『Total Eclipse』2/3
「……【
家から少し離れた場所でボロボロの杖を振るい、私は火葬魔術を完成させる。
ヘルツがいなくなってから一週間が経っていた。
あれから連絡は一切なく、私とルフトラグナの二人だけでヘルツの帰りを待っていた。
その間、私は何度も努力を重ね、ヘルツマギアをなんとか発現させられるようになっていた。
まだ実戦は無理そうだけど……。
「んでもって……こう?」
私は左手の人差し指で素早く魔力を弾くと、【
「凄い上達しましたね!」
「うん、両手で同時……は、無理だけど。指でも出来るようになったし、ルフちゃんのおかげでこの通り────ッ!」
私はそう言うと杖を腰のポーチにしまって、右手に透明の魔力を握り薙ぎ払うと、目の前の火炎旋風をかき消す。
これは私の魔力が透明で、カラーマギアを使えないことを危惧したルフトラグナが教えてくれた『魔力を特定の形に固定させる』という方法だ。
「でもなかなか扱いづらいね」
「ヘルツさんは初見殺しになると言っていましたけど、本当に何もないように見えますね……確かにこれなら、不意をつけそうです」
ルフトラグナはそう言いながら私の手元を凝視する。
今、私の右手には剣が握られているのだが、それを目視することは自分自身にも出来ない。
透明色なのだから当然だ。
だから、刃の向きを把握していないと難しい。
「それにしても、もう一週間か……ヘルツ、どこに行ったんだろ……」
「書き置きもなしに、心配です……。ヘルツさんならどんな状況に陥っても大丈夫だと思うんですが……」
私はヘルツに絡み付いていた黒い糸を思い出す。
ドラゴンから逃げる時にも見た、赤と黒、二種類の糸……あの時私は赤い糸を辿ってヘルツとルフトラグナと出会えたけど、もし、黒い糸を辿っていたら……どうなっていたのだろうか。
「────あら、お家に居ないと思ったらこんな所にいらしたのね」
「あ、お客さんですか!? ごめんなさい! 何か御用で……えっ!? あっ、ど、どうして……」
突然の客人に、ルフトラグナは慌てながら謝ると、その顔を確認して、驚愕していた。混乱して言葉が出てこないようだ。
客人はライトグリーンの長い髪をした女性で、そのスタイルの良さには目が惹かれるが、何より長い耳が特徴的だった。
────エルフ、という種族だ。
この世界では妖精種に分類される。
この妖精種は他の種とは少し異なる点がある。
各属性魔力から誕生する、という点だ。
火や水、風、土などには《魔木》でなくとも魔力を有している。
それがある一定の条件を満たした時、妖精……または精霊と呼ばれる種が誕生するのだ。
「ルフトラグナ、久しぶりね。……そちらの方は初めましてかしら」
「……あ、はい! ベルと言います!」
「ベル……そう、あなたが……。初めまして、私は妖精国一代目女王、エストレア・ニンフェ・ルーンと申します」
「妖精国……ニンフェの女王様!? え、あっ、す、すみませんご無礼を……!」
「あらあら、そんなかしこまらなくていいのよ。頭をあげて?」
「は、はいっ!」
妖精王エストレアはまるで母のように微笑む。
この美貌で既に数百年は生きているというのだから驚きだ。
「え……エストレア様、護衛も付けずに一体どのようなご要件でしょうか……?」
私は口を開けば粗相を起こしてしまいそうなので、ここは混乱から落ち着いたルフトラグナに任せる。
顔見知りのようだし、ルフトラグナの性格なら大丈夫だ。
「ヘルツの件で……ね。実はかなり、大事になってしまっているの。少しお邪魔してもよろしいかしら」
ヘルツの件……一週間も姿を見せないことに関係しているのだろう。
私たちは部屋に移動し、ルフトラグナはぎこちない動きでお茶を注ぐ。
そして私とルフトラグナは、ヘルツのことで話を切り出したエストレアの曇る表情に不安を抱きながら、その話を聞いた。
────ニンフェ女王・エストレア。
妖精王なんて呼ばれ方もしていて、その美しさから世界的に有名な妖精種、エルフだ。
ニンフェの大樹が呑み込む《
「早速本題に入るわね。……一週間前、急用が入った私の代わりにヘルツが《神骸石》を見に来てくれたの。すぐ終わって戻る予定だったから、書き置きもしていかなかったのでしょうね。でも、私がヘルツを見送った後、彼女の反応が消失したのよ」
「消失…って、ま、まさか……!」
「……この星、いろんな生命に宿る……あるいはそこから生まれる魔力は、同じようで実は少し違うの。妖精種は魔力に敏感だからそういった魔力の違いを感じ取れるのだけど……死の瞬間、その個体が持っていた魔力は一気に体外へ放出される。簡単に言うと凝縮された匂いが周りに広がりすぎてわからなくなっちゃうってことね。
……だから、ヘルツが自分の魔力を、自分の意思で外へ放出すれば死と同じように、私たちは感じ取れなくなる。まだ生きている可能性は充分にあるわ」
そう言ったエストレアの目は、ヘルツの死を否定する強い意思を感じた。
私なんかよりも、ルフトラグナよりもヘルツといた時間が長いエストレアは、一層生きていて欲しいという気持ちが強いのだろう。
「それでね、ヘルツが生きていても、死んでしまっていても、現状はかなり最悪なのかもしれない」
「どういうこと……ですか?」
私は今の話を聞いて、ある程度の予測を建てた上で聞く。
「……さっきも言ったけど、ヘルツが生きていて、自分の持つ魔力を放出してまで自分の居場所を探知されなくするなんて……何かがあったに違いないわ」
この、自己魔力放出という行為は危険が伴う。魔法使いでも魔術師でも、どんな生物でも、魔力を感じ取るには魔力が必要だからだ。
つまり、自分の魔力と他の魔力による『共鳴反応』。
これがあるから、私やルフトラグナも周囲の魔力を感じることが出来る。
自分の持つ魔力を一時的にでも失うということは、カラーマギアやヘルツマギアを使えなくなるということだ。
「ヘルツさんは、何者かに襲われ、身を隠すために自身の魔力を放出して姿を隠した……ということでしょうか」
「そうよ。生きていても死んでしまっていても最悪というのは、あの焼結の魔術師・ヘルツですら勝てない何かが現れたということなのよ……」
私とルフトラグナは、その顔も知らない誰かに、恐怖を覚える。
ヘルツの凄さは近くで見てきてよくわかっているからだ。
だからこそ、そんなヘルツを追い込む相手が一体どれほどの者なのか、想像も出来ない。
「……あの時、止めておけば……」
「え……?」
「一週間前、ヘルツに巻き付く黒い糸を見たんだ。誰も気にしてなかったし、すぐに見えなくなったから私の気のせいかと思ったんだけど……アレは……このことを知らせていたんだ、きっと……」
この話を聞いて確信した。
私がたまに見る『赤い糸』と『黒い糸』────これは、善か、悪かの違いだ。
赤い糸は何かしら良い方向に進み、逆に黒い糸は悪い方向へ進む。
そう、私には『運命』が見えていたのだ。
「それがあなたの《アニムスマギア》なんですね」
「アニムスマギア……魂の力……でも、あの時……魂石に触れた時に発現した力は……」
エストレアの言う通り、こんな力はカラーマギアやヘルツマギアでは成し得ない。
その人が持つ超能力的な、奇跡に近い力。
一つの魂が成す一つの力……それが《アニムスマギア》。
じゃあ、それなら……あの時発現したこの『透明』は一体……。
「……二人とも、今からニンフェに移らない? ヘルツが狙われたのなら、次にあなたたちが襲われてもおかしくないわ。詳しい話もしたいし……」
エストレアがそう言った瞬間、私の目には赤い糸が見える。
……短い間でも、ヘルツ、ルフトラグナと家族同然に過ごしてきたこの家を置いて行くのは、少し心苦しい。
でも、今は自分を信じて、エストレアに着いていくのが正解なのだろう。
「……ルフちゃん、いい?」
「はい。ヘルツさんもわたしたちのことを心配してるでしょうし、ベルがそう言うのならどこへでも着いていきますよ!」
「ありがとう。エストレア様、少し出発の準備をしてきてもいいですか?」
「もちろんよ。一応この家の周りに防御結界を張るから、当分は誰も出入り出来なくなるわ。必要なものは持っていきなさい」
それから、私はヘルツの部屋から予備の杖と数枚の白紙。
植物図鑑や魔物図鑑をバッグに詰め込み、肩にかける。
ルフトラグナは護身用のナイフと、あの何も書かれていない本を手に、エストレアと一緒に私を待っていた。
「……あっ、これ……ヘルツのローブと同じ……」
そして私は、引き出しの中から綺麗に畳まれたマントを見つける。
それはヘルツがいつも着ているローブと同じようなデザインで、ヘルツが着るには小さいものだった。
畳まれたマントを広げると、一枚の紙が床に落ちる。
『もし私の身に何かあったら二人でニンフェに行け。お前たちのことはエストレアが知っているはずだから、きっと助けてくれるだろう。必要そうな道具は机のある床下に隠してある。』
ヘルツの字で、そう書かれていた。そして裏面には『黒騎士の名はアレス』とも。
「アレス……こいつがルフトラグナの腕を……。もしかしたらヘルツさんもこいつに……覚えておかなきゃ」
私は床下に隠された様々なモノを出来るだけ自分のポーチに詰め、ヘルツのメモをポケットに入れてマントを羽織る。
「戸締りよし! 持ち物よし! 準備完了っ!」
「それじゃあ、ベル、ルフトラグナ。行きましょう」
「「はいっ!!」」
私たちの帰る場所がエストレアによって光の膜に包まれるのを見届ける。
「────【
その瞬間……私たちは巨大な森に転移していた。
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