ChapterⅢ

『Star Cluster』1/3

「────ねぇ、あなた……どうしてそんなに震えているのです?」


「それっ……それは……冗談で言っているのかっ!? あんたが! こんな……惨い殺し方を……!」



 不気味な笑みを浮かべる女性に、男は恐怖し震えながら剣を取る。


 薄暗い森の中、女性の足元には血溜まりが出来ており、男の仲間の指が浮かんでいる。

 男の傍には首のない死体と、木の幹に横たわる……腹が深々と裂けた少女の死体。

 その木の上からは血がポタポタと垂れ、目で追ってみれば太い枝に体を突き刺した巨漢がいた。

 ミシミシと枝が悲鳴を上げ、やがて巨漢の死体は血溜まりに落ちる。


 飛び跳ねた血が女性を濡らすことはなく、どこかへ消え去った。



「な、何なんだよ!! 何が目的なんだよっ! お前は……何者なんだっ!!」


「そう声を張り上げないで。耳が痛くなりますわ」



 女性はゆっくりと血溜まりを進み、剣を持つ男の目の前に立つと、その頬を撫でる。



「あぁ。あなたやっぱり……その顔で黙っていた方が十倍愛らしいですわ」



 ────男の体が倒れる。

 女性の手には男の、怯えた表情のままの顔があった。



「恨むなら星を恨みなさい」



 真っ黒な瞳で五つの死体を眺めた女性は、男の頭を放り投げて言った。



 ────ベスティーの《漠餓石》破壊から二週間。

 ニンフェのギルドメンバー、五名の死亡が確認された。

 その中には、あの時、マイペースな団長に笑っていた者もいた。

 よくあること……とは言っても、仲間の訃報ふほうは耐え難いものだった。



「あ、ルーフェさん。今日は護衛任務、お休みですか?」


「ベル様……。はい、エストレア様が……今日は休めと……」



 暗い表情で、呟くように言ったルーフェの手は震えていた。

 私と同じように、仲間の死を知らされたのだろう。



「これからルフちゃんがお菓子作ってくれるんだけど……一緒にどうですか?」


「ありがたいお話ですが……今はとても、何かを食べる気分にはなれそうにないです。すみません、失礼します……」


「……っ! 待って! なら、私と一戦しませんか?」



 ルーフェの腕に黒い糸が見え、私はとっさに引き止めてそんなことを提案する。



「模擬戦……ですか?」


「は、はい!」


「いいですけど……今は手加減出来ませんよ」


「望むところです。本気でやりましょう!」



 そうすれば、少しは気分が晴れるだろうか────。



「────では、勝敗は弱点部位への寸止めということで。頭部か胸部にしましょう。相手が重傷になりえる技は禁止。……で、よろしいですか?」


「はい、お願いします!」



 私とルーフェは一定の距離を取り、私は杖を、ルーフェは弓を構える。

 ニンフェギルドの副団長ルーフェ・ロゥ……弓を使いながらも接近戦を得意として、魔力で作り出した矢を放つ。

 弓なのに接近戦が可能となっているのが、彼女のアニムスマギア【省略スキップ】の力だ。



「行きます。【赤色魔法フランメル】ッ!」



 ルーフェが右手に炎の矢を持ったかと思うと、瞬きをした瞬間に弓が引かれ、気付けば放たれていた。



「なるほど、これが……ッ! 【転移魔術トランス】!」



 一部の手順を省略する力は、単純に隙が無くなるので厄介だ。

 矢を単発で射るルーフェの弓は、それがあるだけで連射が可能なのだ。



「転移しても無駄ですよ。ヘルツマギアは発動の瞬間、必ず音が聴こえる。術式を知らずとも、身構えるには充分な隙です」



 ルーフェはそう言いながら、私が転移した先を既に矢で射っていた。

 行動まで予測されているのか。でも矢は当たらない。



「透明色魔法……まぁただ壁を作っただけだけど、充分防げるッ!」



 ルーフェが次の矢を生成する前に、素早く杖を振ってヘルツマギアを発動させる。


 【光線魔術ラセルラディーオ】────その名の通り、一直線の光弾を放つものだ。

 範囲以外の威力、飛距離、速度は共に申し分ない。



「その程度なら簡単に避けられるッ! アタシだって、副団長なんだから!」


「でも、まだまだこれからだよ! 【光線魔術ラセルラディーオ】ッ!」


「いつの間にもう一発を!?」



 一発目の囮を避けたルーフェは、狙い通り、本命の二発目に直撃する。

 もちろん殺傷能力は抑えているので、軽くノックバックするだけだ。



「私の魔法で、左手だけ透明の壁で覆ったんだ。防音空間だよ。だからその中で指で弾いても音は聴こえない。もちろん、私にも聴こえてないからうまく発動出来たかどうかは撃ってみなきゃわかんないけど……実戦運用出来そうかな?」


「……なるほど、とんでもない才能ですね。魔法と魔術、両方を使ってヘルツマギアの弱点を補うなんて」


「ずっとってわけには行かないけどさ。────ルーフェももっと、思いっきり来なよ」


「……! ……そっか。アタシのために……」


「怒り、悲しみ、全部私にぶつけるつもりで! みんなのそんな暗い顔なんて見たくないからっ!」



 全員から、細いながらも黒い糸が見えていた。

 暗い……負の感情が高まれば、負の運命が訪れる可能性も高くなってしまう。

 『負の連鎖』というものに、少し似ている。


 でも、これも建前なのかもしれない。

 私の目の前で誰かが死んでしまうことから、負の連鎖から逃げたいが故に、誰かを救う。

 偽善……なのだろうか。



「アタシ、もっともっと強くなるよ。姉さんが暇になっちゃうくらい強くなる。みんなが自然と笑い合えるようになるために、アタシはギルドに入ったんだから! 【赤色魔法フランメル】……ッ!」



 ルーフェは笑みを浮かべ、炎の矢を射る。

 既に、省略して次の矢も放っていた。

 私のやり方を真似てきたのだ。



「よーし、ならこっちも! クレマツィー……おぅっ!?」



 同じ炎で対抗しようとした瞬間、私は後ろから頭を打たれてその場にしゃがみ込む。

 たんこぶが出来て、すごくいたい……。



「ね、姉さん!」


「こら~、ここは火気厳禁ですよ~」


「く、クラールさん」



 鞘に納まったままの大剣を肩に担いだクラールは、頬をぷくーっと膨らませていた。

 そんなデッカイ得物で殴らなくても……いたい……。



「ご、ごめん姉さん。ベルがアタシのために……」


「……ほあ~、二人とも仲良くなれたんですね~。心配していたのですが、大丈夫そうですね~」


「仲良く……あっ! け、敬語が……すみませんベル様!」


「いいよ、様とか言われる身分でもないしさ。私、ルーフェと友達になれそうだし!」



 今まで、エストレアが連れてきた客人だからと気を張っていたのだろう。

 こんな時くらい、少し休んでもいいはずだ。



「あ、ありがとう、ベル」


「改めてよろしく、ルーフェ!」



 初めて、ルーフェの気の抜けた笑顔を見れた。

 偽善だとか、負の連鎖だとか、いろいろ考えなければならないことはあるけど、今はひとまず、良しとしよう。



「ところで姉さん、どうしてここに?」


「……あ~。ベルには前にこっそり言っていましたけど~、例の黒騎士の情報が────」


「ルフトラグナたんの腕を斬った野郎はアタシがぶっ殺す……絶対殺す……」


「……ってなるからあんまり言いたくなかったのですよ~」


「あ、あぁー、なるほどね……」


「ハッ! そうだやっぱりルフトラグナたんのお菓子食べに行っても!? うへっ、ルフトラグナたんの手作り……うへへぇ~♪」


「う、うん! 大丈夫! 大丈夫だからそんな息を荒らげて迫らないで!」



 わからなくもないが、ルーフェのルフトラグナ愛はかなり、重かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る