ChapterⅥ
『Turning Point』1/3
禁足聖域とも呼ばれる北側。元々は北竜国の国境内だったそこは、見晴らしのいい広い草原だった。
ずっと奥に、崩れた壁が見える。あれがドラゴネアだろう。
エストレアの言っていた通り、魔物が多い。
空には竜種が多数確認出来る。
こちらに近付いてくる気配はないが、もちろん油断してないけない。急襲される可能性は大いにあるのだ。
人間よりも遥かに、種としての能力の高い竜は、間違いなくこの世界において強者だろう。
「ルフちゃん、その本持ってきたんだね」
周囲を警戒していると、私はルフトラグナがバッグのように肩にかけた、見覚えのある大きな本に気付く。
あれは確か、前にルフトラグナの部屋を掃除しようとした時ベッド上に置かれていた白紙の本だ。
実は秘密兵器だったりするなら嬉しい。
「あ、はい。もしかしたら使うかもしれないので……」
「使う……? って、なんか暗いな。何に光が遮られ……て……」
「べ、ベル……っ」
ルフトラグナが持ってきた白紙の本も気になるが、それより急に光が遮られたことが気になり、私たちは上を見上げる。
────鋭い無数の牙。
その大口は私たち二人を余裕で丸呑みに出来るほど大きく、金の瞳がこちらを睨む。前後に分かれた黒角はまるで王冠のように見え、ルフトラグナよりも数倍大きい翼は、黒く網目状だ。見上げるほどの巨体に黒い皮膚。
間違いなく竜の類いの化け物だ。
私たちはどうやら、最初からエリアボスに遭遇してしまったらしい。
「グルルル…………」
「「ひゃあああああああああああああっっっ!!?」」
あまりの恐怖に二人同時に悲鳴を上げ、一目散に草原を駆ける。
段差に転ばないよう気をつけながら、岩を飛び越え、遠くに見える森を目印に奥へ奥へと進む。
しかし、私たちの全力疾走をこの竜種はちょっとジャンプしただけで追いついてしまう。
「る、ルフちゃん! 戦うしかない! アニムスマギア【
「は、はいっ! 援護します!」
逃げ切れないと判断し、私は《音色の魔剣・トーングラディウス》を、ルフトラグナは左手を構える。
しかし戦って勝てそうか相手ではないことは確かだ。どうにかして逃げたいが、まずそもそも、こちらの攻撃が通るかどうか……。
「……先制攻撃! 【
私は軽く、ちょっと揺らすくらいの感覚で魔剣を振り、刃の内で響いた音で火葬魔術を発動させると竜目掛けて荒ぶる炎を放つ。
「……フッッ」
「い、息だけで消した!?」
しかし竜はケーキに刺さったロウソクの火でも消すかのように、私の火葬魔術を吹き消してみせた。これは、出直すべきなのだろうか。
いや、考えるまでもなく出直すべきだろう。
しかし悲しきかな……逃げられない。
「ベル! 【
「おぉ、体が軽い! ありがとう!」
ルフトラグナの魔法により、自分が光になったと錯覚するくらい素早く動けるようになる。竜を飛び越えられるくらい体が軽くなっていた。
「……ごめんッ!」
傷を付けてしまうことを謝りながら、私は地を蹴り、竜の首を斬る。
さらに剣から鳴った音で【
ダメージもそれほどないのに、傷をすぐに癒す……再生能力まで持っているなんて。いよいよ勝ち目がなくなった。
……なんてことを思っていると、竜の口がゆっくりと開かれる。
丸焼きにするならせめて美味しく食べてくださいと願い、私は思わず目をギュッと瞑った。
「────なんだお前たちは」
「しゃ、喋った!?」
「こんな攻撃力で、しかも二人だけでここに来たのか? 全く、死にに来たなら他所でやってくれよな」
いきなり喋りだした竜は、網目状の翼を揺らしながら呆れていた。
口からタバコの煙でも吐くかのように凄まじい熱気を持った火を吹いて、こちらをじっと睨んでいる。
「し、死ぬなんて嫌だよ! 絶対!」
「……へぇ。そういえばオレを斬るときも謝ってたね。なに? つまり殺したくないし殺されたくないって? クッハハハ! お前ホント馬鹿だな! 生きる世界を間違えてるんじゃない?」
なかなか鋭いところを突いてくる。
確かにそうだ。こんな殺伐とした世界なんて居たくない。
ツラいこと、怖いこと、そんなものは日常茶判事で、常に死と隣り合わせで、どうして自分がこんなところに居るのかわからない。
でも…………そんな世界だけど、大切な仲間が出来た。好きだと大声で、堂々と言える仲間たちが出来た。
だから─────。
「そうだ! この世界は生きにくい! 私に合わないよこんな世界! みんなすぐ死にそうになるし、私も油断したら一瞬でゲームオーバーだ。だからこんな世界を変えるために、私はここにあるっていう聖剣を取りに来たんだッ!」
「なるほど、狙いは聖王剣か。じゃあ────……っ? これは……」
私の最後の悪足掻きとして、竜に向けて叫ぶ。
すると竜は何かを言いかけるが、違和感を感じたのか言葉を呑み込んで、急に自分の体を眺め始める。
「────へぇ、そのアニムスマギア面白いな。音の具現化、視認出来ない物体の生成……でも、それだけじゃない。魂の強さを感じるな。オレの魂まで安らぐ……」
「ど、どういうこと……?」
魂が安らぐとは、一体何なのか。そんなことを思った直後、竜の巨体の至る所から水蒸気のようなものが噴出され、視界が遮られる。
「な、なに!? 攻撃!?」
「違う違う。こっちの体の方が怖がられないと思ってさ」
「お、女の子……です」
白い蒸気の中から現れたのは、さっきの竜と同じ王冠のような角と網目状のような翼を持った褐色肌の少女だ。
皮膚には黒い不思議な模様が浮かび上がっている。
身長は私よりも小さく、ルフトラグナよりも大きい。
金色に近い白髪で、その髪を揺らし、私たちに向けてニッと笑う。
「オレはデスカロゥトだ! 見ての通りキメラだから種族とかはないぜ。立ち位置は……この聖域の守護獣ってとこかな。お前ら気に入ったわ。聖剣ってことは遺跡に行くんだろ? 案内してやるよ。まぁ手に入れられるかどうかはわからねぇけどな」
「ど、ドユコトですかね……」
「歩きながら話してやるよ。行こうぜ。そこの天使も早く来いよ~」
「は、はい!」
裸足でてくてくと森へ向かって歩いていくデスカロゥトに、少し不審に思うが……森がなぜかずっと光に照らされているのに気付き、目的地に嘘はないことはわかった。
草原を歩いている途中、魔物はデスカロゥトを見ると最初の私たちと同じように一目散に逃げていって、戦闘は全くなかった。
本当にエリアボス的な子だったのか……。
「聖王剣……名前は確か、あー、なんつったかな。忘れたや。まぁそれが遺跡にあるのは本当だぜ。でも、手にするにはいくつか試練がある。本当はあの時、オレと死闘を繰り広げ、見事オレを打ち倒すことが出来たら剣を持つ資格あり! っていうのなんだけど、なんか……お前はそういうんじゃないなって思ってよ。もしかしたら、お前みたいなやつが一番力を持つべきなんじゃねーかなって……まぁ馬鹿なりに考えて、こうして案内してるっつーワケよ」
何がどうなってデスカロゥトにそう思わせたのかはわからないけど、戦わなくていいならそれでいい。
元々殺すつもりもなかったけど、それを見抜かれたのだろうか。
その後も歩き続け、あんなに遠くに感じていた森にはいつの間にか入っていて、生い茂る木々を抜けると現れた光に目が眩む。
「おっ。おーいカルヴァ! 客を連れてきたぜ~」
「……は? デスカロゥト、あなた一体何を言って……って、ホントに連れてきてるし……」
目の前には古い遺跡があった。
常に光芒が降り注ぐその遺跡は、間違いなく目的の場所だ。
デスカロゥトの案内のおかげなのか、すぐに辿り着いた。
デスカロゥトが大きく手を振って駆け寄っていく先には、ルフトラグナくらいの女の子が立っていた。
デスカロゥトとは正反対の白い肌で、毛先だけが黒い白髪に、その体型に不釣り合いな大きな帽子と不思議な形をした杖を持っている。
無表情で私の顔を覗き込むと、「ふむ……」とこれまた体型に合わないことを呟く。
「初めまして。エクス・ウィザード……カルヴァと申します。デスカロゥトがご迷惑をおかけして申し訳ございません。……でも、確かに……資格はありそうですね」
じっと私の瞳を見つめてくるカルヴァの金の瞳に、負けじとこちらも見つめ返す。
私がそうすることに意味はなさそうだけど。
「……あの、あんまり見ないでください。恥ずかしいので」
「あ、ご、ごめん……」
無表情でそんなことを言われた。
……しかし、それでも赤面して目を逸らした彼女を見れただけ……意味はあったのだろうか?
「……コホン。そちらの片腕の天使も、
「検定ですか……?」
「はい。私は検定者……あなた方が遺跡に入る資格があるのかどうか、見極めます。……まぁすぐに終わるので安心してください」
「は、はい」
すると、カルヴァは頭から落ちそうな帽子を押さえながら、不思議な形をした杖をルフトラグナに向ける。
…………数秒後、何も変化はなく、カルヴァは杖をルフトラグナから離した。
カルヴァは杖を持ったまま、次に私の方へ向ける。
……すると、杖はぐにゃりと形を変える。
ほんの一瞬で先端が、また別の不思議な形になった。
「なるほど……金髪のあなたは合格。天使は不合格です。天使はここで、彼女が最後の試練をクリアするまで待っていてください。暇潰しなら安心してください。デスカロゥトが遊び相手になってくれますよ」
「そうですか……。ベル、絶対無事に戻ってきてくださいね!」
「もちろん。すぐクリアして戻ってくるから、ちょっと待っててね!」
「……では、扉を開きます」
カルヴァはそう言うと、遺跡の閉じた扉の穴に先程形が変化した杖を差し込む。
杖は杖ではなく、鍵だったのだ。
カルヴァが鍵を抜くと、重々しく扉が開く。
中からは涼しい空気が吹いて、私の髪を揺らした。
「……よしっ!」
私はそのまま、振り返らずに遺跡の中へ入っていく。
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