03-09-03 晋二 天下統一 中

 陸抗りくこうが死亡すると、羊祜ようこはいまこそを討つべきであると主張する。しかし多くのものが反対。羊祜は嘆息して、言う。


「天下にて思うようにならんのは十のうち七、八にもなろうかな」


 とはいえ「杜預とよ」や「張華ちょうか」は羊祜の献策に賛同していた。羊祜は病を得ると、武帝ぶていに対し直接伝えたいことがある、と参内し、更に呉討伐を説いた。ついに折れた武帝は呉討伐を決意するのだが、病身の羊祜についてはかごに乗せてゆくべきではないか、と問う。


羊祜は答える。

「もはや呉の獲得に臣の力など要りますまい。むしろその後の陛下のご心労を憂うのみにございます」


 羊祜が死亡すると、杜預が鎮南大将軍に任じられ、荊州けいしゅう方面の軍事を統括することとなった。


 対する呉では、孫皓そんこうの乱脈ぶりがいよいよ甚だしくなっていた。このため杜預は速やかに討伐に出るべきである、と武帝に手紙を送ってよこす。手紙が到着したとき、武帝は張華ちょうかと碁を打っているところだった。張華は報せを聞くとすぐさま碁盤を押しのけ、討伐を開始すべきだ、と言う。そして武帝もそれを許可した。


 この話を聞いたとき、「山濤さんとう」が人に言っている。

「我らは聖人ではない。外が安んじれば内側に憂いが生じように。ならば呉をこのままにして外憂であらせ続けておいたほうが良いのではないかな」


 このとき山濤は吏部尚書であった。山濤は魏晋ぎしん交代直前のころに「嵆康けいこう」「阮籍げんせき」「阮咸げんかん」「向秀しょうしゅう」「王戎おうじゅう」「劉伶りゅうれい」」と深く交友を結んでいた。ひとびとは彼らを竹林七賢ちくりんしちけんと呼んだ。みな老荘の虚無の学問を修めており、礼法を軽蔑し、酒に酔うに任せ、世の中のことに興味を示さなかった。士大夫らもまた竹林七賢たちの振る舞いをしたい、放達のふるまいである、と讃えた。

 ただし山濤だけは世の中のことにも関心を向けていた。吏部尚書とはすなわち人材登用に関する職掌である。様々な適性に応じた人物を推挙し、武帝に上奏した。その的確さのため、ひとびとは山公さんこう啓事けいじと讃えた。



蒙求もうぎゅう


山濤識量さんとうしきりょう 毛玠公方もうかいこうほう

 竹林七賢なのに三公にまで上りつめている、山濤。その見識は凄まじく、老子を読んでもいないのにあっさり老子の境地にたどり着くし、孫子も読まないのに軍略のキモを一瞬にして見抜くのだった。

 時代が下り、りょうの人が、そんな山濤と並べ讃えるに値するのが毛玠である、と語っている。曹操のもとで働き、その人材登用ぶりは完全に才覚にのみ基づき、コネを差し挟む余地が一切なかった、とのことである。

 凄まじい見識を示した高官二人。


馬良白眉ばりょうはくび 阮籍青眼げんせきせいがん

 三国蜀に仕えた馬良は五人兄弟だったが、その中で最も優れていた。その特徴が白い眉であった。

 魏晋交代期に現れた竹林七賢のひとり、阮籍。彼は気に食わぬ相手と会うときには白目をむき、優れた人物と応対するときには黒目を明らかとした。

 優れた人間は選ばれる。


嵇呂命駕けいりょめいが 程孔傾蓋ていこうけいがい

 魏晋交代期の名士、嵇康けいこう呂安りょあんはお互い遠いところに住んでいたが、しょっちゅう駕に命じて遠路はるばる会っていた。

 また孔子も、「たん」と言う地で出会った賢人の「程子ていし」と意気投合して、車を止めて蓋、つまり屋根を傾けて話し込んだ。

 意気投合する二組の賢人ペアの、車にまつわるエピソードを引き合わせた感じだ。


仲容青雲ちゅうようせいうん 叔夜玉山しゅくやぎょくさん

 竹林七賢の阮咸は、その闊達さたるやまるで青空に浮く雲のようであった。

 同じく竹林七賢の嵆康はきりりとしたイケメンだったが、酒が入るとでろでろになり、「あれをくずおれた宝石の山というのだな」と山濤に言われている。

 竹林七賢はすてき。


呂安題鳳りょあんだいほう 子猷訪戴しゆうほうたい

 西晋の名士、呂安は嵆康とマブであった。あるとき嵆康の元に訪れてみると家族しかいない。がっかりした呂安は家の門に「鳳」と書いて立ち去った。「凡+鳥」である。

 王羲之の息子、王徽之。奇行で知られる彼はあるとき突然隠者の戴逵のもとを訊ねるのだが、玄関先に到着すると満足して引き返してしまった。

 はるばる友に会いに、しかし。


玄石沈湎げんせきしんめん 劉伶解酲りゅうれいかいてい

 劉玄石という人は千日間酒を浴びるようにかっくらい、千日間昏睡し、その後ようやく目覚めたという。

 劉伶は竹林七賢。酒にまつわるエピソードが竹林七賢には多いが、その中でも飲酒に特化している。あまりの酒癖に奥さんに禁酒を乞われたところ、「では神に祈りたい」と神に捧げる酒と肉を用意した。そして言う。「天は俺に飲酒の才能を与えた。飲むに決まってんだろ」と、供え物の酒を飲んで泥酔して寝た。

 酒にまつわるふたりの変人。


向秀聞笛しょうしゅうぶんてき 伯牙絕弦はくがぜつげん

 向秀は竹林七賢ちくりんしちけん嵆康けいこうと良くつるんでいたのだが、その嵆康が処刑された。後日ふと街角で寂しい笛の音を聞き、無二の友人のことを思い出し涙したそうである。

 琴の名人伯牙には鐘子期しょうしきという友人がいた。しかしその鐘子期が死んでしまうと、伯牙は「これでおれの琴を聴かせるべき相手はいなくなった」と琴を破壊した。

 友人の死にまつわる、音楽の話。

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