『Heliacal Rising』3/3
「────あー、次は机の上の整理っと。ってまた玉が……よく転がってるなー。それにどれも凄い高そう。これなんていう宝石だろ」
机の上にあった一際目立つ宝玉を手にして、私はそれをじっと見つめる。
透き通っていて、中はスノードームのようにキラキラと光が降っている。
気が抜けてしまいそうになる美しさだ。
「────ベル! それから手を離せッ!」
「……へっ?! 」
宝玉に目を奪われていると、突然目の前にヘルツが現れ、ビクッと身体を震わせ体が強ばる。
離せと言われたが、こんな高そうなものを落とすわけにもいかず、ビックリした拍子に逆に強く掴んでしまった。
────その瞬間、光が爆発した。
不思議と眩しさは感じない。
世界が白く塗られたような光景。
失っていく手足の感覚。
それだけだ。
「くっ! ベル! 焦らず今の感覚を継続しろ! 無知なお前でも何かしら感じ取れるはずだ。それが魔力。カラーマギアやヘルツマギア、アニムスマギアの根本的なエネルギー物質。それをその石ころに流し続けるんだ! じゃなきゃ死ぬぞッ!」
「死──────」
死ぬ? またあれを味わう? そんなの嫌に決まってる。
あんな怖いこと、もう二度と味わいたくない。
でも魔力を流すとはどうすればいい。
今の感覚? わからない。
でも、それでも……。
「……死にたくないんだからやるんだ私! やらなきゃいけないんだよ!」
あとがどうなるかなんてわからない……知ったことか。
だから今出来ることをする。
後先考えず、思いっきり力を込める。
手の感覚は無いが、その手にまだ宝玉があると信じて。
きっと何かあっても、ヘルツやルフトラグナなら何とかしてくれると、そう思えた。
────《
持たざる者にはその魂を目覚めさせ、既に力がある強欲な者には罰を与える。
しかし稀に、そのアニムスマギアをさらに強化させることがある……という噂だ。
そう、確証はなく、前例もない。
都市伝説のような話だ。
(……だが、私はそうは思わない。魔力は人の意思に作用して変化する。特定のイメージから色付き、特定の動きから音を立てる。つまり個人の行動次第だ。未だ詳しく解明されていない力なのだから、決めつけてはならない)
概念を固定してしまえば、それは本当の事になるだろう。
だから、この世間知らずの少女ならきっと────。
「うりゃあああああああッ!!!」
その瞬間、石は意図も簡単に砕かれた。
散った破片は消滅し、光も消えて、私は視界が戻り震える両手を眺める。
……これは、一体。
「……大丈夫、なのか?」
「わ、わかんないです。なんか……手の上に何かがある気がするんですけど、見えないんです」
「手の上……?」
ヘルツは私の両手をじっと見つめる。
ヘルツの瞳に映る私の手には……やはり何もない。
「まさか……」
そう呟いたヘルツは、私の手に触れる。
体温の高い暖かい手は、震える私を落ち着かせてくれた。
「……これは、アニムスマギアなのか? いやしかし、カラーマギアのようにも……だが明らかに普通のものじゃないな。……本来魔力は目視出来ず、その人のイメージによって色が付き、それに応じた属性へ変化して初めて見ることが出来る。これがカラーマギアという魔法の一連の流れだが、ベルのそれは、既にそれが成されている状態……ということか」
「い、色無いんですが」
「普通じゃないと言ったのはそれだ。使える色は誕生の瞬間から決まってるものだが、要はお前の色は透明色ということだよ」
「は、はぇぇ………」
そんな気の抜けた声しか出せなかった。
カラーマギアとか色とか言われてもわからないのだから、当然だ。
しかしこの先知っておかなければ、私は死ぬ。
「……あの、ヘルツさん。私……あなたの弟子になってもいいですか? 魔法とか魔術とか、知らないから、知っておきたいんです。じゃないと私、すぐ死ぬと思うので」
そう言うと、ヘルツは一瞬だけ驚いた表情を見せ、空を見上げてやがて呟く。
「あぁ、ちょうどいい。面倒事が減りそうだ」
「それ、昨日会った時にも言ってましたよね。めんどうなことって何なんですか?」
「……そうだな。昼ご飯でも食べながら話そうか」
ヘルツはそう言って、空に向かって手を振る。
そこには、一向に戻ってこないので心配して追いかけてきたルフトラグナが見えた。
────忘れかけていた買い出しも済ませ、綺麗に片付けられたリビングのテーブルに料理が運ばれる。
竜肉を使っているらしいのでビーフシチューならぬドラゴンシチューだ。
フランスパン付きでなかなかに豪華なお昼ご飯となっている。
「ベルさんも弟子入りするんですか!? わぁ! それじゃあこれから一緒に居られるんですね!」
「待て待て、まずベルにお前のことを話してからだ。共に行動する以上、関係ないというわけにはいかないからな」
「あっ……そう、ですね。ごめんなさい」
「あ、あー。えっと、それで話って?」
翼を縮こませ、しゅんとするルフトラグナが見ていられなくなって自分から切り出す。
「結論から言えば、私たちは右腕を取り返すことを目的としている。ずっと気になっていただろうが、右腕というのはルフトラグナの腕だ」
「やっぱりそれが関係してるんですね……どうしてそんなことに?」
「簡単な話だ。私が
簡単とは何だったのか。
魔王という言葉に、かなり大事のように感じる。
「お前のことだ、魔王が何なのかも知らないのだろう」
「あ、当たりです……」
「……はぁ、仕方ない。一から説明しよう」
ヘルツは少し面倒くさそうにため息をつくと、それはそれは丁寧に教えてくださった。
……古より存在する正体不明の生命。
魔を統べる凶星と、
魔王の出現から、その力に触発された魔物による被害は多発。
ここ数十年は特に活発らしい。
その話を聞く中で、ヘルツの言葉から《勇者》というものが出てきた。
十数年前、魔物の猛攻に対処しきれなくなり、『古の秘術』と呼ばれる召喚術が使用された。
その時召喚された勇者の名は《サハラ・レイ》。
どことなく日本人っぽい名前だ。
「やがてサハラ・レイが未だ誰も出会ったことのない未知の魔王と対峙した。そして……」
「そ、そして……?」
「勝敗はわからずじまいだ」
「えぇぇぇぇ! そこまで話しておいて!? お預けはつらいよ……」
「勇者サハラ・レイは消息不明。ただ魔王も同様だ。そして同時期、突如として巨大な森が生まれた」
「あ、だからあの時、二人は森に居たんだね」
「ああ。変化がないか度々調査している。名称は《魔木の森》。あの樹木、一本一本には魔石級の魔力が秘められているんだ。その魔力を狙ってか、魔物の数は比較的多い」
要するに私は、かつての決戦跡地に転生して来たということだ。
言わば最初から最終ステージに立ってしまったようなもの。
今生きていることが本当に奇跡だ。
「まぁそんなわけで、現在 《
「はい……その時にわたしは、何が何だかわからないまま、黒い鎧の人に右腕を……」
そう言うと、ルフトラグナは震える右腕を左手でぎゅっと押さえる。
肘と二の腕のちょうど中間辺りを斬られており、今は包帯がグルグル巻きになっている。
「ついでにルフトラグナについても調査中だ。天使種なんて聞いたことがないからな」
「もし、わたしと同じ種族の方が居るなら会ってみたいんですけど……昔の記憶が欠落していて……」
「記憶喪失……か……」
それはもしかして、私と同じ転生者なのではないか? という、そんな甘い期待はすぐに裏切られる。
「まぁ構造上はほぼ鳥類型の獣人種だからそんな深くは考えていないさ。天使の輪っかもご覧の通り無いしな。最初は魔法も使えなかったんだ。あの時は本当にめんどくさかったな……」
「おかげさまで使えるようになりました」
「その反面、ベルはもう少し楽に済みそうだ」
手間が省けることが嬉しいのか、ヘルツはにっこりと笑みを浮かべる。
「も、もしかして私に魔法の才能が!?」
「いや、透明色のカラーマギアなんて無いから私の得意分野を教えられる」
「えぇ~……それじゃあ私のカラーマギアは一体……」
「無色透明の魔力を用いて剣や盾を形成することくらいだろうな。維持するのに苦労はするが、初見殺しにはなるぞ」
「な、なるほど。そこにヘルツさんの得意分野……ヘルツマギアを組み合わせるってことですね!」
「ああ、そもそも私は生まれつき色が見えない目を持っているからカラーマギアを使えない。だからルフトラグナの時は面倒だったんだ」
そう言うと口元を薄い布で拭いたヘルツは席を立ち、自室に入っていく。
すると、木箱の中に沢山入っていた杖の中のひとつを手に取り、戻ってくる。
「とりあえず、この杖を使っておけ。私が作り出したヘルツマギアは繊細な技術が求められる。慣れれば指先でも発動は可能だが、まずはその細い先端で塵を正確に突っつくところからだ」
「お、思ってたよりも地味……!」
「その次は術式の暗記だぞ」
「うぐぅ……が、頑張ります」
「ルフトラグナはベルのサポートをしてやってくれ」
「はい! よろしくお願いしますね!」
「……うん。こちらこそ、よろしくね!」
こうして私はヘルツの元で、生きる術を学ぶことになった。
予想以上に地味で細かい修行だったが、ヘルツの実力は既に目の当たりにしてわかっている。
だから私は、師の言葉を真剣に受け止める。
ちなみに、この日のドラゴンシチューは以降私の好物リストに加わった。
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