『Break Time』4/4
出発前日、《西妖精国・ニンフェ》……客人用貸樹、
────ヘルツマギアは、決められた形でしか発動出来ない。
だが、自分で術を組んで別の形を作ることも出来る。
私も何か出来ないか考えているが、そう簡単にはいかない。
対してヘルツはさすがと言うべきか、いくつもの魔術を作り出している。
そして、その中でも特に発動が難しいものが三つある。
一つは、【
しかし正確には消したのではない。
時焼……つまり、その雲が晴れるまで、雨が降り終わるまで、時間を焼いて飛ばしたのだ。
もう一つは【
つまりは時間停止の魔術だ。
時焼魔術と同じく、範囲は使用者の技量で変わってくる。
私なら……出来ても精々、十数メートルくらいだろう。
そして最後に、【
その名の通り、どんな状況でも逆転の可能性があるこの魔術は、使いやすいよう杖の動きも単純だ。
左回転で魔力を弾いた後に、一点を突く。
これだけで必殺魔術が発動する。
しかし─────。
「【
何度やっても、必殺級の威力が出ない。
というのも、この必殺魔術は杖や剣の丁度先端部分で発動する一点集中、刺突系のものなのだ。
なので、真っ直ぐ正確に突かなくては、真価は発揮されない。
ヘルツから最初に塵を突くという動作を覚えさせられたのは、これを使えるようになるためだったのだろう。
さらに魔力消費も多く、そっちにも集中しなければならないので集中力が削がれ、疲れが溜まっていくのだ。
「……はぁ。やっぱり、まだまだヘルツには及ばないなぁ」
寸分の狂いなく突かなくてはならないこの魔術は、他と比べて難易度が高いためそう易々と使いこなせない。
私は杖をしまい、《音色の魔剣・トーングラディウス》を生成すると素振りを始める。
これの扱いにも慣れておかなくては、魔王側近たちに出くわした時、手も足も出ない。
魔力で生成された剣は振るたびに内部の魔力同士がぶつかり弾き、『リンッ』というベルの音が響く。
「……音程変化、【
振り方を試行錯誤し、発せられた音を利用して周囲を瞬間的に凍らせる。
しかし、専用の杖で発動していないからか威力は少々低い。
威力向上も剣の技量次第か……。
「んで、ナイフの方は……結構イケてるか」
ルフトラグナと買いに行った短剣を構え、鍛錬用の木製人形を切りつける。
こっちの扱いは元から得意らしく、ちゃんと使うかどうかはわからないが実戦でも問題なさそうだ。
「……ふぅ。明日出発だし、今日はこの辺にしておこ」
すっかり馴染んだ毎日の鍛錬を終え、汗を流しに自室へ戻る。
そのまま脱衣所へ直行すると、カゴに入れられたルフトラグナの服を横目に、鍛錬で流れた汗が染み込んだ服を脱ぐ。
「ちょ、ちょっと汗臭いかな……」
後で念入りに洗濯しないとと思いながら風呂場に入る。
エストレアが用意してくれた風呂場は私とルフトラグナが一緒に入っても問題ないくらい広く、ゆったりとくつろげる。
木の良い香りと魔法で暖められた湯は、ヒノキ風呂を思い出す。
「やっほ、ルフちゃんもお風呂?」
「はい、ベルは今日の鍛錬終わったんですか?」
「明日はいよいよ出発だからねー、早めに切り上げて今のうちにゆっくりお湯に浸かっておきたくてさ……」
「あ~……わかります。当分入れないでしょうからね」
桶にお湯を汲み、汗をザッと流す。
謎の泡立つ樹液シャンプーで髪も洗って、私は湯船に浸かる。
ルフトラグナの隣で、情けなく声を出して脱力した。
「さいこう……」
「ですねぇ~……」
二人で並んで
「ベルの髪って、凄く綺麗な色してますよね」
「え? そ、そうかな」
「はい、こんな綺麗な金髪みたことないです! 陽の光の暖かさを感じるというか……」
私の夕陽色の金髪を手に、じっと眺めながらルフトラグナは言う。
「それを言うならルフちゃんもだよ。真っ白かと思ったらほんのり青みがかってて、若干銀髪に近いのかな? くせっ毛も、くりんくりんしてて可愛いし!」
「そうですか? わたしはどうしてもベルみたいなサラサラの髪に憧れちゃいます!」
「あっはは! お互いに良いところあるんだね」
「ふふっ、そうですね」
ちなみに髪より翼に触りたい気持ちをグッと堪えているのは秘密だ。
それより、ルフトラグナの無い右腕が痛くないか気になる。
「右腕は大丈夫? 濡れて痛くない?」
「あ、大丈夫ですよ。治癒魔法で止血して、その後ヘルツさんが縫ってくれたので……包帯はそれを隠すために巻いてるだけですし。心配しないでください」
「そっか……なら良かった」
……腕を取り返して、それをルフトラグナに戻すことが出来るのだろうか。
この世界に凄腕の医者か、ちぎれた四肢を繋ぐことの出来るほどの治癒の使い手が居ればいいが。
「……ルフちゃんは、黒騎士のことどう思ってる? あの時会ったのはルフちゃんの腕を斬ったアレスって奴じゃなかったけど」
「……やっぱり、怖いです。あの鎧を見ただけで、正直逃げ出したくなりました。でも、わたし以外の人たちが……ベルが、わたしと同じように斬られるって思ったら、そんな気持ちもなくなって、立ち向かえられました」
「強いね、ルフちゃんは……。誰かのためにそんなこと、普通出来ないよ」
「ベルもみんなのために頑張ってますよ」
「……私はそんな綺麗な人間じゃないよ。多分、自分のため。誰かを救うことで自分は生きているって証拠を残したいだけなんだ」
「生きている証拠……?」
今でも思い出す死のトラウマ。
ふと油断するとそれは襲ってくる。
貫かれ、苦しくなって、熱くなって、溢れ出して……やがて弾けて、消えてなくなる恐怖。
視界が赤く暗く塗り潰され、意識が完全になくなっていくあの感覚。
死なんて、思い出したくない。
普通、死んだら終わりなのだから、思い出すということ自体無いはずなのだ。
それなのに、朧気な記憶の中で『死』だけが根強く残る。
「……ベル、大丈夫ですよ」
「……ぅ、あっ…………」
思い出して、震える私をルフトラグナはそっと抱き寄せる。
大きな翼で私を包み込んで、落ち着かせてくれる。
「ベルは生きています。しっかり、この世界で。……ベルの過去に何があったのかは聞きません。きっと、話したくないでしょうから。でもこれだけは、伝えておきます」
ルフトラグナは私に微笑みながら、伝えてくれる。
「何があっても、わたしはベルの味方です。だからこの先、凄く怖いこととか、不安なことがあったら、遠慮せず甘えてください。抱え込まず、わたしに分けてください」
「ルフちゃん……。あ、あはは……まさか、こんな……泣かされる…なんて、思わなかったよっ」
溢れる涙は止まらない。
私はルフトラグナの胸に抱かれながら、恐怖が消えるまでずっとそうしていた。
やがて風呂からあがり、心が落ち着いてきた頃にはもう夕陽で空が紅くなっていた。
ソファーに座るルフトラグナの太ももを枕にして横になる私の頭を、ルフトラグナはずっと撫でてくれている。
「ルフちゃん、ちょっと……聞いてくれる……?」
一瞬、撫でる手が止まり、再びゆっくりと撫で始める。
「はい」
ルフトラグナは優しく、そう言ってくれた。
話さなければならないと思った。
私のことを、本当のことを……。
「えっと…ね。まず……ルフちゃんにも、ヘルツにも謝らないといけないんだ。私……ベルって名前じゃないんだよ。本名は、一条鈴……」
「イチジョウ・スズ……? なんだかエストレア様が言っていた勇者様と似ていますね」
「あー、うん。どう言ったらいいのかな……えっと、そのサハラ・レイって人と私、同じ世界から来たんだと思う」
「え?! ということはベルは……」
「元々、この世界にはいなかった。あの日、二人と出会った日……私は気付いたらここにいた。死んだはずの私は、ここでまた生きることになっていた……。だから怖いんだ……また死ぬのが。でも二人に出会って、凄く楽しかったんだ。死を忘れて、この世界を楽しめた。……だから、その……いろいろありがと……って、言っておきたかったっていうか……騙しててごめんなさいっていうか……」
私はルフトラグナに全てを打ち明けた。
過去のことはほとんど覚えていないが、覚えていることを話した。
ルフトラグナがそれを理解していたかはわからないけど、ずっと私の頭を撫でながら聞いてくれていた。
「ベルはわたしが守ります」
私が話し終えると、しばらくしてルフトラグナが口を開く。
「わたしにそんな力はないかもですけど……ベルの傍に居続けます。正直、今すごくビックリしててちゃんと言葉に出来ているか不安なんですけど……ベルに比べるとわたしの恐怖なんてちっぽけなものですが……ベルと一緒に居ると、わたしも恐怖を忘れられたんです。気にすることなく、生きられたんです。だから、こちらこそありがとうございます」
「お、怒んないの……? 私、名前を偽ってたのに……」
「えっとですね……わたしにとってベルはベルなので、名前がどうとか姿がどうとか、そういうのは気にならないっていうか……どっちで呼べばいいんだろうって思うくらいで……」
「そっか。そうだよね、それなら私も気が楽だよ」
「それで、今後どっちで呼べばいいんですか?」
私は体を起こすと立ち上がり、ルフトラグナの正面に立つ。
「私の名前は一条鈴……改めベル。偽りではあったけど、みんなが呼んでくれる大切な名前……新しい名前になった。だから、これからもよろしくね、ルフちゃん」
「はい、よろしくお願いします! ベル! ……あ、でも今の話、ヘルツさんにもしなきゃダメですからね!」
「あー、そうだった! ヘルツに……みんなに謝らないと」
「わたしも付き合いますよ」
「うん、ありがとう」
「ヘルツさんを見つけて、全部が終わったらまたあの家で暮らしましょう!」
「そうだね、約束だよ」
「はい!」
* * * *
さぁ、いよいよ出発の時だ。
準備を済ませた私とルフトラグナは、みんなに見守られながらエストレアの前に立つ。
「二人とも、準備はいいわね?」
「「はいッ!」」
「絶対帰ってきてね! じゃないと姉さんの料理が……」
「こちらのことは心配せず、自分たちの安全を一番に考えてくださいね~」
「いだだだだッッ! 姉さん、いだいっ! 頭グリグリやめっっ」
「ぷふっ、う、うん! 任せといてください!」
コメカミをグリグリと抉られるルーフェの表情で思わず笑みをこぼす。
おかげで緊張は解れた。
「転移直後に魔物が襲ってくる可能性もあるわ。充分に気を付けてね。─────
ルフトラグナと手を繋ぎ、私たちは禁足聖域へ足を踏み入れる。
《光芒の遺跡》にあるという、聖剣を手にするために─────。
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