『Tone of BELL』2/3

「エストレア……様……」


「今はゆっくり眠っていて。必ず、あとで起こしますから」


「気をつけて……ください。アレは……どんなものでも、斬ってしまいます……」


「……えぇ。わかっているわ」



 指定ポイントからは少し離れてしまったけど、良かった。

 これなら……あとは任せられる。



「クラールの魔力が消えて急いで来てみれば……」


「エストレア…………お久しぶりですわ。覚えていらっしゃいますか? あなたが国から追放した、小さなハーフエルフの子を……」


「……えぇ、覚えているわ。まさかあなたが、魔王に付くなんて」


「そうですか。それなら……わたくしに殺されてくださいませ」


「遠慮しておくわ。【緑色魔法ヴィントス】ッ!」



 ────突風がシュナを襲い、軽く吹き飛ばす。

 ……本当に急いで来てよかった。

 少しでも遅れていたら、ルーフェに顔合わせ出来なかった。


 シュナ……元は名無しのハーフエルフ。

 何百年か前に、私がニンフェから追放した者。



「わたくし、あなたを殺すためにここに来ましたの! 自ら志願して、ここを担当することにしてもらったのですわ! 何も無かったわたくしを追放し、絶望に追いやったこの国を! あなたを! わたくしが壊してあげますわッ!」



 ……完璧な王などいない。

 かつての私は、国民である皆に怯えていた。

 そんな時、ニンフェで人間種と妖精種の間に子が産まれた。

 異例だった……当時、人間も妖精も、そんなことが可能だなんて知らなかったのだ。


 そして産まれた子は、黒い髪に黒い瞳。人間の血が濃く、自己魔力が薄かった。

 耳が少しだけ尖り、アニムスマギアの発現なんてしなかった。


 そんな子に、親はまるで悪魔でも見るかのような目で言っていた。

 ────お前は何なんだ、と。

 それに釣られて、皆、その子供を恐れた。

 何の力も持たない子に、抵抗しないからと罵倒を浴びせた。


 ……全ては私の判断ミスだ。

 ずっとその子供を国に置いておくと、それを良しとしている私に飛び火すると考えてしまった。だから、追放したのだ。

 皆、きっと話せばわかってくれる子たちだったはずなのに。

 かつての私は、何も信じられなかった。



「今のあなたを作り出したのは、私ね……」


「あら、自覚がおありなのですね。余計腹立たしいですわ。後悔しているのか知りませんけど、もう、何もかも遅いのですわ」


「……えぇ、遅いわ。遅すぎた。あなたに、もっと早く会うべきだった……」



 反応が三つ、付近に感じる。

 きっとベルたちだ。

 メアーゼの戦闘が終わったのか、私と同じく、クラールの反応が消滅したからルーフェが心配して転移したのだろう。



「えぇ、早く会って殺したかったのですわッ! 【分断者ジャッジメント】ッ!」



 右腕が落とされる。

 滴る血を止めることもせず、私はそれを受け入れた。



「……全ては私の責任よ。でも、この国には手出しさせない。この国は、この場所は、私の親であり、子であり、家族なの。皆、私の大切なものなのよ」


「ッ! だったら……だったら何故わたくしをッ!!!」


「そう、私は大切なものを手放してしまった! あなたも私の大切なものだったはず。それなのに、皆に怯え、信じることが出来ず、あなたを追いやってしまった。だから、あなたを救うわ」


「だからもう遅いと言っているでしょうッ!! もう、わたくしはあなたのことを憎むことしか出来ないのですわッ!」


「えぇ、わかっているわ……あなたを救えるのは、私ではない。だから託すわ。彼女に────」



 私の視線の先には、こちらに走ってくるベルたちが見える。

 あの子なら、きっと皆を救ってくれる。ヘルツが自分の全てを教えた唯一の子なのだから、私も安心して任せられる。



「ごめんなさいね。この戦い、終わらせてもらうわ」


「何をする気……ッ!」


「─────アニムスマギア、【フロラシオン】」



 それはかつて、《魔木の森》と呼ばれるようになる森を生み出した力だ。


 辺り一面に美しい花たちが咲き誇り、いい香りが漂う────。



「ルーフェ、急にどうし……ってこれ何っ!?」



 ────姉が心配だからとルーフェが急にニンフェへ転移したと思ったら、エストレアがこちらを見て微笑んだ。

 その瞬間、エストレアの体は消え去り、周囲の美しい花が風に揺れる。



「こ、これはエストレア様のフロラシオンっ!?」


「な、なんですかそれ?」


「……アニムスマギア【フロラシオン】は、どんなものでも何か一つを封印するんだ。多分、今はあの黒い人の何かの攻撃手段……アニムスマギアを封じているのかも。……でも確かもう一つ、何か能力があった気がするけど……」



 ルーフェがそのもう一つの能力を思い出そうとした直後、私は心臓が脈打つのを感じる。



「う……ぁ、な、なに……?」


「ベル!? どうしたんですか!?」



 いつの間にか私の体には花が巻き付いていて、どんどん体が熱くなる。



「な、なんですの……あなたは、一体エストレアは、あなたに何をしたんですのっ!?」


「うぐっ、開花……ですよ……」


「姉さん!? そんな体で動いちゃダメだよ!」


「大丈夫……。エストレア様の、アニムスマギアは……一を封じ、一を開花させる力……きっと、ベルのアニムスマギアを開花させたのです……っ」



 体が消えかかっているクラールは、私を見ながらそう言った。

 アニムスマギアの開花……それは別のアニムスマギアの発現、という意味ではないことを直感する。

 蕾の状態であるアニムスマギアを、開花させる。

 レベルアップさせるものなのだ。



「初めてあった時から……感じていたのです……。ルーフェ、目の前で目の当たりにしたあなたなら……よくわかるはずです。あの……透明色を……」


「ま、まさかあれは、カラーマギアじゃないの!?」



 そう、魂石で発現したのは『透明』なる力。

 運命の糸を見る力は魂石に触れる前……この世界に来てから元々あったものだった。


 つまり、【透明色魔法】はカラーマギアではなく、私のだったのだ。



「……アニムスマギア、【音色トーン】ッ!」



 透明という色、それは私自身の色、ベルの色だ。

 故に、これは『音色』。

 ヘルツは薄々気付いていたのだろう。

 ヘルツマギアと相性がいいとは、このことだったのだ。


 ────透明色だった頃と同じように、透明の剣を作り出す。


 だが、ただ透明なだけではない。

 少しでも振れば音が奏でられるので、これは武器というより、もはや楽器だ。



「そんなッ、そんな急に開花した力でわたくしが劣るはずないッ! わたくしはシュナ! 断ち斬る者なのですからッ!」



 シュナは隠していた短剣を取り出し、迫ってくる。



「私に託してくれたのなら、なんとかなるはずッ! ……お願い!」



 エストレアを信じ、私はその剣を振るう。

 その瞬間、ベルの音が辺りに響いた。

 心を揺れ動かすような強い音だ。


 さらに剣から音が響き続ける。

 どこかで聞き覚えのある……そう、この音の順番は、【暴風魔術ウラガーノ】だ。



「────うあッッ!?」



 振った時に響いた音に気を取られていたシュナは、暴風をまともに受けて吹き飛ぶ。

 しかし、私も何が何だかわかっていないからか、威力はかなり低かった。

 ……だが、どうしてだろう。

 それほどダメージを受けていないように見えるシュナは、体を震わせていた。



「……な、なに……なんですの、この……。────い、一時離脱しますわ。……あなた、次あった時はと同じように、死体も残さず斬ってあげますわ」



 シュナはそう吐き捨てると、フッ……と姿を消した。

 とりあえず、なんとかなったようだ。


 でも…………。



「ヘルツと……同じように……」



 それはつまり、ヘルツはシュナに殺されていたと……そういうことなのだろうか。

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