02-04-03 漢二 文帝劉恒 下
前 166 年、食料庫を司る
「死者が復活することはありません。斬られた身体が戻ることもありません。ならばどうか、この私の身を奴婢として取り上げ、父の罪をあがなわせてくださいませ」
その訴え出に文帝は感じ入り、以後肉刑、すなわち身体欠損刑は撤廃された。
この年もやはり年貢が半減された。
前 164 年、
前 158 年、
前 157 年、文帝が死亡した。
在位の間宮殿や庭園、それどころか馬車や衣服に至るまで新しく作ることもなかった。あるとき宮殿にバルコニーを新設したいという話が出たので工匠に見積もりを取らせたところ、百金がかると算出された。それを聞き文帝は設置を取りやめとしている。「中流人の家十軒分の費用ではないか! そんな財産を傾けて設けられるものか」とのことである。
寵愛する
「
文帝の意図は民の徳化であった。そのため当時の公卿や大夫は風流篤厚、人の過ちをあげつらうのを恥とした。上流から下流にまで文帝の意図は行き渡り、このため国内は大いに安定した。人々には家が行き渡り、不自由なく暮らしていた。これだけの平和な時代は後世にもあり得なかったほどである。
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