ChapterⅤ
『Break Time』1/4
十年ほど前、中央大国ヴァルンの魔法使いたちが北竜国ドラゴネアの召喚術を用いて、別世界から勇者を呼び出すことに成功した。
黒髪黒眼、筋肉なんてなさそうな細身の男の子。
初めは皆、その弱々しい体をした期待外れの勇者に内心絶望していた。
当時、魔王側近の一人であるイグニという異形が暴れ回っていたからだ。
被害は酷く、多くの村や町が焼き尽くされていた。
しかし、その男の子は状況を把握するとこう言った。
「俺が助けます」
周りの大人たちはどよめいた。
突然召喚されたのにも関わらず、なんの躊躇いもなく戦場へ足を踏み入れることを受け入れたのだ。
そして宣言通り、彼は人々を救っていった。
貧弱な体は少しずつ鍛えられ、一年足らずで勇者に相応しい成長を遂げた。
そして彼を……サハラ・レイを勇者であると世間が認識し始めた頃、彼は妖精国に訪れた────。
「────それでね、その時のレイがすっごい真剣な顔で木を見上げてたものだから私も気になっちゃって、『そんなに木が気になるの?』って声をかけたのよ。そしたら『何食ったらあんなでっかくなるんだ』って言うのよ? 真剣な顔してそんなこと考えてるって知ったら、思わず笑っちゃったわ」
「エストレア様、もしかしてその人……好きだったんですか?」
「ぇへっっ!? な、なんでわかっちゃったの!? へ、ヘルツマギアって心を読むものもあるのかしら……」
「い、いや……凄く嬉しそうに話してたので、そうなのかなーって思って」
「あっ、あー……わかりやすいのね私。そういえばレイにもそんなようなこと言われたっけ……。あの時は分身体だったのに、感情がダダ漏れなんて私もまだまだね……」
「分身体……?」
「ほら私って女王じゃない? だから国を見て回ることも仕事のうちなんだけど、なかなか時間が無くて……感覚共有した分身体を作っていたのよ。女王ってバレちゃうとさすがに見て回るどころじゃなくなっちゃうから、少しだけ姿は弄っていたんだけどね」
まさか今の幼女体型のことじゃないことを祈りつつ、私は話を聞き続ける。
嬉しそうに、楽しそうに話すエストレアだが、サハラ・レイはもういないということを考えると、こっちの胸が痛くなる。
「あっ、今の姿じゃないわよ? レイがそういう趣味なら合わせたけど……さすがにこれだと歩きづらいから、もう少し成長した姿だったわ」
その後、サハラ・レイと打ち解けたエストレア(分身体)は、エストレア(本体)によってサハラ・レイの付き人として旅に同行することになる。
勇者として名が通り始めたサハラ・レイにとって、初めての仲間だったらしい。
それからも惚気話を聞かされ、気付けばニンフェに戻って、エストレアの部屋でまだ続けられていた。
やがて日も落ち始め、ルフトラグナは戦闘の疲れが溜まっていたのか、既にソファーの上でまるくなって眠っている。
「……そして魔王との戦いの時。私とレイの二人で立ち向かった」
「そ、それで……どうなったんですか?」
「私の分身体がヘマしちゃって、魔王に殺されたわ。私自身にはダメージ無かったけど、残されたレイが心配になって私は……分身体は、息絶える直前にアニムスマギアを使った。魔王の力を……魔力を封印することで、魔木の森を作り出した。レイのアニムスマギアも開花させたわ。その力は【リバイバル】……私も、これで彼が殺される心配はないと安心した……」
「……でも、魔王は復活して、レイさんを……」
「えぇ、そうよ。魔王は生きている……でも、まだあの魔木に魔王の魔力が残されているからヘルツに監視をお願いしてたの」
「だから魔王は完全復活してないって言ってたんですね。納得です」
魔力も無しにどうやって勇者サハラ・レイと戦ったのかが引っかかるが、今の魔王は魔力がほとんどない状態ということだ。
魔王自ら動かない理由としても頷ける。
「まぁこの話はこんなところね。何か質問あるかしら?」
「えっと……魔王が今どこにいるかとか、予想出来ますか?」
「それは……わからないわね。あの時もそうだったわ。魔王も、魔王側近も、何かの結界内に隠れているのか普段どこに身を隠しているのかは全くわからなかった。あっちこっちに突然出てくるから、予想も出来ないわ」
「そうですか……。ありがとうございます、話してくれて」
「私の方こそ、聞いてくれてありがとう。何百年も生きてると、昔のことは誰かに話してないとどうしても忘れちゃうから……まぁ、忘れたってすぐ思い出す自信はあるわよ? 好きな人のことだもの、永遠に……魂に刻まれてるわ」
「きっとレイさんも、エストレア様のこと……」
「そ、そそそんなことないわ! あの人鈍感だし! いつもいろんな人に優しくしていたから……わ、私のことなんて……そんな、す、好き……だなんてっ! ……そ、そうなのかしら? ねぇねぇベルっ! 同じ人間種としてはどうなの?! あなたは私のことそういう対象として見れ────」
「あ、そろそろ寝ましょうエストレア様。明日は準備することいっぱいあるんですから、さぁ寝ますよすぐ寝ましょうねパパッと寝ちゃいましょう」
「ちょ、ちょっとベルぅぅ!」
地雷を踏んで、華麗に回避して……はいない私はその日、寝てしまったルフトラグナと共にエストレアの部屋に泊まった。
借りていた部屋のベッドも良かったが、さすが王室……ベッドはふかふかで最高だった。
そして私は、ベッドの上で思う。
考えてもみなかったけど、私もいつかは好きな人と出会うのだろうか……?
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