第3話 鈴木は朝起きて異変に気がつく ①

 鈴木は目を覚ました。いつもの寝起きとは違う。今までこんなにも不快感を抱きながら朝を迎えることはなかった。寝ぼけてはいない。目はしっかりと開いている。

 横を見てさらに違和感が増加した。

 目覚まし時計も鳴っていない。人生において目覚ましよりも早く起きたことがあっただろうか。

 鈴木は体を震わせた。季節は秋に突入している。寝るときは暑かったから窓を少し開けていたが、朝にはもう肌寒い風が吹いている。この寒風のせいで起きてしまった?。

 鈴木は新たな異変に気がついた。

 何故視界に天井が映っているのだろう。

 鈴木の寝相は悪い。朝起きるといつも枕はベッドから放り出されているし、体は必ず横になってダンゴムシみたいに丸まって目覚める。

 それなのに今は仰向けで天井を見つめている。体はまっすぐに伸び、頭の下には枕が存在して。

 鈴木は再び体を震わせた。

 少し早いが、もう寝られそうにない。

 鈴木は起きることにした。いつもより早いとはいえ、隣で寝ていた妻はもう起きて朝食の準備をしてくれている。面目ない。たまには起きて手伝わなければ。

 鈴木は足をベッドから降ろそうと力を入れた。違和感に気がついたのはそのときだった。

 ……足が動かない。

 いや、正確には膝が曲がらない。膝の関節がまるでなくなってしまったかのように、動く感覚が掴めないのだ。腰は動く。足首も動く。膝だけが動かない。力が入らない。

「なにこれ?」

 一部分だけの金縛りだ。鈴木はあからさまに動揺した。心霊系の漫画やテレビを見るときには「幽霊いるわけないやん」と馬鹿にするが、実際自分の身に起こると素直に怖い。

「どうしたの?」

 鈴木の妻、祥子登場。鈴木の切羽詰まった声を聞いて急いでやってきたのだ。手にはフライパンが握られたままだ。

 鈴木よりも三歳年上の祥子は面倒見のいい性格で、何かと鈴木のことを引っ張っている。

 自分が早起きして朝食を作っているにもかかわらず、ぐっすり寝ている夫に多少の恨みはあるだろう。しかし、彼の鬼気迫った声を聞いた瞬間、心配しながら風の如く駆けつける。鈴木にはもったいない奥さんだ。

「ねぇ、どうしたの?」

 祥子は心配そうに尋ねた。

「膝が……」

「膝が?」

「……金縛りにあった」

 次の瞬間、祥子はその場に笑い転げていた。フライパンを手放し、地面に座って手で口を押える。

「ちょっと。ねぇ、ちょっと」

 鈴木は横目で笑う祥子を見つめる。

 ようやく笑いが収まってきた祥子は、胸に手を当てて何度が深呼吸をした。

「朝から笑わしてくれありがとう」

 そう言って帰ろうとした。

「いや、違う違う。帰らないで!」

「え?」

「膝が曲がんないの。力も入らない」

「え?」

 立ってみることにした。やはり、足に力が入らない。もがく鈴木を見て、ようやく祥子の顔にも困惑が生まれた。

 体をくねらせて床に足をつき、手で思い切りベッドを押す。力が足りない。鈴木は再び横になってしまった。

 もう少し力を入れてみよう。

今度は力を入れすぎた。一瞬二足で地面に立ったと思いきや、勢いが強すぎてそのまま前に倒れてしまう。

「うわぁぁ」

 夫婦そろって大きな声が出た。顔面が地面に激突する前に、鈴木は何とか両手を地面につき、祥子が彼を支えた。 セルフ「ミッションインポッシブル」だ。

 ヒヤリとした空気が流れ、夫婦は顔を見合わせた。

「本当に?」

「……うん」

 そのとき、隣の部屋から音が聞こえた。騒がしい足音とともに部屋の扉が軽快に開く。

「早朝からうるさいぞ、まったく」

「まったく!」

 お揃いの服を着た二人。鈴木家の子どもたちである。二卵性の双子で、男の子の方が汽瞬、女の子の方が真美。鈴木と祥子の騒ぎで起きてしまったのだろう。怒っている。

「子どもはよく寝ろって、いつも言ってるくせに」

「言ってるくせに!」

 祥子の手を借りながら立ち上がった鈴木を、小さな手でポコポコと叩く二人。足を叩かれた感覚はある。

「ごめん、ごめん」

 鈴木は笑いながら二人の頭を撫でた。

「もう起きる?」

 と祥子が子どもたちに聞いた。

「もう寝れないもん」

「起きる!」

「じゃ二人とも、顔を洗ってきなさい」  

 祥子はフライパンを拾い、子どもたちを洗面所に押していった。

 鈴木はしばらく和やかな雰囲気に笑みをこぼしていた。しかし、歩こうとして思い出す。

 ……膝が曲がらんよ。


「お父さん。なんで朝ごはん立って食べてるの?」

「お母さんに怒られたの?」

「……そんなとこ」

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