03-12-05 蒙求 西晋分 下1

衛玠羊車えいかいようしゃ 王恭鶴氅おうきょうかくしょう

衛玠(晋)&王恭(晋)

 西晋から東晋に疎開した名士衛玠は非常に美しく、幼いころ羊の引く車に乗っていた姿を人々から「玉人」と称えられていた。ただし最後は心労で死亡。暗殺説も疑われている。

 東晋末の名士、王恭。やはり彼も見目麗しく、鶴の羽で織った着物を羽織り町中を歩いていたところを「神仙かのようだ」と称えられている。しかし最後は政争に巻き込まれ死亡。

 美人薄命。えっ違う?


韓壽竊香かんじゅせちこう 王濛市帽おうもうしぼう

韓壽(世説)&王濛(世説)

 西晋の名臣、賈充かじゅうは皇帝よりお香を下賜されていた。賈充と、もう一人にしか与えられなかったという貴重なものである。しかしあるとき、部下のひとりであるイケメン、韓壽がその香りを漂わせていた。賈充の娘に見初められて逢い引きし、その時にお香を頂いたことが判明したのである。賈充は娘と韓壽を結婚させ、逢い引きをなかったことにした。

 東晋中期のイケメン王濛は身なりをあまり気にかけないたちでこそあったのだが、破れた帽子をおっ被り町中をぶらつけば、王濛の外見に惚れ込んだお姉様がたが王濛に帽子をプレゼントしてくるのだった。

 イケメンに女子夢中。


孟嘉落帽もうからくぼう 庾凱墮幘ゆがいたさく

孟嘉(晋)&庾凱(世説)

 東晋後期の名士孟嘉は酒に酔い、被っていた帽子を落としたことに気付かなかった。そのことを周囲にからかわれたのだが、それに対する返答がみごとなものであったため、まわりのものはむしろ感心してしまった。

 西晋末期の名士、庾凱。彼は同僚に睨まれており、あるときしたたかに酔わされ、そのために帽子を取り落してしまった。失言を引き出そうとするっ同僚だったが、庾凱はむしろ通常時以上の冴えを見せた切り返しをした上で、帽子を手で拾わず、頭を直接差し出して拾った。

 酔って帽子を落とすも、やはり智者はしゅごい。なお「帽子を落とす」は、現代の感覚では下着丸出しになっているのに近い。

 

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