ChapterⅡ

『Total Eclipse』1/3

 魔術ヘルツマギアを知る過程で、魔法カラーマギアについても教えられた。


 なんでも、魔力はその人のイメージ次第で自在に変化するのだそうだ。

 《カラーマギア》とは、補助の役割を持つ簡易的な詠唱と、その人が想像した色、そして、そこから連想されるイメージによって形を成すもので、例えば赤色なら熱そうというイメージから火属性へ変化する。

 青色なら水属性、緑色なら風属性といった具合だ。

 こうしてイメージで自由に発現出来るのだが、個々で得意な属性は異なってくる。

 だから、ルフトラグナが使えるカラーマギアは【白色魔法リヒトア】だけらしい。


 対してヘルツが作り出した《ヘルツマギア》という魔術は、現在までに実戦利用の域に達している者はヘルツ本人のみ。

 それだけ難しいものなのだ。



「魔力は非活性状態の時、特殊な道具を使わない限り生物が目視することは出来ない。それでもそこに存在する粒子だ。そんな状態の魔力を使用することは不可能に近い。しかし、非活性魔力は特定の方向に弾くことで『音』を発することがわかった」


「だから杖を振った時に綺麗な音が鳴ったんですね」


「音色までは変えられないが、弾く方向によって音程が変化する。初めてイメージ以外での魔力活性化に成功し、術式として組んだのが《ヘルツマギア》だ。まぁパッと見は魔術師というより指揮者だな」



 そんな不可視の魔力という粒子を弾くことが大前提とされるヘルツマギアは、塵を突くという繊細な動きを求められる。



「で、出来るかな……私に」


「出来るさ。他の皆はカラーマギアの概念に囚われ、どうしても色をイメージしてしまって今まで成し遂げる者は現れなかったが……お前の色は透明だからな。もしかしたら、魔術の方が合っているのかもしれない」



 ヘルツはそう言ってくれたが、現実はそう甘くない。

 目を凝らせば見える塵とは違い、魔力は不可視だ。

 集中すれば魔力自体を感じ取ることは出来るが、その粒子ひとつひとつを感じるには相当の集中力を必要とするのだ。


 ────そして私が、塵を突くことが簡単に出来るようになった頃、ヘルツから一枚の紙を手渡される。

 そこには私でもわかるよう簡易的な矢印がたくさん書かれており、その方向に杖を振って魔力を弾けば音を奏でられるらしい。

 一定まで奏で、確定し、魔術を発現するという工程をするには、その楽譜を暗記しなければ実戦には到底使えないだろう。



「ドレ……ド……ラ……ミぃ……」



 私はその紙を凝視しながら、矢印の方向に指を振って呟く。

 指を振りながら呟くことで体と脳に覚えさせている。

 格闘ゲームのコマンドを暗記するのと同じものだと思いながらやってると、苦ではなかった。



「お疲れ様です。お茶、いかがですか?」


「あ、ありがとうルフちゃん!」



 ちょうど喉が渇いてきた時、ルフトラグナが気を利かせてカップにお茶を注いでくれる。

 ここ数日で打ち解けることが出来て、ルフちゃんなんてあだ名で呼んでいる。

 ヘルツも「堅苦しい喋り方はルフトラグナだけで充分だ」と言って以降、私は師匠として敬いながらも気軽に接することにしている。



「暴風魔術はドレミなんだよねー。えっと、方向は……上、下、左上か。術によって音の数が違うから覚えるのに苦労するよ~」


「やっぱりそうですよね。でも、あと一歩のところまで来たじゃないですか! ここからですよ!」


「うん、頑張るよ! っと、そういえばヘルツどこにいるか知ってる? 聞きたいことあるんだけど部屋にも居なくて」


「ん~……あっ、外……かな。この家の裏手にハシゴがあって、それで屋根の上にいけるんですけど、よくそこでお昼寝してるんですよ。危ないからやめてくださいって言ってるんですけどね」


「あー、上からなんか聞こえると思ったらそれか……わかった、ありがとうルフちゃん! ちょっくら降ろしてくるよ」


「はい、気をつけてくださいね!」



 屋根の上でお昼寝……日向ぼっこなんて、気持ちいいに決まってる。

 この家は街から少し離れた小さな森の中にあるのだが、丘になっていて街を見下ろすことが出来る。

 私は、正直やってみたくなって家の裏手、ハシゴに手をかける。



「────ああ、そうか……わかった」



 すると、誰かと話しているのか、ヘルツの声が聞こえてくる。

 教わった時、転移魔術を少しいじれば連絡用に声を飛ばすことも出来ると言ってた気がする。

 魔法でも同じことが出来るらしいけど、当然私はそんな器用なことは出来ない。



「それで……あ、いや、また連絡する。弟子が盗み聞きをしているものでな」


「うぐっ、ば、バレたか……」



 顔をひょっこり出していたからか、屋根の上でくつろぐヘルツに見つかってしまった。

 ヘルツは耳に添えていた手を下ろすと、特に気にしてないようでそのまま空を眺める。



「……今話してたのって?」


「相手は妖精国の女王様だ。少し、《神色かみいろの魔石》の状態をな。これは話していなかったか」



 ヘルツはゆっくり立ち上がると、屋根からぴょんと飛び降りて、まるで花弁のようにふわりと地に足をつける。

 私も急いでハシゴを降りると、景色を眺めるヘルツの言葉を待った。



「この世界には魔力の結晶、魔石と呼ばれるものがある。その色によって属性や能力が変わる、魔法に近い物だ。その中でも他に類を見ない特別な魔石を《神色かみいろの魔石》と言うんだ。まぁ、一番身近なものだと以前お前が砕いてくれた《魂石》だな。これは神色より、琥珀色と呼ばれることが多いが」


「ち、ちなみにあれっておいくら……」


「この家をあと四、五軒は建てられるくらいだ」


「聞かなきゃよかった……」


「気にするな。神色の魔石といっても魂石は小さいしそれなりに採れる」



 その言葉を聞いて、私はとりあえず、ひとまず、安心しておくことにした。

 うん、いつか返そう。



「魂石はどうでもいい。問題なのは各国に一つずつ保管されている神色だ」


「あ、そういえば本で読んだかも。国って、《中央大国・ヴァルン》に《東獣国・ベスティー》、《西妖精国・ニンフェ》と《南湖国・メアーゼ》……だよね?」


「そうだ。例えば妖精国ニンフェには《神骸石カンガセキ》という巨石があってな。あの国はその石を呑み込む大樹を神体として祀っている。あと有名なのは……ヴァルンの《渾沌色の魔剣・カオティックレコード》か」


「剣……それって石なの?」


「こいつだけ少し特殊でな、何故だか魔剣に加工済みなんだ。加工者は不明。ずっと昔から剣だったらしい。あんなものを加工するだけの技術者なら名の通った者のはずなんだが……。まぁ、この神色たちがその力を発揮した時、世界は終わるらしいぞ」


「そんな危ないものだったの!? 神とか言うからパワーストーン的なのだとばかり……」


「力を発揮せずとも、《神骸石カンガセキ》は見た者の精神を狂わせる。《渾沌色の魔剣》は封印されているが、その刃を振るえば全てを塗り潰す。そんなわけで、悪用しようとする者の排除や、神色たちの機嫌を毎日チェックしているんだ」


「でも《神骸石》は見た人の精神がぐあーっ! ってなっちゃうんじゃ?」


「あれは見る者によって色を変化させて狂わせるんだが、妖精王は自身の魔法で全てが保護されているから見ることは可能だ。だが、さすがに多忙な王が毎日チェックするのは難しくてな。時折私が見に行くんだ。色の見えぬ者は狂うことはない」


「そっか……その、目……大丈夫なの?」



 私は思わず、その銀の瞳を覗き込む。

 いつか全てが見えなくなってしまうんじゃないかという不安が込み上げる。

 だから、今のうちに私のことを、しっかり覚えていてもらうために。



「平気だ。赤が何色とか言われてもわからないし、変な色をした料理が運び込まれても躊躇わず口に運んでしまう程度だよ。しかし……お前たちが本当はどういう姿をしているのか、わからないのは考えものだな……」



 そう呟いたヘルツの背中はどこか寂しげで、見上げた空は灰色に染まっていく。



「お二人とも! 雨が降りそうなので早く帰ってきてくださーい!」



 窓が開き、後ろからルフトラグナの声が聞こえてくる。

 灰色だった雲は黒く、分厚くなり、かなり天気が荒れることを予感させた。



「……はぁ、よく変わるものだな」



 ヘルツは空を見上げながら懐から杖を取り出し、音を奏でる。



「目標固定、暗雲」



 杖を、五芒星を描くように振ると、今までとは比べ物にならないほど巨大な魔術陣が空に現れる。

 それは紅く燃え、今にも爆発しそうな勢いだ。



「【時焼魔術ホーロブルリーガ】────ッ!!!」



 その瞬間、空は紅く染まる。

 夕陽でも見ているかのような光景に一変し、気付くと分厚い雲は綺麗さっぱり無くなり、いつもの青空が広がっていた。


 その色の変化も、ヘルツには見えていないのだろう。



「ベル、大丈夫だ。この目が普通ではなくても私は私だ。……魔術を、力を得ても……例えば天候が目まぐるしく変わるようにお前が変わり続けても、空は空で在り続ける。お前はお前で在り続ける。私が保証しよう」


「う、うん………ありがと」



 私がヘルツの口からどうしても聞きたかったこと。


 私は私で在り続ける────。


 この世界に来てから私は、私という者がわからなかった。

 記憶は朧気だし、覚えてることもまるで用意された台本を読みあげているような感覚になる。


 窓や鏡に映る私……《ベル》は金髪だ。

 まさか前世で染めていたのかとも思ったが、色が落ちる気配は一向にない。

 少なくとも前の自分は黒、または茶髪だったはずだ。

 つまり、前とは違う身体なのだ。

 以前の自分と似ているが、似せて作られたナニカ。

 だから自分を見失いそうだった。

 ……でも、何かが起きたとしても。

 例えば記憶が戻ったり、さらに失ったりしたとしても、力や富を手にしたとしても、『私』は変わらず、『私』なのだという当たり前のことを、誰かの口から聞いておきたかった。



「それに、お前たち二人ならきっと、どんな苦難も乗り越えられるだろう」


「もちろん! ヘルツも、ルフちゃんもいる。だから私は乗り越えられ────! ……ヘルツ?」


「……どうかしたか?」


「あ、いや……なんでもないよ。大丈夫、きっと……」



 その時、私の目にはヘルツに絡み付く無数の『黒い糸』が見えていた。

 まるで鎖のように、黒い糸はヘルツを包んでいく。

 それでも、瞬きをしたらいつもの光景に戻っていた。

 だからきっと、大丈夫なはずだ。

 私は溢れてくる不安を忘れようと、ヘルツの腕に抱き着いた。



 ────しかし翌朝、ヘルツがいなくなった。

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