9話眼『眼カクシ』
王宮に煙が上がっていた。
それは何者かが乗り込んだために上がった煙であった。
その煙の中には、一人の男がある少女を抱えて立っていた。
「まさかあれは……」
警備に来た兵士たちは動揺する。
そこにいたのは、魔王の仮面を被った男だったのだから。
サエルはすぐに指揮をとる。
「全員、迎撃用意」
サエルは冷静に対応していた。
しかし魔王が抱えている少女がリンカだと気づいた瞬間、サエルは少しだけ動揺していた。
「まさか……」
立ち塞がる兵士たちは、リンカを抱えた魔王に易々と手出しができなかった。
彼がリンカという王女を抱えているから。傷つけることはできない。
「お前ら、そこを通せ」
サエルは判断に悩んでいた。
そこへ、黒い翼を纏いし男が颯爽の如く現れた。
「おっと。魔王、王宮に乗り込んでくるんだね。一度私に負けているのに」
「ラファエロ」
その男ーーラファエロ。
彼は再びやって来た魔王を見て、不敵に微笑む。
「二度も負けるために来てくれたのかな」
「いいや。ただこの物語を終わらせようと思っただけだ。お前、眼について研究しているんだってな」
「ああ。死神の眼のことか。その眼なら実は最も素晴らしい逸材を見つけてしまってね。まさかこの国に死神の眼を持つ
「ま、まさか……」
死神の眼を持つ少女。
そこから連想されるのはたった一人。
ラファエロの翼の中からある少女が出てきた。
「レイ!?」
「ああ。あなたの知り合いだったのですか。しかし残念です。あなたがここへ来てしまったということは、この少女を取り返しに来たのでしょう。奪われるくらいなら殺しますけど」
ラファエロは眠っているレイの首に翼を当てる。
「さあどうする。それ以上進めば彼女の命はないぞ」
その時に過ったのは、目の前で死なせてしまったイェリクサーのこと。
「分かった。ならこの少女だけは返そう」
魔王は抱えていたリンカを下ろす。
するとリンカは真っ直ぐにラファエロの方へと走っていった。ラファエロはリンカへと手を差し伸ばす。
「さあ、戻ってきな。あなたの父上が心配しておられますから」
リンカはラファエロの手を掴むーー
ーーその刹那、ラファエロの腕が斬り飛ばされた。
「……は!?」
斬り飛ばされた腕を見て、ラファエロは固まっていた。
リンカの手を掴もうとしただけ。それなのになぜ腕が飛ぶのだろうか。
訳が分からず困惑していると、リンカは静かに口を開いた。
「俺がリンカに見えたか?だとしたら錯覚だな。俺は最初から魔王だったんだがな」
リンカがいたはずの場所には魔王が、魔王がいたはずの場所にはリンカが立っている。
「な、何が……」
「ラファエロ。俺が使える魔法は全部で百種類。それらを全て把握できているか」
「知るかよ。そんなもの」
「それは残念だな。知っていれば回避できたというのに。俺の魔法は認識を入れ換える。騙されたか?まあ元気だせよ。どうせお前は最初から俺には敵わないんだから」
魔王の煽りにラファエロは憤怒する。
すぐ側に立っているレイへ向け、翼を大きく振り下ろした。
だが既にそこにレイはいなかった。
「いない……」
「ああ。残念ながら、俺の魔法は他人を転移させることもできる。つまりお前じゃ俺には敵わないってことだ」
レイは既に背後にいるリンカのもとへと移動していた。
レイは相変わらず眠っており、そんなレイをリンカは抱えていた。
「リンカ、レイを連れて離れろ。ここは危険だ」
そう言う魔王の前には、黒い翼を肥大化させるラファエロの姿があった。
ラファエロの翼はみるみる大きくなっていき、次第には天井を破壊する。
「まずい。大精霊、遠くに転移だ。ここにいては被害が拡大するだけ」
魔王はラファエロとともに国の外れにある森へと転移する。
「ここなら本気で戦える。殺し合おうぜ。ラファエロ」
「今のあなたに全盛期ほどの力はない。ここであなたを滅ぼす」
森で戦いが始まった。
王宮では、取り残されたリンカはレイを抱えたまま、サエルたち兵士に囲まれていた。
「リンカ王女様。どうか帰ってきていただけますか」
「帰るさ。だからここに来たんだ」
すると、サエルの背後から一人の男が姿を現した。
「お父様……」
「リンカ……」
いざ対面になると、リンカが口を閉ざした。
何も言えず、ただ固まってしまった。
「リンカ、すまなかったな」
その言葉を聞いた途端、リンカは涙を流す。
「お父様、申し訳ございません。私……私は……」
「もう良い。そんなこと、もう良い。ただお前が帰ってきてくれただけで、私はもう何もいらない。だからリンカ、私の側から離れないでくれ」
ーー嫌われてると思ってた。
「失って、初めて気づいた。私はどれほどお前の笑顔に救われていたのだろうということを。私がお前がいなければ、寂しくて死んでしまう」
ーー私なんか必要ないと思っていた。
「リンカ、愛している」
ーーこんなにも愛されてるなんて、思ってもいなかった。
リンカは泣いていた。
気づけば涙が溢れていた。
こんなにも愛されていると知らなかったリンカは、父から受けた愛を知り、その愛に喜びと嬉しさを滲ませる。
ーーああ。私は生きていて良かったのだな。
リンカは父の温もりを感じながら、その喜びの中で泣いていた。
魔王とラファエロの戦いはし烈を極めていた。
未だその戦いには決着はつかず、木々を砕くほどの激しい戦闘が行われていた。
「爆裂の魔法。続けて突風の魔法」
魔王の魔法が繰り出される一方で、ラファエロは攻撃を受けながらも魔王へと攻撃をする機会を窺っていた。
しかし攻めきれず、ラファエロは傷だらけになりながら倒れた。
「氷結の魔法。凍りつけ」
ラファエロの全身は凍りつき、とうとう身動きがとれなくなった。
「ラファエロ。もうお前は終わりだ。死ぬ前に眼について教えろ」
「死神の眼について、ひとつ教えてあげましょう。そもそもこの世界はある眼球にできた世界。
「この世界が眼にできた世界?何を馬鹿げたことを言っている」
「馬鹿げたこと、などではない。この世界は……眼の世界。そして死神の眼を宿す少女ーーレイは……この世界を
その答えを言う直前で、ラファエロの心臓部に剣が投げられた。
「ラファエロ……」
「裏切り者、ラファエロ、処罰完了。任務を遂行しました」
魔王の背後には、青色のマントをつけた男が立っている。
「お前は……」
「じきに世界は終わる。だから冥土の土産に教えてやろう。俺は真眼教の五色司祭の一人、《青》のピリオドだ」
「世界は終わる?ふざけたことを」
「いいや。終わるんだよ。なぜならもう、眼が覚めたのだから」
ふと空を見上げると、そこには巨大な眼があった。
まるで空に描かれたように、眼があった。その眼はうるうると潤っており、まるでこの世界が眼の中かのような気分に囚われるーー
ーー実際、この世界は眼の中の世界である。
「そういえば死神の眼を宿した少女がいたな。既に大国を消失させている。やがて彼女の眼は暴走し、世界を滅ぼすだろう」
「レイに何かしたのか」
「いや。何もしていない。我々真眼教は何もしない。ただ少女の眼に宿った力は、世界を滅ぼすに匹敵する。そしてじきに眼が覚醒する」
ピリオドはそれを望んでいるようだった。
「レイ……」
魔王はすぐにレイのもとへと向かおうとする。
しかしピリオドは言う。
「もう遅い。空にあの眼が映ったということは、もうすぐ始まる。世界の崩壊が」
魔王は国のある方を見た。
そこには確かに国があった。何万何十万と人が住まう街があったーー。
だが、もうその国は跡形もなく消えていた。
「そんな……」
「破滅の始まりだーー」
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