『Total Eclipse』3/3

 ここが妖精国・ニンフェ。


 どの木も大きく、根っこが地面を隠していた。

 木と木を繋ぐ橋がかけられており、木の中はくり抜かれているのか、中から光が見える。

 あれがこの国の家なのだろう。

 そして、中でも一際巨大で圧を感じる大樹は、雲にも届きそうなほど高い。



「エストレア様! いったいどちらまで行かれていたのですか! あなたは確かにお強いですが、護衛であるアタシ.......じゃなくて、私を連れて行ってもらわなければ……! それに今は非常時なんですよ!」



 私が高層ビルでも眺めるかのように木々を見上げていると、弓を携えた赤髪のエルフが上から降ってきて、焦りながらエストレアに詰め寄っていた。



「ごめんなさいね、ルーフェ。至急、この子たちを保護しなければいけなかったの」



「この子たち……? んん? ……あっ、る、ルフトラグナた────様!? ……と、そちらの方は?」


「前に話したヘルツの教え子よ。ベル、この子はニンフェを拠点にした《調査団ギルド》の副団長、兼私の側近さんのルーフェ・ロゥ。真面目でかわいいでしょう?」


「か、かわっっ!? 帰ってきて早々茶化さないでくださいよ!」


「確かに……」


「ちょ、ベル様!? そ、そんなこと言っても何も出ませんからね!」



 と言って顔を逸らすルーフェの周りには、火の粉のようなものが浮かび上がっていた。

 感情が昂ると無意識に出るのだろうか。


 その後、私とルフトラグナはエストレアとルーフェの案内でギルドルームへ。

 ピリピリとした雰囲気の中、ニンフェギルド団長クラール・ハイが話し始める。

 ルーフェのお姉さんらしく、同じ赤髪の妖精種だ。

 ただ性格はと言うと……。



「それでですね~、クラールは獣国ベスティーさんからお手紙を頂いたのですよ~」


「ね、姉さんっ、もうちょっと緊張感を……!」



 まるで友達から貰ったかのように、例の手紙を広げながらクラールはのんびりと話す。

 クラールのペースに部屋のピリピリとした空気は一変し、メンバーたちが一斉に笑い出す。



「ガッハッハッ! ルーフェ、団長がこういう奴だってのはお前さんが一番よくわかってるだろうに!」


「いいんだよ、俺たちの団長はこうでなきゃな!」


「危機感はあるけど、緊張しすぎても失敗することの方が多いしねぇ」



 ルーフェが「まぁいつものことか……」とため息混じりに呟くと、クラールは微笑む。



「いつも苦労かけちゃってごめんね~」


「全く。ほら姉さん、ささっと読み上げちゃって」


「は~い!」



 呆れながらも、ルーフェのクラールを見る目から、とても尊敬、信頼していることが感じられる。

 仲のいい姉妹だ。



「『────どうか各国、気をつけてください。 ベスティーギルド団長・オショー』……ですって~」



 手紙をそっと閉じて、クラールはそれを大事そうにポーチにしまう。

 掻い摘んで説明すると、『獣国が襲われ、砂丘深くに埋まっていた《神色の魔石》が破壊された』。


 獣国ベスティーが保管する神色は、《漠餓石バクガセキ》。

 赫色かくしょくの魔石とも呼ばれるモノだ。

 その土地のほとんどが砂丘、荒地であるベスティーだが、その環境を作り出したものこそ、この漠餓石だ。



「そんな代物を破壊した人物って……」



 魔石を破壊するのはそう簡単に出来るものではない。

 私だって、魂石に魔力を流し込んでようやく砕いたのだ。

 漠餓石は魂石よりも大きく、また蓄えている魔力量も桁違いだ。

 それを壊したとなると、周囲に膨大な魔力が放出されて、何かしら変化があると思っていたけど……ベスティーは無事だ。

 環境に変化もなく、神色が失われたことと、街が魔物の軍勢に襲われた以外は問題なかった。



「……やはり、動き出したようね」


「え、エストレア様……何か……心当たりがあるのでしょうか……?」


「─────《魔王》よ」


「ま、魔王ですか……!?」



 魔王────それを聞いた瞬間、部屋にいたギルドメンバーたちは顔を俯かせる。

 先程までのほほんとしていたクラールでさえ、今は口を紡いでいた。

 ルフトラグナも怯えて、体を震わせていた。



「その、ヘルツから少しだけ聞いたことがあります。十数年前、勇者と共に行方がわからなくなった……って」


「…………えぇ、レイは……魔王を倒せて、いなかった……」



 震える声を必死に抑えようとして出てきたエストレアの言葉はか細く。

 深く哀しんでいた。



「それじゃあ……魔王が、ベスティーの漠餓石を……?」


「……いいえ、魔王が姿を現したのなら、今頃もっと酷いことになっているはずよ。だから、多分魔王の側近たちの仕業ね。魔石を破壊する理由は……恐らく、魔王の完全復活。勇者との戦いで無傷でいられるはずがない。無傷なのだとしたら、アレが隠れる必要もない。回復に魔力が必要なんだわ。凄い量の」



 完全復活するには魔力が必要で、魔王側近たちはその為に魔石の破壊を企んでいる。


 ……あれ、でも……ヘルツがで追っていた黒騎士・アレスは魔石ではなく、ルフトラグナの右腕を狙っていた。

 黒騎士は魔王側ではなく単独犯……? いや、ヘルツの読みが外れるのは考えにくい。


 ────とすると、何か別の理由があるという線が考えられる。

 しかし、それが何なのか、この場にいる誰も想像すら出来ないだろう。



「……今はとにかく、好き勝手やらせちゃいけない気がします。ヘルツを襲った奴がニンフェを襲いに来る可能性は高いですし、複数人同時に各神色を砕きに来ることも考えられます」


「わあ~、あなたすっごく頭がいいのですね~。それにかわいい~♪ ギルドに入ってくれないですか~?」


「えぁ!? かわっ……ってルーフェさんと同じ反応するとこだった……。クラールさん、嬉しいお誘いですが、ギルドへ入団するのはやめておき────」


「今ならお風呂付きの部屋をお貸しできるのですが~。そ~れ~に~……」



 クラールは私の耳元に顔を寄せると、静かに、私以外の誰にも聞こえないくらい小さな声で、「例の黒騎士の情報も、欲しいですよね」と、呟いた。



「……どうして私を、ギルドに入れたいんですか」


「ん~……勘です~♪ あなた何か不思議な感じがして~、いいものを運んできてくれそうなんですよ~」


「い、いいものって……」


「それにほら~。、見えてるじゃないですか~」



 クラールの言葉で、私はいつの間にかクラールの小指に巻き付いている赤い糸に気付く。



「────ッ! な、なんで糸が見えるんですか!?」


「え? 見えますよ~、バッチリくっきり~」


「……はぁ、姉さん、ちゃんと説明してあげなきゃ警戒されちゃうでしょ。すみませんベル様。姉さ……クラール団長は、相手が見ている光景を左目に映し出す【共視ミラーリング】というアニムスマギアを持っているんです」


「はい~。なのであなたが見えているものはクラールにも見えているのです~。でも~、あっちこっち視線を動かされると酔っちゃうので気を付けてくださいね~」


「それはまた難しい注文ですね……」


「ふぁいと~、お~♪」


「な、なるべく努力します」


「姉がご迷惑をおかけします。はうぅ……こっから先、不安だ……アタシの体持つかなぁ」


「ルーフェはクラールが守ります~♪」


「はいはーい、前衛任せたからね」



 《勇者》サハラ・レイが倒すことの叶わなかった《魔王》は、十年の時を経て今再び動き出す。各国に点在する《調査団ギルド》はどんな些細なことでも情報を共有し合い、魔王、及び魔王側近たちの居場所を探り始めていた。


 そして私とルフトラグナは、あれからニンフェに滞在し続けている。

 クラールの誘いもだが、エストレアからもお願いされ、正式に《調査団ギルド》へ入団したのだ。


 ……といっても、普段となんら変わりない。

 主な任務は魔物退治だし、魔王関連の調査は私なんかより経験豊富な人たちが行っている。

 今は任せて、私とルフトラグナは自分自身を守れるだけの力をつけることに専念する。

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