第5話 鈴木は朝起きて異変に気がつく ③
鈴木はよろよろと電車から出て、整形外科へと向かった。
この整形外科は友人の父か経営しており、事情を話したところ営業時間より前に診てくれることになっていた。やや予定時間よりも遅れていたが、院長は元気よく彼を迎えてくれた。
早速診察が始まり、院長は慣れた手つきで鈴木の足を触っていく。
この道三十年の大ベテランだ。膝についての知識は鈴木の何億倍に及ぶだろう。
いくつか質問しながら膝周りの異常を探っていく。
「押されてどう、痛い?」
「いや、別に」
「ここは?」
「いや、痛くないです」
「ここは?」
「全く」
「え?」「ここは?」「ここは?」「ここは?」
「痛く……ないです」
「……本当に?」
「はい」
院長は怪訝そうな顔をした。鈴木は申し訳なく笑う。本当にどこも痛くないのだ。
押された感覚はある。だが、それだけだ。
「レントゲンで診てみよう」
「わかりました」
レントゲンを撮るために台に乗らなくてはならないが、それも困難だった。レントゲン担当の人の肩を借りながらえっちらおっちらよじ登る。
無事にレントゲンを撮り終えた後、またスタッフの手を借りて台から降り、待合室に案内された。
「お座りになってお待ちください」
「あ……はい」
優しさが逆に鈴木を苦しめる。鈴木は軽くその場でジャンプし、椅子に尻からダイブした。椅子には座れたものの、足は前方にまっすぐ伸びたままで、他のお客さんがいたら確実に邪魔だと激怒されるだろう座り方になってしまった。
まぁ、こうなるよな。
「鈴木さん」
それほど時間が経たないうちに結果がでた。壁を使いながら立ち上がり、診察室に入っていく。
院長の顔は曇っていた。それを見て覚悟を決める鈴木。
「何か……わかったんですか?」
「それがな……何もわからないんだ」
「へ」
「君の歩き方を見ていれば、君の膝に何か異常があることは明白だ。だが、どれだけ調べても君の足は健康そのもの。おかしな点は一つも見つからない」
「そんな! じゃあ俺は、一生この足で生活するんですか。何か理由をくださいよ」
「理由……身体に異常がないとなると……心理的な原因とか」
鈴木は唸った。
「心理に問題はありません。仕事も家庭も充実しています。そりゃストレスが全くないわけではありませんが、俺よりストレスを抱えている人なんてごまんといますよ」
「ううむ……」
院長は腕を抱えて天井を見上げた。鈴木はため息をついた。
「そろそろ会社にいかないと」
「あぁ」
「朝早くにすいませんでした」
「いや、いいんだ。俺も医者として恥ずかしいよ」
鈴木は背筋を丸めて、だが膝だけはまっすぐなまま病院を後にした。
会社まではまだ数駅ある。
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