第51話
雨宮は無慈悲な電子音で叩き起こされる。いつものようにストップボタンを押すと、ゆっくりとベッドから立ち上がり、光を遮るカーテンを開ける。眩しすぎる陽光は、雨宮の視界を狭める。いつものようにクマのついた顔を洗うと、眼鏡をかけた。朝食はいつも通り、そこら辺の店で買ってきたパンと、紅茶。テレビには他愛もない猫の動画が流れていた。準備ができると、いつものように学校に向かった。
学校が終わると、雨宮は足早に教室から出てある場所に向かった。岩満池、雨宮と繽來神が初めて出会った場所。そこではいつも通り何事もなかったかのようにヒナがゴミ釣りをしていた。
「やっぱり、生きてるのか……」
雨宮の声にヒナが気づいて首を可愛らしくこちらに向ける。
「死んだ方が良かったかい。けど残念、僕の目的は再生と生き残ることだからね。痛み分けで終わるなら及第点さ」
雨宮はヒナの隣に無遠慮に座る。ヒナはその様子を見て苦笑いを浮かべる。
「君は本当に恐れがないな。僕に殺されるとか考えないわけ?」
「考えた瞬間に、死んでないってことは大丈夫だと考えてるよ。俺にはもう何の力もないし」
「いやー、ごめんね。まさか殺されるとは思わなかったもので、僕は本気だったんだけど、君の友人を見誤ってたようだね」
「お前の目的は、結局ただ復活することだったのかよ?」
「そうだね。それが最大の目標だ。途中で忌々しい源の末裔が来たから、全員を捕食する必要性がなくなった。だから方針を変更して、色々動いてたわけだよ」
「上手くいかなかったら、良かったのにな」
「結構酷いこと言うね。乙女の精神状況を気遣ってくれよ。とうとう人間状態でしか動けなくなったんだよ」
「巨大な怪物が吹き飛んでくれて、個人的には嬉しいけどな」
ヒナは苦笑いする。
「それで今日は何の用でここに来たんだい?」
「お前が暴れてないか、監視してるだけだ」
「君じゃ止められないから無意味だと思うけどな……。僕は君と喋るのは嫌いではないから、いいけどもね。ああ、君にプレゼントがあるんだ……」
雨宮は疲れた体を布団にうずめ、眠り落ちる。「君に合わせたい人がいるんだ」、雨宮に対してヒナはそう言っていた。だからその少女を見たとき、驚きはしたが安心感の方が強かった。
「久しぶりね、雨宮」
白のワイシャツの上に黒いコートを羽織り、黒いズボンをはいている。人間離れした銀髪と、色素の薄い肌。長髪の右側に、造花のブローチをつけている。もう既にこの世にはいない人物の姿。
「マリア」
雨宮の目から涙が出る。両腕を強く握る。夢にも関わらずどうしようもないこと痛かった。
「それにしても、まさか死んだのに誰かと話す機会があるとは思わなかったわ。……てっきり死んだら消失するものだと思っていたから」
「その通りだよ」
「でしょうね。私のパチモンみたいな女から自分の状況は聞いているわ。私が記憶を引き継いだだけの情報体だということもね。……私の妹とはよろしくやってみたいね?」
「凶暴だぞ」
「大人しい子は、貴方には似合わないと思うけど。私の予想では貴方は女の尻に敷かれるタイプね」
「まだ、何も関係は進展してないはずなんだが……」
「貴方はずっと彼女の獲物だったのよ気づかなった。あの子は、私に縛られてから」
マリアは悲し気な眼を虚空に向ける。沈黙が周りを包む。
「………自分の正義を見つけられたかしら? 雨宮仁」
「ああ」
雨宮は熱くなる目を抑える。
「くだらないでしょ、正義って。けど正義を信じる心は何よりも美しいのよ。……時間がないわね」
マリアの幻影が霞み始める。異能が半減しつつある繽來神に長時間の人間の再現は難しい。
「言うべき言葉を間違わないでね」
マリアは優しさに満ちた笑みを雨宮に向ける。雨宮は目元を拭った。
「ありがとう。けど、俺は前に進むよ。俺の正義を信じて、正しいと思ったことを成していく」
マリアは何も言わずに小さく溜息をついた。呆れたようなそんな……目をして。
雨宮が目を覚ますと、瞳からは一筋の涙が流れていた。
人間浄瑠璃 古海 心 @pasoko
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