第33話

「ナターシャ」

 ナターシャ・オルロワは深夜に外出しようとしたところ突然、話しかけられる。夜風が頬を撫でる。ナターシャは予想外の雨宮の行動に驚きながらも、ため息をつく。

「何かしら、デートのお誘いならまた今度にしてくれるかしら?」

「デートの誘いじゃない。声が聞えてる。いや分からないけど。何か伝わってるだろ。アイツのことが」

「………何も知らないわよ。私はこれから夜の散歩と探索よ」

「外敵の排除は異界律の一つ。知らないわけがないだろう」

 ナターシャはめんどくさそうに睨みつける。

「俺が死にに行くだけだ。止める理由なんてないだろう」

「………本当に都合の悪い時だけ、頭が回るのね」

 ナターシャは頭を押さえながらそういう。

「けど、ダメよ。貴方は来なくていいわ」

「何でだよ」

「貴方を死なせたくないからよ。約束したでしょう」

「………俺もお前を死なせる気はない」

 その言葉にナターシャの無表情が揺らぐ、疑わし気にこちらを見てくる。

「どういう意味かしら?」

「そのままだ。俺はお前を死なせる気はない。仲間を守って何か可笑しいか」

「いつから私の仲間になったのかしら?」

「さあ知らない。けど、俺はお前の事を仲間だと思ってる」

「………はた迷惑な仲間意識ね」

 ナターシャはぷいっと外を向いた。その頬にはわずかだか朱が差していた。雨宮は何も言わずに進むナターシャについて行った。


 星空が瞬く夜の中、辿り着いたのはナターシャを初めて目にした川の鉄橋だった。橋の下の暗がりには、二人の人間が立っていた。一人は真紅のドレスを着たアメリア。もう一人は、黒のシスター服を着て髪を三つ編みにして束ねている。

「あら、これで最後かしら。仲良しさん」

 深見綾子は入念に調べるように雨宮とナターシャを見る。

「は、初めまして…ですかね」

「あら、礼儀正しいのね。深見綾子です、一応貴方と同じ傀儡師よ」

 丁寧にお辞儀をする。集まったのは四人。

「早速ですが、問題について話し合いましょうか。まさか今からここで殺し合いを始めるわけではありませんよね?」

「それでもいいですけどね……」と附け加え深見は主導権を握る。その末尾に告げられた自信に、ナターシャが睨みをきかせるが。深見は気にせず話を続ける。

「敵の名前は、源川六三郎。源家、化け物殺しの分家の男ですね。結構な老人ですが、実力は折り紙付きです。何者かによって暴走された傀儡師を惨殺しました。それはもう、跡形もなくですね。外敵と認識されたといういうことは我々を殺そうとしているのか、それとも主催者を攻撃しようとしているのかは定かではありませんが、戦わざるを得ません。それが契約ですので。ここに来ておられるということは皆さん、覚悟しておりますよね」

 深見は冷静に顔をうごかし周りを見渡す。反論がないのを確認する。

「では殺してしまいしょう。愚か者には袋叩きが相応しいかと」

 にっこりと平然と深見は言い放つ。

「反論は?」

「相手の能力も分かっていないのに無謀な気がしますが」

 雨宮は前に出て深見を問い詰める。

「問題ありません。彼に妙なトリックはありませんよ。源家の異能は所詮、筋力強化ですから」

「………なぜ、貴方がそんな情報を持っているのかしら?」

 ナターシャが警戒しつつ言う。

「命の危険があるのですから、当然でしょう。それとも貴方達は知らなかったですか?」

「外敵は予想できないから、外敵なのよ」

「……そうでしたね。うっかり。実を言うと、源川が戦っているところを監視していました。ですのでどの程度が把握はしていますのでご安心ください」

「そう……ならいいわ。では見つかり次第全員向かいましょう。ペナルティをくらいたいなら別だけど」

 ナターシャは興味を失って去っていく。アメリアも何も言わずに帰った。残ったのは二人だけだ、雨宮と深見。

「高校生ですか? 珍しいですね」

「はいそうです」

 雨宮は警戒しつつそう答える。

「……雨宮さんは剣術の心得がありますか?」

「…ええ多少は」

「では一時的に貸したいものがあるのですが」

 雨宮はその言葉に眉をひそめる。彼女とはこれが終わったらすぐさま敵になるはずだ。そしてそれを彼女は知っている。

「疑わしそうな眼をしていたますね。いやー、私は武器を持っているのですが、使わないのですよ」

 深見はそう言うと背負っていた物を下げる。布をのけ一振りの刀を見せる。夜を映したような漆黒刀身。刃元には幽空と名が刻まれている。

「これ使ってくれませんか?後で返していただければ結構ですので」

「奪われるかもしれませんよ」

「奪われたとしても負ける気はしないので大丈夫ですよ」

 さらりと自信を持って深見は笑みを浮かべた。雨宮は疑わしそうにしながらも渡された刀を持つ。尋常ならざる重さを持っている。雨宮はこれは儀式用か、それとも人間ではないものに持たせるのかもという感想を抱いた。

「重いですね。誰かこれを使った人はいるんですか?」

「いいえ。あまり使われていませんよ。役に立ちませんか?」

 雨宮は少し考えてみる。軽く傀儡術を行使して筋力をあげてみると比較的楽に持てる。適当に横に振ってみる。

「…大丈夫そうです。では貸してもらいます。必ず返しますので」

「あらあら、命がけのゲームなのに律儀なんですね。…悪い女に喰われますよ。例えば、さっきからじーと私たちを見ている黒い女。怖いですね。私が後、一歩でも踏み込んだら喧嘩に発展しそうです」

 くすくすと笑いながら木の上を指さす。糸で位置を固定してナターシャが直立していた。目は笑っていない。本当に深見があと一歩でも踏み込んでいたら、戦闘を開始していただろう。

「………無用な諍いは控えましょうか。では一時の別れですね。またお会いしましょう」

 深見はそう言うと大きく飛び跳ねてすぐさま離れて行った。距離が離れると、不愉快そうな顔をしたナターシャが降りてくる。

「うかつすぎるわ。怪しいと思わなかったの」

「怪しいと思った。けど……勝てる可能性はあげたい」

「そう。その源川とかいう奴はそんなに強いのかしら?」

「あいつは間違いなく容赦なく殺そうとするだろうさ。」

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