節南山之什(せつなんざんのじゅう)

節南山(引用38:乱政糾弾)

節南山せつなんざん



節彼南山せつかなんざん 維石巖巖いせきげんげん

赫赫師尹かくかくしいん 民具爾瞻みんぐじせん

憂心如惔ゆうしんじょたん 不敢戲談ふかんぎだん

國既卒斬こくきそつざん 何用不監かようふかん

 かの終南山の岩肌はごつごつと。

 尹氏の権勢は明らかで、

 民よりの注目を得ている。

 しかしそのまなざしは憂鬱なもの。

 冗談やからかいの言葉もなし。

 今や国も滅びかねぬ有様なのに、

 なぜ尹氏はそれを顧みないのか。


節彼南山せつかなんざん 有實其猗ゆうじついい

赫赫師尹かくかくしいん 不平謂何ふへいせいか

天方薦瘥てんほうせんさ 喪亂弘多そうらんこうた

民言無嘉みんげんむか 憯莫懲嗟せんばくちょうさ

 かの終南山の実りは豊か。

 尹氏の権勢は明らかで、

 その人事は平等ではない。

 ゆえに天よりの罰が大いに下され、

 争いごとが広がっている。

 民からは喜びの声も上がらぬが、

 それでもなお尹氏は顧みぬ。

 

尹氏大師いんしだいし 維周之氐いしゅうしてい

秉國之均へいこくしきん 四方是維しほうぜい

天子是毗てんしぜび 俾民不迷ひみんふめい

不弔昊天ふちょうこうてん 不宜空我師ふぎくうがし

 尹氏は重大な家門、周の柱石。

 国のバランスを保ち、

 四方との調整を図るもの。

 王を助け、民を迷わせぬよう

 図らうべきもの。だというのに、

 かれは天を軽んじている。

 どうか臣下らを蔑ろとなさらぬよう。


弗躬弗親ふつきゅうふつしん 庶民弗信しょみんふつしん

弗問弗仕ふつもんふつし 勿罔君子こつぼうくんし

式夷式已しょくいしょくい 無小人殆むしょうじんたい

瑣瑣姻亞ささいんあ 則無膴仕そくむぶし

 王はすべてを尹氏に投げ、

 自らは何もなさらぬ。

 故に民も王を信じはせぬ。

 王は賢人に国政を問わず、

 そもそも側に仕えさせない。

 君子を蔑ろとせぬように。

 公平な人事で、えこひいきをやめ、

 つまらぬものにご政道を

 かき回されぬようになされよ。

 つまらぬ姻戚関係を排除なさり、

 つまらぬ者をそばに置かれぬよう。


昊天不傭こうてんふよう 降此鞠訩こうひきくきょう

昊天不惠こうてんふけい 降此大戾こうひだいれい

君子如屆くんしじょかい 俾民心闋ひみんしんけつ

君子如夷くんしじょい 惡怒是違あどぜい

 大いなる天よりの幸いはなし。

 あるのはただ、不幸ばかり。

 大いなる天よりの恵みはなし。

 あるのはただ、災いばかり。

 王が君子であればこの事態に気付き、

 民の不満を和らげようものを。

 王が公平を期したのであれば、

 彼らの怒りも収まろうものを。


不弔昊天ふちょうこうてん 亂靡有定らんびゆうてい

式月斯生しょくげつきせい 俾民不寧ひみんふねい

憂心如酲ゆうしんじょてい 誰秉國成すいへいこくせい

不自為政ふじいせい 卒勞百姓そつろうひゃくせい

 しかし王は天下を顧みず、

 故に乱が収まることもない。

 月を追うごと新たな乱が生まれ、

 人々が安らぐことはない。

 憂いは二日酔いのごとく、

 重くのしかかる。

 ああ、誰かにご政道を摂ってほしい。

 政の機能せぬこの国にあり、

 民は疲弊の極みにある。


駕彼四牡がかしぼ 四牡項領しぼこうりょう

我瞻四方がせんしほう 蹙蹙靡所騁しゅくしゅくびしょてい

方茂爾惡ほうもじあく 相爾矛矣そうじぼういー

既夷既懌きいきえき 如相醻矣じょしょうしゅういー

 我が馬車の手入れは行き届き、

 馬たちの意気も盛ん。

 しかし四方を見渡せば、

 領地は削り取られ、満足に馬車を

 駆け巡らせることもできぬ。

 尹氏よ、そなたが悪逆の限りを

 尽くすのであれば、

 そなたをこの矛で切りつけよう。

 そなたが己の愚かさに気付き、

 改心してくれるのであれば、

 その思いに私も応えよう。


昊天不平こうてんふへい 我王不寧がおうふねい

不懲其心ふちょうきしん 覆怨其正ふくおんぜせい

家父作誦かふさくよう 以究王訩じきゅうおうきょう

式訛爾心しょくかじしん 以畜萬邦じちくばんほう

 天下は尹氏の暴虐に苦しむ。

 王もまた心安らかではおられるまい。

 だというに、尹氏は心改めず、

 むしろ正しき人を恨むありさま。

 家臣たちの代表として、

 いまこの歌を詠み上げた。

 それはこの国の兇状を

 糾弾せんがためである。

 尹氏よ、どうか想いを改め、

 天下を養いたまえ。



 

○小雅 節南山


周の幽王、即ち西周にとどめを刺した王を激烈に非難する詩である、とする。ただし伝記史料に尹姓の者はおらず、となればおそらく「尹氏」で官職を指すのであろう。後世にも河南尹、京兆尹、丹陽尹など、首都機能の管理者として尹は用いられておる。そうすると、幽王の周辺で好き放題をし、最終的には犬戎により、西周とともに殺された佞臣、虢石父辺りに比定するのがよかろうか。別説では名将・尹吉甫の子であるとするものもあったり、さらに別説では「いやそもそもこれ西周じゃなくて東周の頃の風刺詩でしょ」とする説もある。まぁどのみち、この天ひいては王に対する激烈な怒りの表明は、「天が絶対的なもの」であるとする観点からはやや様相を異にしている雰囲気がうかがわれ、興味深い。




■「具瞻」みられているぞ

例によってどさっと出てまいった。一つ一つに解説をすると地獄となるレベルである。ではどうぞ。


・三國志5 文昭甄皇后裴注

陳群雖抗言,楊阜引事比並,然皆不能極陳先王之禮,明封建繼嗣之義,忠至之辭,猶有闕乎!詩云:「赫赫師尹,民具爾瞻。」宰輔之職,其可略哉!

・三國志10 賈詡裴注

三公具瞻所歸,不可用非其人。

・三國志14 蔣濟

臣備宰司,民所具瞻,誠恐冒賞之漸自此而興,推讓之風由此而廢。

・三國志24 高柔

今公輔之臣,皆國之棟梁,民所具瞻,而置之三,

・三國志42 孟光

夫耄朽,不達治體,窮謂其法難以經久,豈具瞻之高美,所望於明德哉。

・晋書2 司馬昭

上闕在昔建侯之典,下違兆庶具瞻之望。

・晋書5 評

尋以二公、楚王之變,宗子無維城之助,師尹無具瞻之貴,至乃易天子乙太上之號,而有免官之謠。

・晋書9 司馬昱

以具瞻允塞,故阿衡三世。

・晋書33 鄭沖

可謂朝之俊老,眾所具瞻者也。

・晋書34 羊祜

是以名德遠播,朝野具瞻,搢紳僉議,當居台輔。

・晋書37 司馬虓

既惜所在興異,又乙太宰惇德允元,著於具瞻,每當義節,輒為社稷宗盟之先。

・晋書38 司馬肜

為宗師,朝所仰望,下所具瞻。

・晋書38 司馬攸

佐命立勳,劬勞王室,宜登顯位,以稱具瞻。

・晋書38 評

齊王以兩獻之親,弘二南之化,道光雅俗,望重台衡,百辟具瞻,萬方屬意。

・晋書41 魏舒

何竟起訖還臥,曲身回法,甚失具瞻之望。

・晋書50 秦秀

然資性驕奢,不循軌則。『詩』云:「節彼南山,惟石岩岩,赫赫師尹,人具爾瞻。」言其德行高峻,動必以禮耳。

・晋書74 桓豁

伏願陛下回神玄覽,追收謬眷,則具瞻革望,臣知所免。

・晋書75 王坦之

今僕射臣安、中軍臣沖,人望具瞻,社稷之臣。

・晋書86 張寔

君世篤忠亮,勳隆西夏,四海具瞻,朕所憑賴。

・晋書93 王濛

文武異容,豈可令涇渭混流,虧清穆之風,以允答具瞻,儀形海內!

・晋書98 沈充

三司具瞻之重,豈吾所任!

・晋書100 祖約

約幸荷殊寵,顯位選曹,銓衡人物,眾所具瞻。

・晋書125 乞伏乾歸

庶能摧彼凶醜,以副具瞻。

・晋書125 馮跋

明公位極塚宰,遐邇具瞻,諸弟並封列侯,貴傾王室,妖見裏庭,不為他也。

・晋書128 慕容超

鐘,國之宗臣,社稷所賴;宏,外戚懿望,親賢具瞻。

・晋書128 慕容超

尚書令韓范德望具瞻,燕秦所重,宜遣乞援,以濟時難。

・宋書42 王弘

明公位極台鼎,四海具瞻,劬勞夙夜,義同吐握。

・宋書55 徐廣

要當俯順羣情,抑揚隨俗,則朝野歡泰,具瞻允康矣。

・宋書79 文五王 劉褘

朕在位甫爾,卹義具瞻,仍值終阻蜂起,日耗萬金,公卿庶民,傾產歸獻。

・魏書19上 廣平王洛侯

肇任居端右,百僚是望,言行動靜,必副具瞻。

・魏書21上 元詳

王位兼臺輔,親懿莫二,朝野屬賴,具瞻所歸。

・魏書22 清河王懌

靈太后以懌肅宗懿叔,德先具瞻,委以朝政,事擬周霍。

・魏書53 李沖

至於三元慶饗,萬國充庭,觀光之使,具瞻有闕。

・魏書83上 馮誕

式準前迹,宜契具瞻。

・魏書84 陳奇

君朝望具瞻,何為與野儒辨簡牘章句?

・魏書93 王叡 子王襲

都曹尚書曹百僚之首,民所具瞻。

・魏書108-4 礼志四

具瞻所誚,無所逃罪。

・世説新語 徳行30劉注

値永嘉亂,投跡楊土,居止京邑,内持法綱,外允具瞻,弘道之法師也。





毛詩正義

https://zh.wikisource.org/wiki/%E6%AF%9B%E8%A9%A9%E6%AD%A3%E7%BE%A9/%E5%8D%B7%E5%8D%81%E4%BA%8C#%E3%80%8A%E7%AF%80%E5%8D%97%E5%B1%B1%E3%80%8B

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