6話目『消失した国』

 朝日の光もない漆黒の空に包まれた時間に、魔王は宿屋へと帰ってきた。

 大精霊は魔力を消費しすぎたために疲弊し、魔王もまた激しい戦闘や傷を負ったために疲弊していた。


 その疲弊の中、泊まっていた宿屋の部屋へと入った。

 そこではレイが待っていることだろう、はずだった。


 しかしその部屋のどこにも、レイの姿は見当たらなかった。

 どこにも彼女の姿はない。目隠しをしている状態で、一人で歩くことができるわけがない。

 その考えから、魔王はあるひとつの考えを頭に浮かべた。


「拐われたのか……」


 考えられることはそれしかなかった。


 魔王は焦燥に駆られていた。

 レイ、少女を拐われ、魔王は手に汗を握り、激しく動揺をしていた。その動揺は簡単に隠せるものではなく、レイはあっという間にその動揺にのまれていた。


(どうして護れなかった。俺は魔王のはずだ。世界最強のはずだ。

 その俺が居て、どうしてまた奪われる。イェリクサーも、レイも……。

 俺は結局何も護れないのか。俺は……)


 途方に暮れていた。

 護る、そう約束した相手を失った。

 護れなかった、約束は裏切られて。


「レイ……」


 魔王は宿屋の一室でただ静かに嘆く。





 その頃、聖ミハエル騎士団第二軍副軍隊長、アズマエは二十人ほどの兵を率いて、馬に乗ってアイランディア王国へと向かっていた。

 その国にはあらゆる種族が生息しており、七つの国家の中では稀な場所であった。


 あらゆる種族がいるがために、その国に所属する軍にはあらゆる種族がいた。

 精霊人、獣人、龍人、小人など、あらゆる種族がいるため、七つの国家の軍の中では異質な強さを誇っている。


 そこへ今から行こうというのだから、アズマエは激しい緊張感をもってその国へと向かったのだ。



 真夜中に、松明を持ってアイランディア王国へとたどり着いた。

 国の門、そこへ着いたが、門番などはいなかった。


「おかしいな」


 しばらく待ってみても、門前には誰も姿を現すことはなかった。

 違和感を募らせながらも、アズマエは国の中へと入っていく。しかしその国には誰一人の姿もない。


「どういうことだ……。なぜ誰もいない」


 人の姿が全く見えなかった。

 声も、姿も、影もない。


 アズマエはただ困惑する。


「アズマエさん、やはり王宮にも誰の姿もありませんでした」


 兵の報せを聞き、アズマエは首を傾げる。

 国から人が一人残さず消えるなどということが有り得るのだろうか。

 その疑問の答えはアズマエには到底理解できないものであった。


「これは一体どういうことでしょうか」


 兵は疑問する。


「戦った痕跡もない。ただ静かに国から人が消えるということは、普通は有り得ないだろうな。それでも消えたということは……我々が知らない何かが……その何かがこの世界にはあるということか」


 頭の中で現状を何度も咀嚼し、ようやくそう結論づけた。

 しかしそれが結論であったとするならば、この先この島にある全ての国は滅ぶだろう。


「お前ら、すぐに帰還する。この現状を早く国王様に伝えなくては」


 アイランディア王国より彼らはすぐに撤収する。

 馬を早く走らせ、急いで魔法国家エルドラゴンへと帰還する。




 彼らが帰還してすぐ、聖ミハエル騎士団の幹部と騎士長が玉座の前に集められた。

 彼らが就寝しようとしていた夜中のことであったため、空気は少しぴりついていた。


「ったく、要件を早く言え。わざわざ俺たちの貴重な睡眠時間を使っているんだ。どうでも良いことだったらお前の首を斬るぞ。アズマエ」


 聖ミハエル騎士団第一軍軍隊長サイコドレスは鋭い目付きでアズマエへ視線を送っていた。


「まあ聞け。それほどのことなのだろう」


 騎士長サエルはアズマエの表情から何かを察していた。


「アズマエ。アイランディア王国で見聞きしたことを話せ」


「はい。報告します。アイランディア王国の住人全ては、失踪しました」


 その台詞に、集められた幹部たちは動揺していた。

 アイランディア王国の人口は百万を越える。それほどの人が消えることなど本来ならばあり得ないはずだ。

 あり得ないはずのことが、起きた。


「一人もいなくなったのか」


「はい。一人の姿も発見することはできませんでした」


「なるほど。これは面白いことになったね」


 騎士長サエルはなぜか微笑みを身に纏っていた。

 それは国王も同じだ。


 それを不思議に思いながらも、アズマエは考えることに疲れていたために、詮索することはなかった。

 いや、考えることが怖かったのだろう。


 澄ました顔で玉座に座る国王は言う。


「原因は不明だ。だが対抗すべき手立てがなければ意味がない。よって、明日我々は国中から兵を募集する」


「兵を募ったところで、果たして未知の力に対抗できるでしょうか」


 アズマエはおぞましい表情で問う。

 それに澄ました顔で国王は答える。


「策を打たないよりは良いと思うがな。少なくとも、この国を護るためには今は兵が一人でも多く必要だ。だから今は見極める時期だ。未知の力の正体を」


 殺伐とした空気が王宮には流れていた。


 アイランディア王国の住人の消失。

 その噂は魔法国家エルドラゴン中に知れ渡り、知らない者はいなくなった。


 人々は未知の力に恐怖していた。




 その国の中心で、一人の青年は呟いた。


「死神に囚われているのは、一体誰かな」

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