『Star Cluster』2/3

 場所は変わり、私とルフトラグナがニンフェに滞在するためにエストレアが用意してくれた部屋にて────。


 とても美味しそうな甘い香りが、私たちの鼻をくすぐる。



「皆さん、お待たせしました! クッキーを焼いてみたんですけど、ちょっと形が崩れちゃって……」


「だいひょうぶ! おいひいでふよ!」


「ルーフェ、クラールは食べてから喋った方がいいと思います~」


「んぐっ。あ、アタシとしたことが……」



 そんなルーフェを、ルフトラグナはじっと見つめる。



「ルーフェさん、なんだかいつもより……」


「あっ、や、やっぱりおかしいですよね……」


「いえ! なんだか近所のお姉ちゃんって感じで、いいと思いますよ!」


「……っ!!! お、お姉ちゃんっ!?」


「はい! 明るくて、優しくて……それがいつものルーフェさんなんですね!」


「そ、そうかなぁ? うへへ……あ、あの、もっかいお姉ちゃんって呼んでもらっても……」


「はい? ……お姉ちゃん?」


「かっっっっはぁぁぁぁあっっ!!! 生きててよかった……! ありがとうベル! これであと数千年は生きられる!」


「よ、妖精種って普通にそれくらい生きるよね」


「うん! プラス千年は余裕!!」



 ちょっと前まで暗い顔で俯いてたルーフェは何処へやら。

 ルフトラグナの焼いたクッキーを頬張り、さらにはお姉ちゃんと呼ばれ、まるで別人のようにはっちゃけている。

 そんなルーフェを、クラールも嬉しそうに眺めていた。



「まぁ、いい香りですね。私も一つ貰っていいかしら?」


「あっ、エストレア様! どうぞ、形はちょっとあれですけど」


「はむっ……うん、これ凄く美味しいわ。ルーフェも、心配なさそうね」


「むぐっ、こ、こんなはしたないところをエストレア様に見られるなんて……」


「いいのよ、自然体が一番だもの。……さて、クラール。私までここに呼んで、一体なんのお話かしら?」


「あ~、忘れてました~。黒騎士がメアーゼに姿を現したという報告がついさっき入りまして~。目的は恐らく、神色の魔石である《津殃石シンオウセキ》の破壊かと~」



 そんな大事なことを一瞬忘れていたのはとりあえず置いといて……ルフトラグナの右腕を返してもらうためにも、私は黒騎士────アレスと接触しなければいけない。



「メアーゼに……ね。メアーゼギルドからはなんて?」


「万が一のため、応援を要求しています~。ベスティーの漠餓石が破壊されたばかりですし、警戒しているようですね~。ただ、ベスティーギルドは漠餓石防衛で相当なダメージを負っています~。ヴァルンギルドは応援に行く余裕はないとのことです~」


「……そうね、ヴァルンの混沌色……カオティックレコードは中でも危険……そちらは護りに集中してもらいましょう。……やはりこれは、明らかに戦力分散が目的ね……」



 そう、獣国ベスティーは大ダメージを負って動けず、大国ヴァルンは防衛に専念しなければならない。

 よって応援に向かえるのはニンフェギルドなのだが、つい最近、付近の森でメンバーが殺される事件があったばかりなのだ。



「……どっか片方を、必ず落とす作戦ですね」



 恐らく、ニンフェかメアーゼ、どっちかに敵戦力が集中する。

 敵がどれだけいるのかはわからないが……。



「クラール、ルーフェ。至急みんなを集めてくれるかしら。メアーゼは観光地、防衛には不慣れなはずよ。それを利用し、戦力で勝るニンフェを分散して集中攻撃してくる可能性は高い」


「メアーゼを見捨てるわけにもいきませんしね……」


「えぇ、恐らく本命は《神骸石カンガイセキ》ね……。ニンフェの総力を持って、これの防衛に当たります」


「了解しましたッ!」


「は~い」



 ────数時間後、ニンフェで一番大きな大樹……神骸石を呑み込む大樹の根元に、ギルドメンバーが集められた。

 仲間が殺された直後だからか、皆、険しい顔をしていて警戒態勢だ。



「……と、いうのがメアーゼからのメッセージよ。でも、狙いはここである可能性は非常に高い。そのことは、みんなわかっているでしょう」



 エストレアの言葉に、全員が頷く。



「よって、なるべく分散を避けるためにメアーゼへの応援は少数にします。人員指定はクラールに任せるわ」


「わかりました~。それじゃあ~……折角ですし、ルーフェ、ベル、ルフトラグナの三名はメアーゼへ応援に向かってください~」


「ね、姉さん! メアーゼに現れたのはあの黒騎士だよ! そんなところにルフたんを連れていくのは……!」


「……そうですね~。どうですか? 怖いですか?」



 クラールの問いに、ルフトラグナはビクッと体を震わせると、私の右手を握ってくる。



「怖い……です。でも、行きます。ベルとルーフェさんと一緒なら、大丈夫ですっ!」


「ほ、本当に大丈夫……? 正直、何が起こるかわからない。アタシ、あなたを守れる自信はないよ……」


「大丈夫です。きっと。わたしだって、腕を斬られた時とは違います。ヘルツさんにカラーマギアを教えてもらったんです!」


「……そうだね。きっと大丈夫だよ。ルーフェ、私たちなら黒騎士が十人いたって勝てるって!」


「じゅ、十人……いやでも、それならそれで殺りがいが……」



 ルーフェが物騒なことを言い出すと、クラールはパンパンと手を叩く。



「は~い。それじゃあ決定です~。黒騎士なんですけど~、出来れば殺さず、確保してきてくださいね~」


「わかってます。魔王の居場所を掴むチャンスでもあるんですからね」


「はい~。でも、一番は自分たちの生存。生きて帰ってこなきゃ、みんなのお墓にクラールの特製手料理を────」


「あっ。全員生きて帰るぞぉぉぉぉお!!!!」


「お、オォォーーッッ!!!!」



 急にメンバーたちが青ざめ、士気を鼓舞する。



「く、クラールさんの料理って……」


「……うん、くっっっっっそ不味いよ。あれ食って死ぬくらいなら自殺する自信ある」


「ん~? ルーフェ~?」


「はい!! なんでもないです!! 頑張ります!!」



 自分の料理が物凄く不味いことを自覚していて、それを使ってメンバーを脅すとは……初めて会った時から底知れぬ何かを感じていたけど、どうやらかなり……すごい人らしい。



「明日にでも出発して欲しいわ。今のうちに準備をしておいて。その代わり……今日のお夕食はうんと豪華にしましょう!」


「お、おぉ……やった! 二人とも、早速荷物の準備しよ!」


「ベルって、結構単純だよね」


「ルーフェに言われたくないよ!」



 ────そうして私たちは、メアーゼに向かうことが決まった。

 みんなと解散したあとに荷物を整え、時は待ちに待った夕食時。

 王室に招待されたギルドメンバーたちが集まり始めていた。

 しかし、エストレアとクラールはまだ来ていない。



「私ちょっとトイレ行ってくるよ」


「ルフたんそのドレス似合ってるよ~!」


「ひゃあっ! ルーフェさん、急に頭撫でないでくださいよ~!」


「えへへ~。あ、ベル行ってらっしゃ~い」


「ルーフェは任せた」


「べ、ベルぅ~」



 吹っ切れすぎてルフトラグナを撫でまくるルーフェを、困惑気味に撫でられるルフトラグナに任せて、私は席を離れる。

 さすが、妖精王の住む城……いや木だ。

 どこもかしこも広く、樹木特有の香りが心を落ち着かせてくれる。



「……っはぁ。間に合ってよかった。トイレくらい近くても……ん? あれってエストレア様とクラールさん……?」



 長すぎる通路に、危うく間に合わなくなるのにホッとして戻ろうとした時だった。

 私は、枝の上にあるテラスで何か話しているエストレアとクラールを見つける。



「本当にいいの? ルーフェと一緒に居なくて……。今回の戦い、ニンフェはきっとベスティーを遥かに超える被害が予想されるわ。あなたも、私も、無事では済まない」


「エストレア様が出撃するほどですから、そうなのでしょうね~」



 クラールはいつも通り、のんびりと答える。



「でも、クラールは唯一の家族を守るのです。そのために団長となったのですから。……まさかルーフェも着いてきて、副団長になるなんて思ってもみませんでした~」


「あなたたち二人とも、本当に仲のいい姉妹ね……」


「はい~、自慢の妹ですよ~♪ それに、ルーフェに悲しい顔させるわけにもいきませんから~。死ぬわけにはいかないのです~」


「えぇ、そうね。全員の生存……無理かもしれない、なんて……考えてはいけないわね」


「みんな強い子たちですから、エストレア様も安心してください。────ほら、もうそろそろ行かないと、みんな心配しちゃいますよ~ 」


「あっ、そうね……行きましょうか」



 私は咄嗟に隠れ、みんなのところへ向かうエストレアとクラールの背を眺める。



「黒に、赤……両方見える。両方の運命が、可能性があるんだ」



 でも、良い運命の可能性のみにするための術を私は知らない。

 今は信じることしか出来ない。

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