『Heliacal Rising』2/3
「────さて、とりあえず自己紹介でもしておこうか」
ドラゴン撃退から数分。
ヘルツがまた杖を振り、トランス? なるもので森から木造の家に転移した私は、部屋の散らかりようにこの後の大仕事を想像しながらヘルツの言葉を聞いていた。
「私はヘルツ。魔術師だ。そしてそこの天使が……」
「ルフトラグナって言います。ヘルツさんの弟子……みたいなものです」
「よろしくお願いします! ……ベルって呼んでください!」
一条鈴という名を隠し、ベルと名乗る。
相手が横文字の名前だったから一応合わせる。
そっちの方が混乱させないだろうし、何より記憶も朧気なのだから、ここで新しいスタートを切るという意味で新たな名前を持つのも良いと思ったからだ。
それに、転生者という立場がこの世界でどういう立ち位置にいるのか把握出来ていない。
ドラゴンとの一件もあったので、これからは常に警戒・安全第一で行動する。
「まぁ、今日はもう遅い。森もいつも通りだったし、私はさっさと寝るよ」
「ご飯は大丈夫なんですか?」
「お前たち二人で適当に食べるといい。あと、空き部屋があるから使っていいぞ。物置だが」
「あ、はい! ありがとうございます!」
ヘルツは眠そうにあくびをしながら、ひとつの部屋の扉を指差す。
ローブをポールハンガーに掛けると、自室に入っていった。
「……えっと、実は買い出しが明日の予定であんまり食料ないんですよね……パンでいいですか?」
「あ、ありがとう! もうお腹ぺこぺこで……」
「ふふっ、ちょっと待っててくださいね。すぐ用意しますから」
柔らかな笑みを浮かべ、ルフトラグナはキッチンへ向かっていく。
ここに来てから初めての食事だ。
お腹も待ちきれないのか鳴りっぱなしで、少し恥ずかしい。
「それにしても……凄い本の数だね」
私はそこらじゅうに散らばる本を眺める。
本の表紙、タイトルの文字は不思議と理解出来た。
言葉も通じているようだし、その辺は適応しているのだろう。
『色という魔法の全て』、『これひとつで竜肉料理はカンペキ!』、『アニムスマギア大全』、『星、邪心を燃やして輝かん』、『勇者伝説シリーズ ~星果に降り立った者たち~ 1』等々……小説やら辞典やら様々なものが散らばっていた。
「ヘルツさんは優秀な魔術師としてギルドからクエストを依頼されることもあるんですけど、いろんなことの研究もしてて、それで散らかるばかりに……」
「ギルド……クエスト……そういうものあるのか。ヘルツさんはどんな研究してるの?」
「主に魔術ですね。たまに世界についてとか凄く大きな調べ物もしてますけど、それは趣味って言った方がいいですね。あ、聞いたことありませんか? 《ヘルツマギア》と呼ばれる魔術を。それを作り出したのがヘルツさんなんです。あの時風を起こしたのはそれなんですよ」
「作った!? す、凄いね……もしかして結構有名人……?」
「んー……名前は大きな街ではよく知られていますね。あまり外を出歩かないのでそこまで話題に上がらないですけど」
カップにお茶を注ぎながら、ルフトラグナは自室で眠るヘルツのことを思いながら話す。
「ってことは……ルフトラグナちゃんが使ってたのも魔術……えっと、ヘルツマギアなんだ?」
「あ、いえ。あれは魔法、《カラーマギア》ですよ。もしかして初めて見たんですか?」
「あー、うん。というよりドラゴンも初めてかも」
「それもですか?!」
「い、田舎から出てきたもんで……」
「へぇ……魔法もドラゴンも知らないところなんて、きっと凄く穏やかなところなんですね!」
「あ、あはは~……」
油断してるとすぐにボロが出てしまいそうになる。
少し身構えようかと思うも、目の前に美味しそうなパンとお茶が出され、一気に気が緩んだ。
やはり生物は、食欲には逆らえないのだ。
「いただきます! はむっ。んー! ふわふわだぁ! おいひぃ」
「お口に合って良かったです!」
この世界での初めての食事は、まるっこい手のひらサイズのパン。
ミルクのほのかな甘味を感じるそれを頬張ってみせると、ルフトラグナは嬉しそうに笑ってくれた。
────さて、あれから散らかった空き部屋で毛布にくるまって夜を過ごし、いろいろなことがあって疲れたのかぐっすり熟睡出来た。
……目覚めは最悪だったけど。
なにせ、いきなり凄い爆発音が聞こえて何事かと思えば外は土砂降りだ。
大粒の雨が屋根に打ち、今もなお続いている。
「ヘルツさんどうするんですかこれ! ここだけならまだしも、近くの街にまで雨が届いてるってさっき連絡がありましたよ!?」
「新しく水の魔術を作ろうと思ってな。夢でいいアイデアが浮かんだものだから、日が昇る前から術式を組んで────」
「範囲が広すぎなんですよ!」
「ちょうど自然の降雨と重なって効果が倍加してしまったらしい。まぁ別に雨くらい困らないだろう」
「買い出しにいけないじゃないですかぁ!」
気になって窓の外を覗いてみると、木々の奥、少し離れたところに建物が見えた。
あれがルフトラグナが言っていた街なのだろう。
「わかったわかった。それじゃあベル、部屋の片付けは任せたぞ」
「それはもうピッカピカにしてあげますよ!」
「ふっ、期待しておくよ。行くぞルフトラグナ」
ローブを着たヘルツは初めて笑みを見せ、またあの指揮棒のような杖を取り出すと、何かを描くように振る。
するとどうだろう、さっきまで真っ黒な雲から大粒の雨が降っていたというのに、一瞬で晴天となっていた。
そして、また鉄琴のような音が奏でられると、ヘルツとルフトラグナは忽然と姿を消していた。
この家に来る時にやっていた転移の魔術だろう。
「……さーって。やりますか!」
二人が買い物に行っている間に、事前に掃除道具の場所をルフトラグナから教えてもらっていた私は、早速部屋の片付けに取り掛かる。
まずは………足元の確保からだ。
多種多様な本を一旦退かし、天井の埃、窓の汚れ、床の埃、隅から隅まで綺麗にしていく。
どうやら、元々こういう黙々と作業をこなすのが得意らしく、あっという間に一部屋……リビングの掃除が完了する。
その後も掃除を続け、キッチン、風呂場などの水回りを終わらせる。
あとは空き部屋(私の)と、ルフトラグナの部屋、そしてヘルツの部屋だ。
「おぉ……ここがルフちゃんの部屋」
物自体がそこまで置かれてなく、いつも掃除はルフトラグナがやっているような口ぶりだったからわかってはいたが、掃除するところがないくらい綺麗にされている。
ベッドの上にはかなり大きめのサイズの本が置いてあったが、タイトルは無く、開いても白紙だった。
とりあえず隣の棚に移しておく。
「引き出しの中も綺麗にされてる……ここはやることないね」
本当にやることがないのを確認すると、私は隣の自室へ移動する。
ヘルツが物置と言っていた通り、かなりゴチャゴチャしていて寝づらいったらありゃしない。
あまり文句は言えないけど。
「それにしても本当にいろんな本があるなぁ、本棚に全部収まらない」
リビングに二つ、そして元物置部屋には三つ、それなりに大きな本棚があったのだが、整理整頓してもかなりの量の本が床積みになっていた。
ついでに言えば本だけでなく、よくわからない柔らかい物体とか、眼のような水晶とか、扱いに困るものも大量に出てきた。
「……これは、保留で」
危険なものかもしれないのでヘルツとルフトラグナが帰ってきた時に聞くとして、私はようやく、本命……いや、ラスボスへと立ち向かうのだ。
────魔術師ヘルツの部屋。
扉を開けた瞬間、今朝の魔術の名残りか濃い雨の匂いが広がる。
「うわぁ……」
魔術師というより科学者のような道具が机の上に散らばり、ここにもある本棚には、何度も繰り返し読まれたからか表紙が消えかけた本がビッシリ並んでいた。
床に放置された木箱には、ヘルツが持っていた指揮棒によく似たものが数本と、綺麗な色をした石ころが詰まっていたり、なかなか掃除のしがいがありそうだ。
「けほっ。よくこんなところで寝れるなぁ……」
長らく開いていなかったのかビクともしなかった窓を力ずく開き、せっせと掃除をしながら呟いた────。
「────ん、今何か言われた気が……」
「そりゃそうですよ、あんな雨降らしたんですから」
「だからあれは私がやらなくてもいつか起こっていたさ。たまたま術式が一発で上手くいって……あっ」
「ど、どうしたんですか? そんな顔を真っ青にして……」
街を歩きながらルフトラグナと話していたヘルツは、ふと何かを思い出して急に青ざめる。
「まずい、机の上に納品用の《
「……はい?! そ、それ! この前すっごい苦労してようやく見つけたって言ってたやつですよね!? 確か依頼内容はそれの納品……相場の倍の値で受けたって……」
「あ、あぁ……いや、最悪壊されてもいいんだ。それは私が片付けなかったのが悪いんだからな。だが……」
「ほ、他に理由が……あるんですか?」
「……
「覚醒……って、悪いことではないんじゃ?」
「元々アニムスマギアを持たない奴なら、だ。もしアニムスマギアを持つ者がうっかりで使えば、覚醒とは名ばかりの暴走を引き起こす。あれは爆弾だ。暴走したが最後、たとえ攻撃性のないアニムスマギアを持っていたとしても周囲を消し去り死に至る」
────ああ、本当に面倒なことになった。
ベルが無能なら良かったんだが……あいつは恐らく、自身の力に気付いていない。
魔法も魔術も魔物さえも知らない世間知らずなんて、どこのお嬢様だ。
まだ記憶喪失と言われた方が納得する。
「ルフトラグナ、暴走と言っても防御は通る。お前の技量なら容易いはずだ。私が見てくるから万が一のためにここで守りに集中しろ」
「で、でもそれって、ヘルツさんが……!」
「万が一がないことを祈ってろ」
もしもだ……。
もしも、暴走せずに能力が覚醒するなんていう異例があった場合。
それは彼女が普通ではないという証明になる。
そうなれば……私はきっと、利用する。
でなければ、ルフトラグナの右腕は…………。
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