01-03-06 周 厲王まで

 成王せいおうが死亡すると、子の「康王こうおう」が立つ。この二代の間は平和であった。子の「昭王しょうおう」は楚で溺れて死んだ。「穆王ぼくおう」のときに「じょ」に封じた偃王えんおうが乱を起こした。穆王は「」に命じて徐を討伐させた。更に穆王は臣下の諫めも聞かずにむやみに軍を起こして犬戎けんじゅうを征伐。これにより辺境の民は周を敬わなくなり、諸侯らの間にも不和が起こった。

 そこから「共王きょうおう」「懿王いおう」「孝王こうおう」「夷王いおう」と代が続く。夷王の時には楚が王を自称し始めた。


 夷王が死ぬと、暴君「厲王れいおう」が立つ。好き放題した上告げ口を奨励し、厲王への批判をする者がいると聞いたら即殺させた。道ばたにさらされた被害者の死体をみて「これでまたそしりを防いだぞ」と言う。

 ある人が「臭いものに蓋をしただけでしょう。人の口を閉ざさせるのは川の氾濫を防ぐよりも難しいことです。ため池が決壊すれば多くの人を傷つけましょう。ならば飛語を力で押さえつければ、その反動がいかほどのものになりますことやら」と諫めたが、厲王は聞かなかった。

 結果、反乱が勃発。厲王は「てい」に亡命し、王の不在に成り代わり「周公しゅうこう」「召公しょうこう」が国事を代行した。厲王は亡命先で死んだ。



詩経 小雅 節南山之什

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/16816452218731743689

小雅及び大雅は、その後半に国主の政治のひどさをなじる詩が続きます。たくさんあるのでいちいちは紹介しませんが、「ほんまいい加減にせいよお前ら」感が漂っていて素敵。

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