『Tone of BELL』3/3
「大丈夫よ、ヘルツは生きているわ」
「そ、そうですよね………ん?」
大丈夫と言われ、確かにヘルツがそう簡単にやられるはずないと思う。
あぁ、それはいいのだが……聞こえてきた声は、なんと消えたはずのエストレアのものだった。
「べ、ベル! あそこ、見てください!」
「ふ、服の中に何か……」
沢山の花の中に残されたエストレアの服の中で、何かがもぞもぞと動く。
「……ん、ぷはぁ! やっぱり【フロラシオン】は消耗するわね……ってあら? みんなどうかしたの?」
「え、えぇぇぇ!? もしかしてエストレア様!? なんで、だってさっき消えて……」
残されたエストレアの服の中から飛び出してきたのは、エストレアと瓜二つな子供。
……というより、本人だ。
「アニムスマギアを使ったくらいで死ぬほど弱くないわよ。……まぁ死亡時に私から放出された魔力をクラールに与えるつもりだったけど……この森が、みんなが、まだ私を必要としてくれているのかもしれないわね」
衣服が幼女体型になったエストレアに合うように変化して纏うと、エストレアはそう言ってクラールの頭に手を添える。
「……よし、とりあえず断たれた魔力との繋がりは新しく作ったわ。今は私の魔力で維持させているから、それがクラールに馴染めば完治ね」
「申し訳ございませんエストレア様……」
「姉さん! 良かった、生きていてくれて……!」
「ルーフェにも心配かけちゃいました。ごめんなさい」
エストレアの力で、消えかかっていたクラールは実体を取り戻す。
大量にいた魔物も、シュナが去った影響で元の生息域に戻っていく。
「よかった、みんな生きていて……」
「……えぇ。それにしても、ベルのそのアニムスマギア……まさかそんな形で開花するとは思わなかったわ。音を奏でる魔剣……《音色の魔剣・トーングラディウス》とでも言うのかしら」
「でも、どうして私……」
「そうね……一つの魂に対して、アニムスマギアは一つのみ。つまり、【音色】と【運命の糸】……二つのアニムスマギアを持つあなたは……」
「
ルフトラグナがそう呟いた。
しかし、自分でもよくわからない。
二つの魂があるなんて言われても、二重人格でもないのだ。
「予想は出来るわ。器に定着した魂と、別の魂。何らかの影響でその二つが融合……互いを否定せず、一つの器に仲良く住んでいる。異例中の異例ね」
別の魂……もしかして、転生時に何かあったのか。
それとも、この世界で元々暮らしていたこの体に、私という魂が定着してしまったのか……。
しかし考えても、答えは誰にもわからない。
本当に、神のみぞ知るというやつだ。
「まぁ、考えても仕方ないわ! 今はみんなが生きていることを喜びましょう。もちろんまだ安心は出来ないけれど」
エストレアは手を叩き、明るい声で重々しい空気を変える。
「今回の戦闘でアタシ確信した。今のままじゃ絶対に勝てない……! あの黒い女の人はエストレア様のおかげで退けたけど……何度も使える手ではありませんよね」
「……そうね。元の体に戻るまではアニムスマギアも使えなさそうだし、敵戦力が圧倒的だということは理解したわ。《
「何か手を打たないとですね~」
漠餓石、津殃石は破壊され、黒騎士アレス、アルフや、シュナを捕らえることも討つことも出来なかった。
こんな状況にも関わらず、出来るなら殺したくないと思ってしまうのはおかしいのだろうか……。
「────ベル、あなたは正しいわ」
「へっ?」
「あの場面、あなたは追撃すればシュナを殺すことが出来たでしょう。でも、そういう勝利で得た平和は、少し居心地が悪いわ」
「エストレア様……」
そんな平和はいらないと、心からそう思う。
「だからね、罪を背負ってもらうためにも絶対、魔王たちの行動を止めなければならない。クラールも、わかった?」
「そうですね~……少し、熱くなりすぎました~。死んでいった仲間のためにもと思っていましたけど~。確かに、殺してしまえばクラールたちも敵さんとやってることは同じですもんね~……。でもどうするのです~? 相手はこちらを殺す気で来ているのに、こちらは殺さず捕らえるという気持ちで戦っていては、到底勝ち目はないのです~」
一番は話し合いなりなんなり、殺戮をしない方向で終息させるのがいいが、相手にその気はないだろう。
単純な戦力増強……は、すぐには無理だ。
出来ても数人程度が限界だろうし、相手は計画的に動いているように思える。
相手の裏をかかなくてはならない。
そんな絶望的状況に、みんなが「うーん……」と唸って何か案を考えていると、ルフトラグナが左手を上げる。
「あの。一つわからないことがあります。あ、いや……実際はわからないことだらけなんですけど。ヘルツさんが生きているとして、どうして姿を隠し続けているんだろうって……。ずっと考えていたんですけど……あの人、何かに怯えたりして隠れるような人じゃないはずなんです」
シュナの言動からして、ヘルツはニンフェから帰る途中に、シュナに襲われた。
必要な道具や私のマントに挟まったメモからして、ヘルツはいつか襲われることがわかっていたのだ。
わかっていて、やられるフリをして、隠れている。
もしかしたらそこに希望があるのかもしれない。
「……あっ、何かを待っている。とか?」
ルーフェが思いついたことをそのまま口にする。
「待つ……。ヘルツは魔王のことを調べていて、その過程で黒騎士アレスを追跡……途中、右腕が斬られたルフちゃんと出会って……その後私と出会って……。何かを調べていて、それを勘づかれて、私たちに危険が及ばないよう離れたところでシュナを迎え撃った?」
「……あっ。シュナと戦って戦力差があると確信したヘルツさんは、一度退避したんですかね?」
憶測だが、ヘルツの行動が見えてくる。
すると、エストレアは何かに気付いたようで表情をハッと変えた。
「ヘルツはベル……あなたのアニムスマギアの異常に気付いていたはず。私が開花させたベルの【
「運命……そっか、魂石はアニムスマギアを覚醒させる魔石……あの時ヘルツが止めようとしていたのは、私がもう『運命の糸』っていう力を持っていることに気付いていたから……暴走しないように止めようとしてくれたんだ」
とすると、ヘルツが待っているのは私の、運命の糸の力の更なる進化か。
【
何かしらの困難を乗り越えるくらい、強い心を持つことがトリガーとなるはずだ。
成長に至る、キッカケが必要なのだ。
「こうなったら。あれを、取りに行くしかないかしらね……」
少し考えたエストレアは、意味深にそう呟いた。
何か打開策があるのだろうか。
「ベル、あなた北へ行きなさい」
「き、北?」
「えぇ。この大地には中央にヴァルン、西にニンフェ、東にベスティー、南にメアーゼという国が存在するわ。でもかつては、《北竜国・ドラゴネア》という国が存在していたの」
地図には乗っていなかった国の名だ。
というより、この世界の地図は北側が真っ白……空白地帯となっており、私はてっきり未開拓領域なのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「ドラゴネアは『古の秘術』……召喚術や錬金術に長けていたわ。彼らが作り出した術は今でも少なからず残っている。そうね……カラーマギアの派生呪文、エクスプロジオやエフェクト。治癒のハイレントは元は古の秘術なのよ」
「そんな凄い国が、どうして今は……」
「魔王に滅ぼされたのよ。それから竜人は絶滅、竜種も以前の数より半数までに減っている」
何百年前のことなのかはわからないが、滅ぼされた理由はわかる気がする。
「魔王は、召喚術が使われることを危惧したんですかね?」
「そう。魔王にとっての脅威は勇者……。でも、この世界に魔王へ対抗出来る者はいなかった。だから残された古の秘術を使い、十何年か前に異世界からサハラ・レイを召喚した。結果として勝つことは叶わなかったけれど、それでも魔王に大打撃を与えることが出来たわ」
「……あの、その後にも召喚術は使ってないんですか?」
「いいえ。その頃はレイが魔王と共に世を去ったと皆思っていたから、それ以降は使われていないわ。今から召喚したとしても、その勇者が即戦力にならなければ意味が無い」
「そう、ですか……」
そうすると、私はサハラ・レイという人とは違うことになる。
つまり、サハラ・レイはこの世界の召喚術によって来た、異世界転移者だ。
私にもその可能性があったけど、死のトラウマや今の話を聞いて確信する。
……でも、このことをみんなに話したところでどうするというのか。
「────っ。それで、どうして北に……元竜国に行くんですか?」
「……実は前からドラゴネア国境内に謎の遺跡が発見されているのよ。常に星の光を浴びていることから、《光芒の遺跡》って呼ばれてるわ。そこに
「聖剣……! それに変化……そ、それがあれば戦力差も縮まるんじゃ! ────あ、でも、本当にあるとすると、そんなものを放置しておくとは思えないか……バッタリ魔王と出くわすのは勘弁して欲しいなぁ」
「……私の権限でその場所、旧ドラゴネア・禁足聖域に入ることは出来るけど、手付かずのそこは魔物で溢れているわ。魔王側近たちでもそう簡単にはいかないでしょう。もちろん、あなたも……」
聖剣の力を知っていて放置しているのか、それとも知らないのか、出来れば知らないことを願うが……現地の人でも知らない、津殃石の場所をピンポイントで知っていた者たちだ。
恐らく聖剣のことも知っているだろう。
でも、危険な魔物が多いから取りに来る者は居ないと踏んで魔石の破壊を優先した……と、予想できる。
取りに行くなら、聖剣が破壊される前に行かなくてはならない。
「私、行きます。聖剣を取りに。それが失われちゃったら、いよいよ私たちに勝ち目はないですもんね」
「えぇ……その剣で魔王を殺さないにしても。敵の手に渡るのは絶対にダメよ。利用され、被害が拡大する危険もあるもの」
魔王の力は未知数だ。
どこにも情報は残っておらず、作戦の立てようがない。
あるのは一国を滅ぼし、勇者と対峙し生き残ったという事実だ。
そんな相手なのだから、こちらも出来ることは全てやっていかなきゃいけない。
それに、ルフトラグナの右腕を返してもらうためにも魔王と話をつけなきゃいけない。
「でもどうするの? きっとまた神骸石や渾沌色の魔剣を狙ってくるだろうし、アタシと姉さんは……というかギルドは動けないよ。ベスティーとメアーゼの手も借りないと対抗出来ない……」
「そうですね~。でもベルと、そしてルフトラグナ……二人だけでは心細いですね~」
魔王側近の誰かが、聖剣を破壊なり回収なりに来る可能性はかなり高い。
それがいつかはわからないが、神骸石の破壊に失敗し、向こうも作戦を練っているはずだ。
シュナに関しては、エストレアのアニムスマギアで攻撃手段である例の【
しばらくは戦場に顔を出してこないだろう。
正直、凄く不安だ。
出来ることなら、小規模でもいいから部隊を編成し、《光芒の遺跡》へ向かいたい。
でも私とルフトラグナの二人で乗り越えられるかもしれないという希望もある。
「────二人だけでっていうのは、確かに怖い。でも、『お前たち二人なら、どんな苦難でも乗り越えられる』って、居なくなる前の日に、ヘルツが言ってくれたから」
「あっ。わたしと、ベル……二人でなければ意味がない。そうでなくてはならない。……そういう意味で、ヘルツさんは言ったのでしょうか?」
「う~ん、多分? まぁ、私たち二人で遺跡に行って、聖剣を手にする。ヘルツはそれを待ってるんだ。だから行くよ」
「わたしも、すごく怖いですけど……ベルがそう言うのなら、どこまでも着いていきます!」
「ありがとうルフちゃん」
次は、こっちから動く番だ。
そう意気込む私に、エストレアは微笑む。
小さな女の子の姿になっても、その母のような暖かさは変わっていなかった。
「ベル、ルフトラグナ。あなたたち二人は本当にヘルツの、自慢の子なのね。でも、今から行くぞって顔してるとこ悪いけど、まずはいろいろ整えないとね?」
「そ、そうですね」
「そういえばさっきまで戦ってましたもんね、わたしももうヘトヘトです……」
「じゃ、じゃあルフたん! 一緒に寝────」
「ルーフェはクラールとお仕事ですよ~」
「あっ、ちょ! 姉さん! 明日! 明日やるからぁぁ!!」
「ルーフェの明日は聞き飽きました~」
「一生のお願いっ!」
「それも聞いてま~す♪」
「そ、そんなぁぁぁ!」
ルフトラグナに抱き着く勢いだったルーフェを、ジタバタと暴れるのも気にせず引っ張っていくクラールに一同「あれ、さっきまで消えかけてましたよね??」と疑問を抱いたのは言うまでもない。
「クラールっていつもすぐ復活するのよ。風邪だって一時間くらいで治しちゃうのよ?」
「か、風邪の方が治り遅いんだ……」
「お二人とも、元気な方なんですね!」
なんというか、たくましい姉妹だ。
ニンフェを離れることが少し心配だったが、そもそも前まではあの二人がニンフェギルドの先頭になって魔物の被害なり、いろいろ解決してきたのだ。
これなら、私たちは安心して聖剣を取りに迎える。
「あ、クラールで思い出したわ。そろそろここから離れないと。ほら、二人とも早く早く!」
急にエストレアが急かし始め、私とルフトラグナは押されるがまま、【フロラシオン】によって出来た花畑を出る。
その直後、物凄い勢い木が生えてきて、景色が遮られる。
気付いた時には、目の前に森が出来ていた。
「なっ、えぇ!?」
「私のアニムスマギアは一個封印して一個開花させるものなんだけど、もう一つちょっとした力があってね。この力で咲いた花や草木は魔力を吸い取るのよ。あまりに膨大な魔力を吸ってしまうから、街の中じゃ後が大変になって使えないのよね~」
「あ、ああ~、だからわざわざここで……。それにしても、なんか私がヘルツとルフちゃんに出会った森みたいな感じが……」
「そういえばそうですね。あの森……《魔木の森》も、魔力を吸って成長するという特殊な木でしたし」
私とルフトラグナが、何気なくそんなことを呟くと、エストレアは少し、表情を暗くさせる。
「そういえば話していなかったわね……あの森、私のアニムスマギアなのよ」
それから私たちはニンフェに戻る途中……歩きながら、エストレアの話を聞いた。
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