第47話
雨宮たちは徐々に雨の強くなる方に歩いていた。最初は霧雨のようだった雨が、今では水たまりを作り始めている。くぼみに反射した雨宮の顔にもう恐れはなかった。やらねばならないことを見つけたから。雨宮は顔を下に向けていると、手のひらを柔らかな手のひらが進む。
「良かったわね。私に手を握られて生きているのは、今はこの世に貴方だけよ」
「他の奴はどうなったんだ?」
「死んだわ」
「お前の口からはろくでもないエピソードしか出ない」
「あら、私に甘い言葉を囁いているシーンも一応あったのだけど、貴方が不快感を感じるかと思って避けてるのよ」
「感じない」
雨宮は無視して前に進む。ナターシャが手を離れる感覚に僅かばかりの物寂しさを感じた。代わりに雨宮は開いていた手を握る。集まっていた雨が下に垂れる。濡れてへばりついた髪をかき分けると、雨宮は上を見た。
「深見さん……」
「あら、憶えていてくれたの光栄だわ」
深見は壊れたビルの屋上から雨宮たちを見下ろしてた。纏められていた黒い髪は豪雨と風ではためく。睨み合っていると、雨宮の周りを取り囲むように周りから人が現れる。そのほとんどが老人で、木偶のような虚ろな目をしていた。
「貴方もこの村の人ですか?」
「そうよ。我らの神に貴方を捧げる。今からは最終決戦。雨宮仁、神は随分と貴方にご熱心なようだけど……その愚かな口を切り裂いてあげる」
深見は背中に背負っていた長い刀を取りだす。
「幽空は、我らが民が作り上げた最高傑作の剣。神をお守りするための刃。誰一人、あの方には触れさせない!」
キッと深見は二人の人間を睨みつける。ナターシャは冷笑を浮かべる。
「とんだ茶番ね。貴方の演説など、心底どうでもいいのよ。信仰心も死ねば消えるでしょう。さっさと代わりを見つけておくことね。じゃないと、悪徳宗教に引っかかってしまうかもしれないから」
言葉が終わる前に大地を踏み壊して、老人の男が突っ込んだ。右手を一瞬にして触手に変え、ナターシャの頭に叩きつける。鼻先をぎりぎり掠めない限界値で、ナターシャはバックステップをする。弾丸のような蹴りが、顎を吹き飛ばす。木偶は人間の仕組みには抗えずに昏倒した。ナターシャは躊躇いなく倒れた顔面を硬い靴で踏み付ける。
「コイツ、自分で戦うことを選んだ戦士なのよね。そこら辺を歩いている無害な一般人ではないのよね。死んでしまっても誰も文句を言わないわよね!」
挑発に反応したのか、人の雪崩の中から複数人が飛び出してくる。振るわれた拳は空を切る。体勢が崩れた木偶の頭部はナターシャの金属の指輪がついた拳で殴りつけられる。鼻の骨が折れる音とともに血がへばりつく。ナターシャは飛び上がって回転する。首があった場所を鎌状に変化した触手が通過した。ナターシャは重力を利用して、触手の根元を踏み砕いた。掠れるような声にならない悲鳴の後、触手は崩壊する。前に出ようとするターシャを両こぶしを触手に変えた若い男が塞ぐ。
「神のサバキーーォォォ」
全速力を一瞬でゼロに変えて、ナターシャは足を軸にして回転。飛び上がって右から頭を蹴り飛ばす。顔面が見事にひしゃげたあと、地面を転がった。
「雨宮、あの深見とかいうやつを殴り飛ばしなさい!」
雨宮はナターシャの背後に迫っていた木偶の顔面を拳で殴り飛ばす。頬を血が濡らす。
「………死なないでくれよ」
「心配性ね。心配するのは心配できる余裕があって、初めて成り立つのよ!」
話している間に木偶が突っ込んできて、ナターシャは飛び上がって木偶を踵落とす。敵は地面に倒れふす。
「一対一の方が貴方の性能だと都合がいいのでしょう。というか、はっきり言うと周りに人間がいると邪魔なのよ」
雨宮は苦笑いを浮かべると、先ほどからじっとこっちを伺っている深見を見る。雨宮は後ろに一度下がると、助走をつけて、大地を踏み砕き飛び上がった。急激に膨張した力に、深見が眉間にしわを寄せる。ビルの頂上に雨宮は平然と降りたつ。
「すいません、深見さん。事情は知りませんが倒します」
「ただ運が良かった。高校生のくせに、随分と生意気なのね!」
瞬きの合間に、深見は踏み込んでいた。人間の動体視力では捉えられれないスピードで刀が横に振るわれる。雨宮は屈みこんで躱す。足をばねのようにして吹っ飛ぶ。そのまま腹を蹴りつける。雨宮は何か硬いものを蹴ったような痺れを感じる。深見の腹は触手によって守られている。攻撃された触手は怒り狂って、雨宮の脚を掴もうとする。雨宮は躊躇いなくポケットから銃を取りだして引き金を引いた。弾丸は一直線に触手に直弾。赤い亀裂が触手に刻まれ弾け飛んだ。腹まで侵食し深見は苦痛の表情を浮かべる。雨宮は再び地面に掴み、今度は顔面に向かって飛び蹴りを叩きこむ。深見は触手に変化した腕を盾にして防ぐ。みしりとした音がなる。深見は瞬時に左腕を切り落とした。触手の腕は彼方まで吹っ飛びビルから落下する。雨宮は呼吸を安定させまいと、足を振るい殴りつける。深見はなんとか身を捩って避ける。深見には受け止めるという選択肢がもはや取れなかった。
「この馬鹿力が!」
深見は両肩から翼のように触手を生やす。二匹の翼に宿った蛇は雨宮を食い破らんと迫ってくる。雨宮は立ち止まって軸を安定させる。一匹の蛇の口に正面から拳を叩きこんだ。断末魔の叫び声のような音とともに、蛇は力に耐え切れず吹き飛んだ。雨宮はもう一匹の蛇の頭を蹴り飛ばし前に出る。深見は刀で鋭く突く。風を切るような高速でさえ、雨宮を捉えることはできない。刃は頬を撫でただけ。雨宮は右こぶしを強く握りこみ、何かを叫んでいる深見を見つめた。拳は寸分たがわず、顔面を吹き飛ばした。ぎりぎりで繋がっていた首は後ろに倒れ込み、地面に体が倒れ込んだ。雨は血を洗い流す様に、強く吹きつける。雨宮が黙って見つめていると、ナターシャが昇って来た。体中が血だらけで、雨宮一瞬心配する。だがナターシャの身体に大きな傷口など一つもの無かった。雨宮は返り血だと判断し安堵する。
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