第34話

 繰り出される無数の斬撃を、アメリアが人形を盾にして防ぐ。刀を振るっていた老人は楽しそうに笑うと、一気に人形の腕を斬り飛ばし、脚、頭を切り飛ばした。もはや機能を失った人形は地面に崩れ去る。その間から一直線に蹴りが飛んでくる。源川はすかさず刀を横にして盾にする。

「センスいいな、お嬢さん」

 アメリアには喋る暇がない。避け切れなかった刃が腕の肉の一部を切り落とす。痛みにひるむことなく、相手の斬撃を武術で叩き落とし、そらし続ける。綺麗に整えていた金髪がわずかに切り落とされ髪が舞う。源川は一瞬引くと、突きを放ってくる。刀は寸前で飛んできたナイフに軌道を逸らされる。源川は蹴りを受け止めつつ、ナイフの飛んできた方向を見る。黒いシスター服の深見が両腕に大量のナイフを持ってこちらを見つめていた。

「女の子に囲まれて、遂にわしのモテ期が到来したのかな?」

 雨のように降り注ぐナイフを的確に切り払い、叩き落す。刃の雨に交じって鋭い蹴りが飛んでくる。源川は刀をすぐさま片手に持ち帰ると、足で相殺する。老人の力とは思えない筋力でアメリアは押されそうになるが、力づくで押し戻す。源川は位置をずらし回避する。


 衰えを感じずにはいられないと源川は剣戟の中で思った。思い出されるのはくだらない血だらけの戦場。化物を殺した化け物には更なる怨みがぶつけられる。


 源川の身体に流れる血は軋んだ年老いた体を無理やり覚醒させる。交わした攻防の数だけ源川の練度は上昇していく。アメリアは深見の援護がありながらも、後退しつつ迎撃する。アメリアは足を踏み外し、体勢が崩れる。生まれた隙を源川は的確に捉え、首もとを一直線で切断しようとする。流星のように突然現れた存在に、刀は打ち返された。老人は口角をあげ楽しそうに笑う。

「随分と遅い登場だな坊主。ヒーロー気取りかい」

「残念ながら殺人鬼だよ!!」

 巨大なトラックにぶつかったような衝撃が源川の刃に伝わる。

「馬鹿力だな。おっさんはこれでも筋力には自信がある方なんだが」

 ぎりぎりと音を立てながら刀どうしは唾ぜり合う。黒い刀身と正反対の源川の刀が力に任せに雨宮を押し返す。がら空きになった胴に源川が刃を突き刺そうとする。地面を蹴った反動で後ろに吹っ飛ぶ。地面を抉りながら停止する。真上から飛び上がった斬撃が振り下ろされる。刀を横にして防ぐ。足が泥沼のように地面に陥没し土を四方に飛ばす。

「傀儡師ってのは、こんなに筋力が強いものなのか!? あの化け物以上だ」

「知らない!!」

 勢いよく振り上げて、弾き飛ばす。源川は涼し気に着地する。その瞬間を狙って切り込む。空ぶった斬撃は空気を切り落とし、周囲の草は吹き飛ばされる。周りの音、人の気配が、次第に消えていくような感覚を雨宮を覚える。流れるような斬撃の一つを逸らして地面に落とす。刀を自分の左手に放り投げて受け取る。振り下ろし敵を切り付ける。

「ぐおおぉ!」

 源川は胸を切られた激痛で呻き声をあげる。


「おじさん、また戦いに行くの?」

 池がある庭園で源川は刀を擦っていた。老人が目を開けると可愛い孫娘が呆れたような顔で見ていた。

「そうじゃな……悪は滅ぼせねばならんからな」

「もう年なんだから、本家の奴らに任せちゃえばいいのに」

 頬を膨らませながら異議を唱える。最近、源川は刀を磨くたびに娘に同じ言葉を言われるようになった。もうすでに既に年は72。自分の祖父が化物狩りに向かっているとすれば心配するのも無理はないだろう。

「本家の奴らほど信用ならん奴らはおらんよ。そこら辺の通行人に話しかけた方がましなほどじゃ」

 老人は重い腰を持ち上げ立ち上がる。娘はどうしようもないというように手をあげて呆れている。


 掠れてゆく意識を無理やり覚醒させ、源川は大きく力強く踏み込む。一気に接近していた雨宮は衝撃で足を囚われる。すかさず銀閃が奔る。雨宮はさらに地面を踏み込んで回避。腹に向かって剣戟を放つ。老人は最小限の動作で刃を打ち返す。雨宮の僅かな呼吸、その隙をついて源川は踏み込み、頭に横から斬撃を振るう。雨宮ははっと目を開くと、突然停止する。刀が耳にかかった髪を切り落としたタイミングで、源川の身体が横から蹴りつけられる。源川は超人的な身体能力で右腕で防いでいた。破裂するような音ともに源川は地面を削りながら動かされる。

「無視されると腹が立つのよ。ご老人、私の憎しみに応えてくれるかしら?」

 脈動する触手できた翼。夜に紛れる黒の外套、ナターシャは源川と雨宮の息をつく間もない攻防に平然と介入する。源川は血を地面に吐き出すと、刀を再び構えなおす。

「正々堂々勝負とはいかせてくれんのか?」

「嫌よ。わざわざ死亡するリスクを高めることに意味があるかしら?」

「ないなー」

 言った瞬間、ナターシャに殺意の刃が振るわれる。翼を盾にして防ぐ。停止した源川を雨宮が横から切りつける。源川は刀を抜こうとして気づく。触手が意思を持って絡まり、刀を離さない。源川は刀を手放す。雨宮の刀が横から振るわれる。それを源川は大きく息を吸い込むと右腕で食い止めた。めり込んだ刀が肉に食い込む。だが骨までさえ達していない。鋼鉄のような腕を盾にして斬撃を防いだのだ。

「あああああああ!」

 叫び声をあげながら、雨宮の腹に勢よく蹴りを叩きこんだ。雨宮は痛みで一瞬、傀儡術が途切れる。すぐさま制御を取り戻し術を腕に集中させる。糸ははち切れんばかりに振り絞り、引っ張られるように刀が肉に沈み込む。骨を断ち切った瞬間、声にならない悲鳴をあげて、源川は千切れた右腕を抑えようとする。その前に、頭に一筋の線が走り絶命した。ぐちゃりと気色悪い音を立てて頭を砕かれた老人は地面に倒れ込んだ。

 雨宮は現実を直視し、震え始める両腕を抑えようとする。絹のような柔らかな指が震える手を支えた。ナターシャは何も言わずに死体を見下していた。いつものことなのだろう。雨宮のくだらない葛藤など、ナターシャには既に理解できないはずだ。大人が子供だった頃の気持ちを忘れるように。それでもその瞳と正反対にそえられた手のひらは温かった。


 深見は返された刀を持って、誰のいない下、星空を見ていた。

「いやー、あっさりとしたものでしたね」

 深見はそう言いながら、倒れた源川の死体に近寄り。その手で触れた。そのまま担ぎ上げる。

「これで我らが神はさらなる力を……偉大なる神に栄光あれ」

 天を称えるように女は狂気的な笑みを浮かべて言った。


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