探し人はだれ?

 とても温かみのあるふくよかなおば様に案内され、たどり着いたは工場長室の扉前。



 なんの飾り気のない扉。本当にこの先に貴族がいるのだろうか、なんて無粋な疑問が湧いてきます。



 とにかく、扉を手の甲で四回叩くと、返事はすぐに来ました。



 どうぞ、とどこかおかしなニュアンスで男の人の声がしました。適当に評価をするのなら、動揺でもしているのでしょうか。



「失礼します」



 そう言って扉を開けると、何となくは予想はついていた光景がそこに広がっていました、



「あぁ、君がトマス・マークウェイン君?すまないね、歓迎の準備が整ってなくて」



 扉を開けてすぐ目の前にいたのは、血色の悪い細身の男でした。見た目だけでは分かりませんが、恐らくは30代前半か二十代後半でしょう。



「いえ、私はトマス博士の代理のレイラ・マークウェインと申します。こちらこそ、事前に連絡出来ず申し訳ありません」



 いえいえ、とその紳士は私を席に案内した。



「とにかく、立ち話ではいけませんので」



「ええ、ありがとうございます」



 そうして、彼との対談が始まったのでした。




















 小さな窓から差し込む光と、人工のオレンジ色の光で照らされているその工房に彼は立っていた。



 マスタード色のシルクハットを身につけ、同色のズボンをサスペンダーで吊っている彼はトマス・マークウェイン。この工房の所有者にして、この街で栄誉ある発明家達の一人。彼の小さな体からは想像がつかないほどの、そして身の程にも余る栄誉の持ち主。その証拠は、新聞紙の切り抜きとして工房の壁を埋め尽くさんとばかりに貼り付けられている。



 しかし、どれだけの栄誉を得られようとも彼の懐は寂しいままだった。いや、彼の行為に対する相応の対価は確かに支払われている。けれど、彼はその対価を直ぐに消費してしまう。その行為の理由は彼の助手であるレイラでさえ知らない。どちらにせよ、彼は生活を続けるために稼ぎを得なければならなかった。



 そうして、辿り着いたのがこの稼業━━━━━━"探偵業”紛いの何でも屋。依頼の内容に制限がないのなら、自ずと客は入ってくるだろう、と考えた末に開いた稼業。



 少年は壁に飾られた表彰状の上から乱雑に貼られた新聞の切り抜きと睨み合いを繰り広げていた。



 内容はどれも人攫いの事ばかり。



 南区7番通りで少女の誘拐、警察が捜査中。著名貴族の■■■氏が行方不明、ギャングが関係か。西区、誘拐事件の被害者が遺体で発見、集団暴行の末に死亡か。



 目を逸らしたくなるほど凄惨な事件ばかり。



 顎に手をあて、思考にふける。



 最近話題のこの事件の数々。



 それに今回の″人探し〝。




 関係性があることは間違いない。いや、むしろ無いと言う方が難しい。




 なら、問題はその探し人が"どこにいるのか”、そして、"誰が原因”なのか。それをハッキリとさせなければならない。これらを事件が繋がっているのなら、手掛かりは掴めるはず。




(彼女ばかり、働かせる訳にはいかない)




 少年は壁から、一枚のスクラップを剥がす。




 それは誘拐事件とは関係の無い記事だった。




 けれど、確かにその内容は彼の目を引くには十分なものだった。




「これって……」




 どうやら、さっそく面白いモノを見つけたようだ。




 少年はゆっくりと口角を上げた。




















「婚約者?」




 我ながら間抜けな声で応えました。




「ええ、そうです。そこの写真に写っているのが彼女です」




 そう言われ、エヴァン氏の指差す方へと顔を向けます。恐らくは彼のデスクであろう、その上にいくつかの写真たてが置かれていました。ほとんどは、椅子の方に向けられていますが、たったの1枚だけこちら側に顔を見せていました。




 少し、距離があったので目を細めます。ですが、後悔しました。なぜなら、その写真に写ったその美貌に目を奪われてしまうのですから。




「綺麗な人……」




 つい、口から零れたのは紛れもない本心でした。




 無理もありません、




「自慢の妻ですよ、彼女は」




 エヴァン氏がはじめて穏やかな顔で言いました。




「……ですから、今回は彼女の捜索に相当の力を入れてほしいのです。私だけではありません、ここに住む彼女の兄妹もそう願っています」




 途端に沈んだ口調で彼は、私にそう言いました。




「分かりました。必要な情報もいただきましたので、あとは私どもにお任せください」




 仕事としての矜持もあります。頼まれた以上、裏切りなんてもってのほか。ですが、それ以上に私の‘’ひと”としての思いもその返事に込めているのでした。












































 さて、建物から出ると正午を知らせる鐘の音が街中に響きました。私のお腹に住む虫も同時に鳴りました。それは、すでに今がお昼時ということを知らせていました。




 時間も時間ですし、何か買って帰りましょうか。恐らく、あの人もお腹を空かせているでしょうから。




 そうして、私は歩みを進めます。




 どこか良いお店があれば良いのですが、そういえばここは近所ということを忘れていました。ならば、知っているお店しかありません。




 途端に選択肢が狭くなって、すこし気が落ちましたが。遠出する必要がないと思えば良いのです。




 馴染みのお店を目的地に足を向けますが、それまでの間、依頼の内容についてもう一度、思い出しつつおさらいでもしようと、思考に集中します。




 彼━━━━エヴァン・セルディックという男。私の中の印象としてはやけに話の長い老け顔の青年、といったところ。




 さて、そんな彼が提示してきた依頼の内容、それは一人の女性を探して欲しいとのことでした。それこそが、さっきの写真の綺麗な女の人でした。名前は"イザベラ”。苗字は言わずもがなです。旦那さんとはまるで似合わないほどの美貌の彼女は、つい先週にその姿を眩ませたということ。エヴァン氏曰く、なんの兆候もなく突然姿をくらませたとのこと。それなら誘拐、という線もあります。ですが、身代金の要求などの接触はないとのこと。このことは警察にも届けてはいるが、あてにできないので、そういう事に定評のある私たちに依頼をした、と。




 不可思議なことです。




 もし、仮にこれが誘拐事件だったとしましょう。なのに、身代金の要求といった連絡がないと言います。攫ってきた人間は貴族の奥さんです。ちょっとゆするだけで数年は遊んで暮らせるはずです。なのに、何も連絡がない? 変な話ですが、彼女の美貌目的……いえ、本当に有り得そうで怖いです。




 となれば、彼女が自主的に"消えた”なんて事も考えられます。




 でも、それはひとつの可能性の話。個人的にはその可能性はないと思います。聞けば、彼女にはたくさんの弟に妹がいると聞きます。彼らに両親はおらず、エヴァン氏と出会う前まで彼女が女手一つで育てていたそうです。そこまでの愛をささげた人間を放ったらかしにするとは考えにくいです。




 ならば、誘拐の線が濃厚ですが動機がまるで分らない。




 ともあれ、まずは彼女の居場所を探さなければ。




































「ただいま、戻りましたー」




 そう言って工房のドアを開けると、中はやけに静かでした。それにいつもついているはずの電気もついていません。あれ、なんて声を出して他人事のように中に入らず外から覗くように様子を伺います。




 いつもなら、博士が作業をする騒々しい音が響いているのですが、現在、そんな気配は全くなし。




 いやな緊張が走ります。




 ドアをくぐる足は、忍び足。ゆっくりと中へと入ると、直ぐにあることに気が付きました。




 空気が抜けるような音がしました。




 泥棒のように忍び足で、中へと踏み込みます。




 そして、工房の真ん中にある丸テーブルに目を向けると、それは直ぐに見えました。




「やっぱり」




 予想通り、そこにはすうすうと寝息をたてて机に身を落としている男の子がいました。




「博士、起きてください。夜に眠れなくなりますよ」




 ゆっくりと博士の背中を揺すると、うぅ、という唸り声みたいな声と共に重たそうに首を上げました。……優しく、起こしたつもりだったのですが、何か不満だったのでしょうか。




「ごめん、レイラ君……僕、寝てた?」




「ええ、ぐっすりと」




 そう答えると、床のガラクタを掻き分けながら博士とは反対の方へと回ります




「お昼、買ってきたので温かいうちにいただきましょう」




 テーブルの上に手提げの紙袋を下ろします。




 中身はテンシン? という東洋の料理です。最近、この街に取り入れられたものの一つです。どうも、蒸気で蒸して作るとかなんとか。




「だめだ、どうも考え事をすると眠くなる……」




 博士が、ふいにそんなことをつぶやきました。




「良いことじゃないですか。それって、眠くなるってことは疲れるほど何か努力したということでしょう? ですから、何も悪いことじゃないですか」




「……その努力に見合った結果があれば良いんだけどね」




「大丈夫ですよ。是非、お聞かせください。私、とても興味がありますので」




 そう言って、私は椅子に座りました。




 手提げ袋を手元に寄せると、中から料理っが入った紙の容器を取り出します。そして、同封された二本の細長い木製の棒も同じように取り出す。これは向こうでいうところのフォークやスプーンといった食器の一つらしいです。




「というか、その前にキミはどうだったの?」




「いつも通りですよ。依頼人の元で詳細を聞いてきました。もちろん、余計な詮索はなしです」




 博士にその特徴的な木の棒を渡しながら答えます。




「なら、良かった。で、彼はなんて?」



「奥さん、を探してほしいのだそうです。居なくなったのは一週間前の水曜日。詳しい時間帯は分からないそうです」



「なら、その彼女……名前はなんて?」



 怪訝な顔をして博士が聞きます。



「イザベラさんです。イザベラ・セルディック」



「そう。で、そのイザベラ女史が最後に目撃されたのはどこか分かる?」




「正確な場所かは分かりませんが、工場でエヴァンさんに家に行ってくる、とか言ったそうです」




「? 待って、行ってくるってどういうこと? 帰るんじゃなくて?」




「はい。家、と言うより正確には実家らしいですね。まぁ、今となっては誰も住んではいないらしいのですが」




「ふうん、なるほど」




 興味を失ったのか博士は手に持っていた木の棒で遊び始める。




「とにかく、明日、その家に行ってみようと思います。そこになら何かあるでしょうし」




「まぁ、間違いないだろうね」




 でも、と博士は言うとこちらに目を向けて。




「今回の件、もしも誘拐事件だとしたら、彼女を攫った"誰か”がいるはずだ。その誰かってのは必ずとも一人とは限らないからね。もしかしたら、彼らはまだ近くにいるかもしれない。向こうでは十分に気をつけるように」




 そう言って、博士は手に持つ食器で料理の一つを啄きました。




「分かりました。用心しておきます」


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