03-01-20 巻七 光武帝劉秀16

 光武帝こうぶていは収賄罪を決して許さなかった。大司徒の「欧陽歙おうようきん」が贈賄を犯したとき、欧陽歙が教えていた生徒ら千人あまりが釈放を願い出たが許さず、結局欧陽歙は獄中で死亡した。


 重用した臣下らは、宋弘そうこうをはじめとして、みな慎重謹厚な人物ばかりであった。光武帝の姉「湖陽こよう公主」はかつて夫を失い、実家に戻っていた。あるとき湖陽公主が宋弘を見かけ、たちまち気に入ってしまう。そこで宋弘が参内し光武帝に引見するにあたり、光武帝は湖陽公主を屏風の後ろに座らせ、言う。

「富めば交わりを替え、貴くなれば妻を変える、ということわざがあるね。人情とはそうしたものなのかな」

 宋弘は答える。

「貧賤の交わりは忘れるべからず、糟糠そうこうの妻は堂より下さず、とも申しましょう」

 光武帝は姉に向け、言う。

「これはだめそうですね」


 湖陽公主のもとに、人を殺した奴婢が逃げ込んできた。こんなところに逃げ込まれては役人たちも手出しができない。しかし洛陽らくよう令の「董宣とうせん」は、湖陽公主が外出するタイミングを狙って、湖陽公主と同じ車に乗っていた奴婢を叱りつけ、車から引きずり下ろし、殴り殺した。

 湖陽公主がこのことを光武帝に訴え出ると光武帝は怒り、董宣を召喚、奴婢と同じように殴り殺そうとする。すると董宣が言う。

「奴婢が殺人をしたというのに放置をするようなありさまで、どうして天下が治められましょうか。ならば臣にわざわざ手をお煩わせになるまでもありませぬ、自ら果ててみせましょう」

 そう言うと柱に頭を打ち付け、流血で顔を染め上げた。

 光武帝は小間使いに董宣の身体を押さえさせ、湖陽公主に謝罪するよう命じる。しかし董宣は腕を突っ張り、頑なに拒否。このため光武帝もついに折れ、「意地っ張り殿よ、もうよい」と、三十万銭を与え解放した。



蒙求もうぎゅう


董宣彊項とうせんきょうこう 翟璜直言てきおうちょくげん

 董宣は後漢ごかん光武帝こうぶていの臣下のひとり。光武帝の姉の召使いが殺人を犯したところ、姉は召使いを匿い、追及を逃れようとした。董宣、構わず摘発の上、殺した。すぐさま光武帝のもとに引っ立てられるたのだが、むしろ柱で額をかち割り、盛大に流血しながら「死ぬなら死ぬで構いませんが、善良な人を殺害した罪をきっちり裁かないってんなら、陛下、誰があんたの言葉を正しいと思うんです?」と直言。これには参ったと光武帝も苦笑し、董宣の振る舞いを認めるしかなくなった。

 翟璜てきおうも直言の人であった。の文侯が中山を滅ぼしたところ、本来そこは弟に封爵地として与えるべきであったにもかかわらず、自らの子に与えてしまう。これを翟璜に「仁ならざる振る舞いである」と直言を受け、激怒。しかし直後「任座じんざ」が「仁君のもとには直言の士がいる者だ、ならば文侯は仁君と言えよう」と言う。これに文侯も唸り、翟璜の言を受け入れ、褒美を与えた。

 主より不興をも恐れず直言をなし、主君を正しい方向に導こうとしたふたり。


顏叔秉燭がんしゅくへいしょく 宋弘不諧そうこうふかい

 顔叔子が小屋で雨宿りしたとき、いきなり壁が崩れた。壁の向こうには寡婦がひとり。男女が同じ部屋で眠るのはヤバいと婦人が去ろうとするも、顔叔子はまぁまぁと彼女のためにろうそくを継ぎ足し続け、ついぞ手は出さなかったという。

 宋弘は光武帝の時代の人。光武帝の姉が未亡人になったので、宋弘の所に後妻に出すのはどうか、と言う話になった。ただそれは宋弘の今の妻と離縁することを意味する。そこで宋弘、栄達よりも今の妻との絆を取った。

 女性に対して貞節を示したふたり。

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