第43話
村には大量の米がなっていた。繁栄した村にとある一人の男が訪れる。中肉中是、顔に一直線の大きな傷があることだけが彼の異常さを醸し出している。年齢は20代前後。年齢の割には老けた顔をしている。腰には一本の仰々しい日本刀。
村人たちが次第に集まってきて男に近寄り始める。男はひそひそ声にたいして、何も言わずにじっと立っていた。ついに口を開いた。
「いやー、俺は相変わらず人気者だな」
老人たちとはまったく異なる軽薄そうな声で真白な歯を見せて笑った。先ほどまでの知能はどこかに消えたようで、獰猛な本能を吐き出している。
「さあて……化け物の匂いがするぞー。するんだよな。汚らしい魔境の匂いがぷんぷんと漂っているぜ」
両手を大きく上げて、彼は楽しそうに喋り始める。周りからの視線は敵意に満ちてくる。
「そんな目で見るなよ。善良なる市民の皆さん。俺はな、俺はな、正義のヒーローなんだぜ。人類に害をなす愚かな同胞を狩り殺してやるんだ。跪いて感謝しろよ。報酬は金か、女でいいぜ。この命が尽きた後も末永く、化け物を狩り続けないといけないんだ」
三日月形に口を歪ませて、人々を見つめる。後ろから一人の老婆が朦朧とした瞳で鍬を振り下ろした。鍬は完全に不意を付き、頭に食い込む。砕け散った。鋼鉄の塊にぶつかったようにへし折りて刃が落ちる。ねっとりと獲物を見る目をして男は振り向いた。
「俺は源。偽名じゃないぜ、これでもしっかりと愚かしい化け物である母親から受け継いだ素晴らしい名前なんだ。馬鹿にしたら首が飛ぶ」
老婆は正気を取り戻して源の舌なめずりを見て倒れ込む。刀を持った男の目の前に突然立っているのだから当然の反応だ。源はじっくりと品定めを始める。
「残念ながら、70越えの婆は守備範囲外だ。最大で30かな、……下はいくらでもいけるぜ」
一瞬で抜刀し、刀が首元に当たり。次の瞬きの後には、首から血が噴きでていた。
「殺すか。ありゃもう死んでるのか。つまんねぇ。実は隠された力が合ったりしないのかよ。つまんねえ、つまんねな」
「ああああ、お母さん!」
どこからか、若い女の叫び声が聞こえる。源はそちらを見る。若い女だ、年は20代後半程度。源の守備範囲内だ。だが源は頭をひねる。
「すまん、前言撤回。汚らわしい異物の血が混じるのは困るな。善なる母の血が汚されることは避けなければ、弱体化したら叱られてしまう。て、ことでごめん。お嬢さん、とりあえず全員殺すということで、この話題は終了かな。うーん、惜しいな。純粋な人間だったらありよりのありなんだが、残念だ」
源は肩すくめ。大きく一歩踏み出して、先ほど見ていた女性の胸を切り付けた。痛みで女性は絶叫する。源は楽しそうでも悲しそうでもなく、平常心で頭を鋭利な刃で突きさした。それをきっかけして恐怖のコーラスが響き渡る。源はめんどくさそうに耳の穴に指を突っ込んで耳を塞ぐ。神に助けをこうもの、絶望してへたり込む者、現実を認識できず立ち往生しているもの、倒れて失禁しているもの。そのどれもが源にとっては等価で、逃げ惑う獲物だった。
「退屈だ。人間狩りは趣味じゃないんだ」
ドロリとした生々しい血が張り付いた刀を払う。既に20は殺している。源の予想外に超人は出てこない。源の推測としてコミュニティに属している化け物は比較的、人間らしくなっている思っていたが当てが外れた。
「まずいな……」
集団を放棄した可能性を考えて源は焦り始める。源は単体の戦闘力に自信は持っていたが、逃げ惑う化け物を追うことには自信がない。ただ人の向かう流れを追おうにも、全員がパニック状態でどこに向かっているのか分かったものじゃない。いら立ちを隠さずに舌打ちする。
源は自分の影に入り込まれたことに気づかなかった。いつの間にか叩きつけるような豪雨が降っていて。源は目を大きく見開いた。
次の瞬間には村の外に吹き飛ばされていた。体は宙を舞い、朦朧としていた意識が戻ってくる。源は冷静に体勢を立て直すと地面に衝撃と共に降り立つ。目の前には巨大な腕が迫っていた。刹那の隙、源は一刀のもとに腕を斬り落とした。
もの悲しい鳴き声が響きたる。次第にガラスを引っ掻いたような音になる。源は判断の誤りを認識する。泣き叫んでいるのではない。呼んでいるのだ。弾丸のような雨が視界を潰す。気味の悪い円形の口が迫る。源は刀を横にして防ぐ。相手の動きが停止すると、すぐさま刃を振るう。そこにはもう怪物の姿がなかった。
「雨が強すぎて、何も見えん。外に出さないのが正解だったか」
雨を突き破って触手の雪崩が落ちてくる。源は無数の斬撃を同時に放ち、切断する。大量の青色の血液が撒き散らされる。
「これも目潰し。再生力が自慢なタイプか」
横に吹っ飛んで血の雨を躱す。源は唐突に突き出された刀に反応できなかった。右腕の関節に刃が突き刺さる。不気味な感覚が超人の身体能力で感知される。源は咄嗟の判断で刀を左腕に放り投げ、右腕を切り落とした。何か確信があったわけではないが、今までの行動から相手の攻撃がただ腕を落とすためのものだとは思えなかった。だからこそ冷静さで源は腕を切り落とした。
その判断は正しい。刀が刺さった右腕は、ブクブクと泡が湧くように膨れ上がると破裂した。傷口を起点に広がったところを見ると、侵食するタイプだ。振るわれた化物の左腕を源は片手で刀を持って受け止める。地面が潰れる程踏ん張る。源は笑った。
「腕一本がアンタの限界だと思うぜ。聖片解放」
その言葉を紡いだ瞬間、神の腹には一直線の死線が奔っていた。血が撒き散らされる。源も疲労を隠しきれにないのか、額から汗を垂らす。
「じゃあ、貰うもの貰っていくよ」
切り落とされた腹部を源は鷲掴みにして飛び去った。繽來神はすぐさま追おうとする。
「誰がてめぇみたいな無限再生しそうな化け物とまともに戦うかよ。俺の使命は調停だからな。雑魚に成れば御の字さ」
繽來神は地面に落ちると、腹部にできた巨大な傷を触手に蔽い始めた。そして愚かな自らに問いかけた。
「ナゼ、私は戦うのだ……。何の利益もありもしないことは理解していたのに」
流暢な日本語で神は喋った。
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