04-04-06 晋五 謝安・謝玄 下

 淝水ひすいの戦い前哨戦が洛㵎らくかんで行われた。劉牢之りゅうろうしが五千を率いて前秦ぜんしん軍の前鋒、「梁成りょうせい」を斬り捨てる。この勢いに乗じ、謝石しゃせきらは水軍陸軍を次々に進軍させた。その動きは厳正であった。

 対する前秦軍は淝水ひすいのそばにまで迫り、陣を敷く。そこに謝玄しゃげんがひとを遣わせ、このように伝えさせる。


「陣を少しくお下げになられよ。我らの渡河を待ちて、を決そうぞ。いかがか?」


 苻堅ふけんは晋軍の渡河を許すも、半ばまで渡ったところでの総攻撃を仕掛けようと目論み、兵らに下がるよう命じた。しかし、一度下がり始めた兵たちは止まろうとしない。加えて前秦軍後方に待機していた朱序しゅじょが、叫ぶ。


「秦軍、破れたり!」


 この声を聞き、前秦軍は恐慌に陥った。そこに謝玄が突撃をかけ、大いに前秦軍を打ち倒した。以上が淝水の戦いの顛末である。



 淝水の戦い後間もなくして、謝安しゃあんが死亡した。

 謝安の文才雅量はかの王導おうどうをも上回り、また徳をも持ち合わせた。いよいよ前秦軍が迫らんとしていたとき、朝廷内外のものは震え上がっていたが、謝安は平然とした様子で、謝玄しゃげんと別荘を賭けて囲碁をしていた。


 後日、客と囲碁を打っていたところに淝水の勝報が届けられる。謝安は書面を読み終わると自らの横に捨て置き、さして喜ぶ素振りもない。囲碁を終えたときに、いったい何の知らせが届いたのかと客が聞けば、徐ろに言う。

「小僧どもが賊を破ったようです」

 客を見送り、屋敷に戻った謝安は、そこではじめて喜びを爆発させた。その喜びようときたら、小躍りした勢いで下駄の歯を折っても気付かないほどだった。

 その自らの思いを押し留め、落ち着いたふるまいを取ること、かくのごときであった。

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