『Break Time』2/4

 翌日、起床した私とルフトラグナは早速、旅の支度を始める。

 エストレアはだらしなくお腹を出してまだ寝ていた。

 幼女体型になったからか、なんだか動きも幼女っぽくなっている気がする。

 ……と、それはさておき。



「ルフちゃん、荷物は大体揃ったけど……ちょっとニンフェじゃ用意出来ないね」


「そうですね~、遺跡の中は暗いでしょうから、何か光源を持っていきたいです」



 ニンフェの光源は光から生まれる妖精種の力で照らされているし、魔法も得意だからほぼ必要ない。

 というか、いくら魔力で耐火性に優れた魔木で作られているといっても、木である以上、一度火がついてしまえば国全体が燃えかねないので松明も売っていない。



「それなら~、メアーゼのお店がいいですよ~♪」


「うわっ!? クラールさん!?」


「お、おはようございます。メアーゼは観光地ってイメージがあるのでそういう物は置いてないと思っていたんですけど……」


「ふふっ、ルフトラグナもまだまだですね~。メアーゼは観光地ではありますけど~、だからこそ、他国の物もお店によく置いてあるのですよ~。観光地はいろんな商品を買っていくお客さんが多いですからね~。特別なものもかなりあると思いますよ~」


「そうなんですか? ……あっ、そういえば昨日メアーゼでチラッとお店を覗いた時、確かニンフェの薬草がありました!」


「人集まるところに良品アリです。メアーゼは治安もいいですし~、あの水着王様ですから。ぼったくられることもないはずですよ~」


「へぇ、なるほど……ありがとうございますクラールさん! じゃあルフちゃん、早速行ってこようか。場所はもうわかるから転移魔法じゃなくても転移魔術で行けるよ」


「わぁ! それじゃあベルとお買い物ですね! こんな時に不謹慎かもしれないですけど、ちょっと楽しみです」



 そういえば最近、ゆっくり出来ていない。

 長旅になるかもしれないし、今のうちに休暇を取るのも悪くない。



「あっ、それじゃあ二人にお給料です~。任務お疲れ様でした~。これでゆっくり休んできてくださいね~。あとクラールはメアーゼ名物の塩焼きそばが食べたいので帰りに買ってきてくださ~い♪ ルーフェにはたこ焼きをお願いします~♪」


「焼きそばにたこ焼き!? あるの!? る、ルフちゃんすぐ行くよ!」


「えぇ!? ちょ、ちょっとベル急ぎすぎですよ~!」


「売り切れちゃうかもしれないでしょ! ほら掴まって! 目標メアーゼ、【転移魔術トランス】!」



 ルフトラグナがカゴを持って私の腕に掴まったのを確認すると、杖を下方向、そして上方向に素早く振り、メアーゼへ転移する。


 ちなみに【転移魔法テレポート】は使用者が想像した場所に自由に転移出来るもので、【転移魔術トランス】は一度行ったことのある場所でなければ転移出来ない。

 一応、視界内であればその中を転移することは可能だ。



「そ、そんなに焼きそばとたこ焼き、食べたかったんですか?」


「そりゃあもう! まさかこんなところに屋台飯があるなんて思わなかったよ~」



 私は買い物そっちのけで海辺へ走る。

 踏み心地の良い熱い砂浜……煌めく大海……さすが観光地だ。

 被害がほとんど無かったおかげでどこの店も営業再開して、観光客を迎え入れていた。

 さすがに襲来の影響で観光客は少なくなってしまっているが、負けるわけにはいかないと、メアーゼの人々はむしろ活気に満ち溢れている。

 これなら、またすぐにでも街は賑わうだろう。



 そして砂浜にポツンと佇むのは海の家。

 まさかここまでお馴染みのものがあるとは。

 人間同士、考えることは同じということなのか。



「ヘイラッシャイ! って、おぉ! 嬢ちゃんたち、昨日街を守ってくれた子だよな!?」


「あっ……! すみません、石は壊されちゃって……」


「気にしてんのか? 大丈夫だって! 石ころより家族の方が大切なんだ! 守ってくれてサンキューな!」


「そ、そんなお礼を言われるようなことはなにも……」



 街や人に被害が無かったのはたまたまだ。

 黒騎士アルフと戦って、逃がして石を破壊させてしまった。



「謙遜する必要はないよベル! おっちゃんの言う通り! 石より家族! ベルが正門からじゃなく海側からも来るかもって言ってなきゃ、もう一人の黒騎士に堂々とめちゃくちゃにされてたんだから!」


「せ、セイルナ様!? どうしてここに……!」


「泳ぎに来ただけだよー。あたしは泳ぐためにこの国にいるもんだしね! そだ、せっかくだし奢るわ。お礼も兼ねてね! ってことでおっちゃん! あたしの顔に免じてここは……」


「セイルナ女王様よ、あんた……一体いくらのツケがあると思ってんだい?」


「すぅぅぅ~…………」



 海の家のおっちゃんに怖い顔で言われたセイルナは、一瞬固まったあと後ろに下がり、流れるように土下座した。



「この子たちの前ではカッコイイ王様っぽくなりたいの! お願いします!」


(それを私たちの目の前で言うか……)



 女王に土下座させるおっちゃんもなかなか肝が据わってるけど。



「はぁ、ったく仕方ねぇな。まぁ俺たちを助けてくれた勇者様だし、今日だけは奢ってやらぁ! こうなりゃ、たらふく食って帰れよな! 満足してもらわなきゃあ意味がねぇ! おめーら! ジャンジャン作るぞー!」


「「「おぉぉぉぉっ!!!」」」


「え? い、いやそんな沢山は食べられないんですけど……」


「あぁ、あたしが食べるから大丈夫大丈夫。それより出来上がるまでもう少し時間かかるだろうしさ、ベルたちも泳がない? 泳ぐよね? だってここに来たってことは泳ぐためだもんね! じゃあ着替えに行こうか!」


「ちょ、私たちに拒否権ないのーーっ!?」


「あのわたし泳げな……」


「教えたげる! ルフトラグナに似合いそうな水着もあるよ! 任せてよ~、あたしは水着が普段着だからね!」



 そうして、興奮気味なセイルナに引っ張られるがまま私とルフトラグナは更衣室に押し込まれたのだった。


 ────そして着せ替えさせられた。

 私は一瞬、黄色のフリルとパレオが特徴的なものを着せられそうになったが、私には可愛すぎるデザインだったのでスポーティーなものに変えた。

 セイルナはちょっとムスッとしていたけど、「これはこれで……良い……」とか呟いてたから多分大丈夫だ。


 ルフトラグナはというと、白いワンピース型のものだった。

 いつも白いワンピースを着ているのでそう変わらない格好だが、泳いだ時長い髪が邪魔にならないようお団子ツインテールにしていて、これもまた可愛い。

 さすが水着が普段着と豪語する王なだけはある……グッジョブ水着王。



「さぁ、泳ごうか!」


「セイルナ様、なんか凄い元気ですね」


「そりゃもう元気よ! みんな助かったし、海もこうして健在! 言い伝えでは津殃石が砕かれると海が荒れて大地を呑み込む~とかあったけど、その心配もなさそうだし!」



 波で足を濡らし、バシャバシャと子供のように遊びながらセイルナは言う。

 青色魔法が得意とか言っていたから、海の状態もわかるのだろうか。



「あと、さ。無理にとは言わないけど、ベルとルフトラグナも、あたしのことは友達みたいな感じで接してね。多分同年代くらいだろうしさ!」


「……! わかりま……じゃなくて、わかった。セイルナ、これからもよろしく!」


「あ、あの! じゃあセイちゃんって、呼んでもいいですか?」


「おぉ! なんか新鮮! んじゃ、あたしもルフちゃんって呼んじゃお~っと! ……二人ともありがとう、そして今後ともよろしくーっ!」



 その眩しい笑顔とバックの煌めく海は、まるでセイルナを象徴していた。

 彼女がはしゃぐ姿を見て、周りの観光客も国民も、自然と笑顔がこぼれる。


 ……神色は壊されてしまったけど、本当に、この人たちを守れてよかった────。



「……あっふ! ハフハフ……むぐっ。ん? ?んっ! 美味しい! 凄い、たこ焼きだ!」


「そんなに喜んでくれるとは……俺たちも作りがいがあるねぇ!」


「こ、これ、一体誰が作り始めたんです?!」



 材料自体はこの世界にも揃っているのだろう。

 でも、ここまで味も形も全て再現されているということは、相当の料理好きか、もしかしたら……。



「あぁ、ずっと前にサハラ・レイっつー男がメアーゼに来てよ。見た目がちとアレなヘンテコ生物の……このオクト・ロパスっつーやつなんだが。それを見た瞬間、丸っこい穴が空いた鉄板を作ってきて、たこ焼きを作り始めたんだ。ありゃきっと凄腕の料理人だぜ……」


「いやおっちゃんそれ勇者よ」



 呆れたセイルナがそうツッコミを入れる。

 それにしても、やはりサハラ・レイは日本人だった。

 顔も知らない人だが、感謝しよう……ありがとうレイさん、私の食欲を満たしてくれて……。



「ぅええぇ!? あ、あの男が勇者だったのか! き、気付かなかった……くっそぉ、今からでも『勇者直伝たこ焼き』って売り文句でやるか……?」


「商売に利用するな勇者を! あとでいろいろ言われるのあたしなんだからね!」


「今までのツケを半分にしてやってもいいぜ」



 なんて交渉の仕方だ。

 と、思ったのも束の間、セイルナは顎に手を当て、妙に真面目な顔をすると一言呟く。



「…………考えとく」


「ど、どんだけツケ貯まってるのさ」


「セイちゃん、お金は払わないとダメですよ……?」


「わ、わかってるわ! ただその、お財布がしまえないから……ね?」


「んな格好してるからだろうが! あー、嬢ちゃんたちからも言ってやってくれ! ずっと前から上羽織るなりしろっつってんだが、言うこと聞かなくてよぉ。まぁもう諦めてるが」


「そういえば、なんでいつも水着なの? まさか寝る時も……?」


「いやだって……直でさ、風と光の温かさを感じたいじゃない? 日焼けはしないようにしてるけどさ、こう……自然を生で感じたいの! よって行き着いたのが水着! これなら王が肌を晒しても文句は言われないっ!」


「ちょいと王様や、考えてみて? 今まさに、現在進行形で文句言われてますよ」



 セイルナが常時水着姿なのを周りが気にしていないのではなく、もはや諦めていたのだ。



「一国の王がこんな格好……俺たちは恥ずかしいぜ……」


「ちょ、ちょっと! ちゃんと大事な話とかする時は服着るって! 対談の時とか……メアーゼ出ると寒いし」



 エストレアもなかなかだったが、セイルナもなかなかに特殊だ。



「まぁ、確かに風は気持ちいいけど」


「そうだよね!? やっぱベルわかってるぅ♪」



 これは私も同類認定を受けたのだろうか……お、おっちゃんの視線が痛い。

 塩焼きそばも美味しいです、ハイ。



 ────その後、セイルナが水着である理由も明らかになって、私たちはお昼まで海で遊びまくった。

 いろいろを忘れ、ゆっくり休む……いや、体を休められたかどうかはわからないが……むしろ泳ぎすぎて疲れが溜まった気もするが、リフレッシュは出来ただろう。


 セイルナがカラーマギアで波を作ったり、水流を操って猛スピードで泳いだ時にはかなり魔法の扱いが上手いと思ったけど、どうやら水を操るだけで生成は出来ないらしい。

 戦闘はからっきしというのは、こういうことだったのだ。

 なんでも、水で戦うこと自体想像出来ないとか。



「王の力としては全国で一番下よ! 戦闘面では、ニンフェのエストレア、ヴァルンのブリッツ、ベスティーのロボロフ、んであたしって順番。ロボロフとあたしの間にある差はきっとこの大地の果てよりも遠いわ……あたしアニムスマギア持ってないし」


「アニムスマギアがないにしても、そんなに差があるの?」


「ロボロフに傷一つ与えることは出来ないわ。アニムスマギアでの防御も強力だけど、すっごく小さくてすばしっこいの! 攻撃バンバン避ける! んまぁ、あたしは攻撃出来ても水鉄砲レベルだから相手にならないけど。一度会ってくるといいよ! ルフちゃんの護身用の武器も新調するでしょ? ベスティーは良い武器作るからオススメよ!」


「武器の新調……アッ、か、買い出し忘れてた! ルフちゃん、着替えないと! ごめんセイルナ! また!」


「す、すっかり忘れてました!」


「お、おー! 気をつけてねー!」



 セイルナの言葉で本来の目的を思い出し、私たちは急いで服を着替える。

 海の家のおっちゃんからクラールとルーフェの分の焼きそばとたこ焼きも貰って、街の道具屋へ直行した。



「……えーっと、衝光石と、頑丈で何かに使えそうなロープ……ランタン。その他もろもろオッケー。ちゃんと使うかはわからないけど、備えあれば憂いなしってね」



 衝光石とは、衝撃を与えることで一定時間光り輝く石だ。手のひらサイズで軽く、扱いやすさから人気が高い。



「必要なものはこれで揃いましたね。一度ニンフェに戻りましょうか」


「そうだね。んじゃ、【転移魔術トランス】!」



 かなり買い込んでカゴが重たくなったので、私たちはニンフェへ転移し、荷物を置く。

 ついでにクラールとルーフェのお昼ご飯も渡した。



「────モグモグ……ベスティーですか~。もう落ち着いてきているでしょうから、行っても問題ないと思いますよ~」


「あ、でもエストレア様には内緒でね。きっとベルがベスティーに行くって聞いたら全力で着いていくよ。でもまぁ、あのロボロフ様の愛くるしさには抗えないよねぇ……アタシも久しぶりにモフらせてくれな………ルフたん、ちょっとお願いがありまして」


「だ、ダメですよ! ルーフェさんは……翼の触り方がその、いやらしいので!」


「えっ、ア……アァァァ……」


「はむっ。モグモグ……それじゃあ焼きそばのお礼にクラールが転移させてあげます~」


「あ、お願いします!」


「行ってらっしゃ~い♪ 【転移魔法テレポート】~!」



 ルフトラグナの翼を触れなくて泣き崩れるルーフェを横目に、クラールの【転移魔法テレポート】で私とルフトラグナは《東獣国・ベスティー》へ転移した。

 獣人の国……私はケモナーではないけど、少し、ほんの少しだけ、ワクワクしていた。

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