庭掃除
幾日かしてから、アリサはマリ様に連れられて、食堂を通り抜け、階段を下り、さらに外に出ました。アリサが館の建物の外に出るのは、アリサがこの館に入って以来初めてです。さすがにアリサも胸の高まりを抑えきれません。
「ここの掃除よ」
庭には他にも掃除をしている者もいるようでしたが、アリサはその一角を任されるようです。
「今日は初めてだから見ていたら良いわ」
この見させてもらうのがどれだけ重要かは体で覚えてきました。そう、見たものは一度で完璧に覚えないとすべて出来るまで反省させられるのです。それもマリ様のすべてを見て覚えなければなりません。
掃除の仕方はもちろんですが、その仕上がりの要求する水準、手順、時間配分のすべてです。そんなものは基本中の基本ですが、マリ様の身のこなし、表情の出し方、歩き方、服のさばき方はスカートの裾の動きの一つまで決まりになってるはずです。
アリサは目を皿のようにしてマリ様の一挙手一投足のすべてを見逃すまいと懸命です。マリ様のお手本がこの世のすべてなのです。やがて掃除が終わると部屋に戻りましたが、
「アリサ、あの無様な歩き方はなんなの」
この館の決まりはハイヒールです。これで自在に歩けるようになるまで大変でした。ですが、これまでは室内だけで、それも部屋と廊下と食堂の往復だけでした。つまりは室内の平たいところだけだったのです。
今日は階段も下りましたし、庭の土の地面もありました。どちらも初めてでしたから、どうしてもぎごちなくなってしまったのです。ですがヒールで歩くのは決まりです。それがどこであっても優美に歩くのも決まりです。不慣れはこの館ではなんの言い訳にもなりません。
ここももう少し付け加えておきますと、マリ様から教えを授かったり、命じられたことは聞いた瞬間から出来るのが当然とされます。出来なかった時はすべてアリサが悪いのです。ましてや出来なかった言い訳など、この館には存在しないものになります。
他にも見学中のアリサの反省点をこれでもかと並べられました。これもそうで、見学に熱中するあまり、立ち居振る舞いで疎かになった事がたくさんあったのです。アリサはいつものように反省に入ろうとしましたが、部屋の天井から鎖が吊り下げられているのに気づきました。もちろん、どうしてなんて聞くことは許されません。すべては身を以て経験するのが決まりです。
アリサは服を脱いで腕輪と足輪を装着して頂きましたが、腕輪は普段とは違い短い鎖で繋がれています。ちょうど手錠のようです。その鎖にはさらにはフックの様なものがあり、マリ様はこれを天井からの鎖に繋ぎました。
天井からの鎖は滑車のようになっているようで、繋がれた鎖は引き上げられていき、なんとか足が着くか着かないかの高さで固定されました。さらにマリ様は鉄のパイプを取り出しました。これをアリサの足輪に固定されると大きく足を広げる格好になります。
「庭掃除での反省は吊るし打ちです」
そこからまさに全身に滅多打ちを頂きました。アリサの叩けるところをすべて叩かれたとして良いでしょう。それはそれは痛いものでしたが、この時にアリサはわかりました。これは違うと。
既にアリサは背後からのムチと前ムチを克服しています。吊るし打ちと言っても、それを合わせたものに過ぎないのです。アリサは一打に一打に、
「ありがとうございます」
こう心からの感謝の言葉を述べ、マリ様からの慈愛のムチとすぐに受け取れたのです。庭掃除の課題も連日のムチの嵐でした。ですがこんなに楽しい課題はありません。反省は喜びにあふれ、明日への意欲を無限に駆り立てます。
そうしているうちにアリサに何かが起こりました。まさに決定的な何かが。これこそがアリサが求めていた到達点のはずです。それに気がついた時にはアリサも驚いてしまったぐらいです。ムチがとにかく嬉しいのです。痛いのはまったく変わりませんが、痛みを与えられるのが嬉しいのです。
アリサが求め続けた真のアリサがはっきりとわかりました。真のアリサとは究極の服従の喜びなのです。喜びと言うより歓喜です。これはムチで服従が深まるのも喜びではありますが、真のアリサになるにはまだまだ不足しています。
服従の度合いが深まるうちはまだまだ未熟なのです。理想の服従、究極の服従とは、その深みの底に達し、そこから永遠に離れないように固定されることです。アリサはがっちりと固定された感触を得たのです。
真のアリサにとって、ムチを与えて頂くのは純粋な喜びなのです。お褒めの言葉を頂くのと何の違いもございません。アリサはどこをどう考えてもムチを喜びにしか感じません。辛かった時代はかすかに記憶に残っていますが、こんな喜ばしいものを辛く感じたのが不思議でなりません。
真のアリサの服従の喜びとは何事も無条件に受け入れ、それを喜びにすることです。そこに生じる感情は、いかなる物であっても喜びとしか感じてはならないのです。それも「ならない」とかすかでも頭に浮かぶうちはまだまだ未熟と言う事です。
命じられただけで喜びに満ち溢れ、受け入れた瞬間に歓喜と幸せしか感じないように反射的に、なんの疑いも違和感もなく、ごくごく自然に、それがごく当然で、それを待ち望み、魂さえ震えるぐらい嬉しい状態になれることです。
これでも真のアリサになれた喜びを伝えるのには不十分です。今のアリサはいかなる事をされてもすべては喜びでしかありません。真のアリサにどういう喜びが待っているかも、マリ様に教養としてそれなりに教えて頂いています。
学んだ時にはまだ漠然とした不安と恐怖を抱いた記憶がかすかに残っていますが、どうしてそんな事を思ってしまったのかさえ今では理解するのも不可能です。
わかりますか。真のアリサになれば、これから死ぬまで歓喜の中で暮らせるのです。これは選ばれた女にのみ与えられた特権であり、誇りと言っても良いものです。それをアリサはついに手に入れたのです。
マリ様の一打、一打がどれほど愛おしく、嬉しく、幸せなものかを口で表すことなど不可能です。今日もマリ様からムチの嵐を頂いてますが、この時間が永遠に続いて欲しいと強く、強く願いました。マリ様はそんなアリサを見通すように、
「アリサ、ついに来れたね」
「ありがとうございます。すべてはマリ様のお蔭です。アリサは、アリサは・・・」
これはムチの痛みの涙ではありません。真の服従の喜びを知った嬉し涙です。
「マリも嬉しいよ。今日はサービスしてあげる」
この言葉がどれほど嬉しいものだったかわかって頂けるでしょうか。そこからマリ様にこの館に迎え入れて頂いてから、最大のムチを揮って頂きました。もうアリサは夢見心地の大興奮状態です。マリ様は満足げに、
「これはマリからのお祝いよ」
マリ様の渾身の一撃が正確無比にアリサの急所をとらえます。マリ様の慈愛がアリサの体中に広がります。これこそ最高のムチです。続けて二打、三打、四打、五打・・・十打まで頂けました。こんなお祝いを頂けるなんて感謝の言葉も思いつかないぐらいです。陶然とするアリサに、
「そうだよ。言葉で表現できるうちは、まだ感謝が不足してるのだよ。真の感謝になれば言葉などで表現できるものではない。よくここまで来れた。マリも嬉しい」
鎖を解かれ、腕輪と足輪を外されたアリサに、
「アリサはわかっているね」
「はい、それを頂くために今日まで精進を重ねて参りました」
こうなれてこそ真のアリサであり、そうなれた真のアリサでしか授かれないもの。これを授かるためだけに生きてきたのです。
「近いうちに授かることになる」
長かった日々が走馬灯のようにアリサの脳裏を駆け抜けます。すると思いもよらない事が起こったのです。マリ様がアリサを抱きしめてくれたのです。
「これは御主人様から特別の許可をもらったもの。アリサへの御褒美だよ」
「マリ様・・・」
マリ様にこうやって抱きしめてもらうのは初めてです。こんな最高の御褒美があるとは夢にも思いませんでした。優しく抱きしめてくれるマリ様が愛おしくなります。マリ様がいなければ、アリサは絶対にここまで来れませんでした。すべてはマリ様のお蔭で真のアリサなれたのです。泣きじゃくるアリサに、
「よくやったよ」
「ありがとうござ・・・」
もう感動と感激で声になりません。でもこれはマリ様との永遠の別れも意味します。
「そうだよ。これでアリサの教育係も終わりだからね」
明日からは使命を授かるまで一人暮らしになります。同じ館の中にいますから、廊下ですれ違ったり、食堂や浴室で一緒になることはあるはずですが、今のアリサは隣にマリ様がいても気が付かなくなっています。
「これほど優秀な教え子を持てて、マリは誇りに思う。アリサなら使命を立派に果たせるよ」
「マリ様の教えを一生忘れません」
どれほど抱き合って泣いていたかわかりませんが、別れの時は来ます。
「もう部屋にカギはなくなる。アリサには不要になったからね。庭掃除も終わり。化粧道具とかは明日には運び込むからね。その日まで休みなさい」
マリ様の目にも涙が、
「アリサ、使命は必ずアリサに喜びをもたらすわ。そうできるようにマリはすべてを授けたのだから。使命をあるがままに受け止めて幸せに暮らしなさい」
マリ様が部屋から出て行った後もアリサは別れが悲しくて泣いていました。マリ様に頂いた慈愛のすべてを思い出していました。この館に来れたこと、マリ様に出会えた事こそアリサの幸運の始まりであり、その結果として手に入れたのが真のアリサです。
そんなアリサもまたこの館から出る日は近づいています。これからアリサに訪れるのは使命を授かり、それを果たしていくバラ色の日々です。黄金の日々とも言えるでしょう。使命を果たすのは天国より喜ばしい世界です。
アリサはその世界に入れるのです。真のアリサの幸せへの片道切符として良いでしょう。嬉しくて、嬉しくて今夜はとても眠れそうにありません。マリ様から受けた御恩は一生忘れません。
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