
エストレアを信じて【
「言ってしまえば、あらゆる行動の一つ一つが運命の分岐点。先程私は、それを誘導し『あなたの左肩に矢が命中する』という結果を導き出しました。あなたの力は恐らく、運命の分岐を見る力。ただそれは、あなたの今後に関わる大きな運命分岐しか見ることは出来ない。といったところでしょうか」
この短時間で、私のアニムスマギアを、私以上に理解してきた。
ゼルフルート……かなり、厄介な相手だ。
彼女も言っていたが、本当に天敵なのかもしれない。
「その話をすることで……私が成長すると?」
「まぁ、糧にはなるかと」
────わからない。
運命誘導? 分岐点? そんな細かい作業、私には難しい。
願うなら、望む運命が訪れるまで望まぬ運命を一つずつ潰していく。
なんていう単純なやり方がいい。
言うなれば『運命厳選』……だろうか?
「……まぁ、そんなすぐ覚醒に至ることはないでしょう。【エスカトロジー】……連射モード」
「くっ、まずい……!」
今の話の流れからして、このゼルフルート……運命誘導の力をフルで使って連射してくる気だ。
恐らく、この誘導の回避方法はただ一つ。
────相手の上を行く……それだけだ。
ゼルフルートはあらゆる運命の分岐点を見て、狙った運命になるよう誘導する。
誘導をミスすれば、当然ゼルフルートが狙った運命は訪れないだろうが、これは無さそうだ。
(運命はその人の行動次第……ゼルフルートがそれを誘導するというのなら、私はそれに抗って、誘導を突破するしかない)
……ああ、解決法が見つかった。
私が、有り得るであろう可能性を予想し、行動すればいい。
(誘導ってことは、必ずそこにゼルフルートの意思がある。左肩が負傷している今、左手は思うように使えない。……ヘルツマギアの発動方法を知っていると仮定すれば、次は右腕をどうにかしたいと思ってくるだろう。もしくは、足を狙って聖剣へ辿り着かせなくさせるか……)
────私がそう考えた瞬間、ゼルフルートのクロスボウから矢が放たれる。
もう既に次の矢が装填され、一本目が私に命中する前にそれも放たれた。
「アニムスマギア、【
私は再び透明の盾を作り出す。
全身を守るようにしてもよかったが、ピンポイントで防いだ方が相手は焦るはずだ。
……というのは建前で、本音はそれを維持するのが難しいからだ。
小さいものを無数に作るよりも、大きいものを維持し続ける方が疲れる。
「…………ッ! 誘導が……!」
一発目……右腕を守るように生成した盾により防御成功。
二発目……今度は右手だったが、これも防御成功。
ゼルフルートが焦っているのがわかる。
途中、矢が不規則に動くのは関係ない。
ゼルフルートがどこを狙って、どう私を誘導したいのかがわかればいい。
最も有り得る可能性を予想……つまりはゼルフルートの思考を読むことで、私は運命誘導を突破する。
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